第40話 メイド妖精・フェア
「あ、ああ……」
勢いに押されて許可してしまったが、やはり迷ってはいる。
確かに生き返るのならば生き返ってほしいし、それは本音だった。
今すぐにでも起き上がって、奈心には笑顔でいてほしい――また明日! と言ってほしい。
しかし、フェアの言う通りに上手いこと、事が運ぶのだろうか。
さっきの話に戻ってしまうが、リスクが、軽いもので済むはずがない。
予感が、嫌な予感が――体を、蛇のように締め付けてくる。
そうして悩んでいる間にも、フェアは準備を終わらせたらしく――、
「やりますよ!」
と言う。
「どう、するんだよ――」
「簡単ですよ――あとは私がやればいいだけです。
奈心ちゃんに、こうして手を触れて、私が術を使えばいいだけ……これだけです。
簡単でしょう?」
「そう、だな……簡単だな――で、リスクは?」
「……蒼? なんですか?」
「だから――リスクだよ! なにを代償にして、奈心を生き返らせるんだよ!」
「…………」
フェアはなにも言わなかった。分からなかったのではないだろう――、死人を生き返らせるというそんな神を越えた術を知っていて、リスクを知らないなんてことはないはずだ。
だから彼女は、隠している――。
蒼にとって望まない結果になるからこそ、フェアは条件を伏せているのだ。
「――リスクを言わないならやめろ! そんな危ない状況で術をやらせられるか!」
「無理ですよ――もう触れてしまっています……中止はできません」
「なら、無理やりにでも――」
手を伸ばして奈心からフェアを引き剥がそうとした蒼だが、フェアに触れそうな瞬間、伸ばした手に衝撃が加わり、真後ろに吹き飛ばされた。
背中から地面に打ち付けられ、空気が全て吐き出される。
「が、あ、ぐ……」
と声を漏らしながら、蒼はフェアから視線を離さない。
――……信じられねえ、あいつ……あれって――っ!
腰に差さっているシナリクビが、そんな声を漏らす。
蒼がその言葉に質問するよりも早く、シナリクビは、言葉を続けた。
――【自分の命と死者の命を入れ替える】術なんじゃあ……?
「――え?」
魂の入れ替え。
生と死の入れ替え。
死んだ者が生き返り、
生きている者が死に向かい。
フェアがやろうとしていることは、そういうことだ。
緑の妖精――、回復を司る彼女の奥の手、禁術。
妖精として終わる覚悟を持つ者だけが使える、絶対の妖精術――【
流れる今までの時間の中で、使用した者がいるという話は、ただの一度だけしかない。
それはフェアの先祖の一人。
この術を編み出した者が使って以来、誰も使っていない、そういう報告は聞いていない。
だから、フェアは時代の中で、この術を使う二人目として、その名が刻まれることなる。
名を残すことができたのだ――それは、フェアにとって、死にやすい。
大切な人の役に立てたのだ――それは、フェアにとって、死にやすい。
でも、
「もっと、たくさん、仕えたかった――とは、思いますけどね……」
ぽつりと呟いたフェアの一言を、蒼は聞き逃さなかった。
「勝手なことをして、勝手なことを言うなよ……っ、なんで、そんな未練があるなら生きていれば良かったんだ! 俺なんかのために、命を懸けなくてもよかったんだ!
奈心がいないのは嫌だよ! でも、フェアがいなくても同じことなんだよっっ!」
「そう言ってくれて、嬉しいです……。でも、私と蒼では、子供は産めません……、後世に残すことができません。でも、奈心ちゃんと蒼ならば、それができます――。
未来への希望のために、私は死ぬことを決めたんです。だって、蒼は【共存】を目指すんでしょう? 一人では無理ですよ。蒼の子供や孫、みんなで協力しなければ、とてもできません」
だから――と、フェアは言う。
「……私を踏み越えて進んでください。大丈夫です。
私がいたという事実は、蒼の中に、きちんと残りますから――」
「そんな……お前は、もう、」
「ふふっ、大丈夫ですか? 明日から私はいませんよ? 朝、起きれますか?
ご飯、作れますか? 洗濯できますか? 自分のこと、自分でできますか?」
「できる、に、決まってんだろうが――」
「安心しました。いつまでも、子供じゃありませんものね」
笑顔でいるフェアの体が、少しづつ、少しづつ、崩壊していく。
体を構成する小さな緑色の粒が、風に乗って――真上に、舞い上がっていく。
それによって、今度は奈心の顔色が良くなっていく。
生気を取り戻していく感じ――そこで、ああ、と分かってしまう。
今、命のやり取りがおこなわれている――交換が、おこなわれている。
やがて奈心は生き返り――フェアは死ぬ。
また、目の前で、死ぬ。
しかし、フェアは言う――この死は後ろ向きな死ではなく、前向きな死、だと。
「なんでもかんでも死が悲しいというわけではありません。死ぬことによって未来が開くことがあるんです。私は後悔していません。胸を張ることができます。だから――」
そこで、フェアの意図とは関係なく、彼女のがまんが、切れた。
こぼれる大粒の涙が――死にたくないというフェアの気持ちを、前面に押し出していた。
「……あれ? おかしいですね、違い、ます――これは、違いま、す」
慌てて涙を拭うフェアを、蒼は、両手で包み込む。
もう、触れることさえもできない程に――彼女の体は、崩壊していた。
触れようとしても、彼女の体が、物質として、固体として存在していない――。
まるで、
「蒼、違うんです、この涙は――」
「いいよ。もう、いいよ。がまんしなくていいんだ――。
ここまでしてくれたフェアを、誰が責める? 誰が文句を言う?
言った奴は、俺がぶん殴ってやる。……お前はさ、立派だった。お前は胸を張るんだろう?
胸を張って、死ぬんだろう? だったら、俺だって胸を張るさ。
俺の大切な家族は、誰かを守るために、未来を守るために死んだって――、
自身を持って、胸を張れるから」
フェアと蒼の目が合う――いつの間にか、フェアの涙は止まっていた。
そして気づけば、フェアの体は、もう上半身しか、存在していなかった。
そろそろだった。
そろそろ――時間だった。
「蒼……今までありがとうございました!
――メイド妖精・フェアは、これにて永久のお休みをいただきます!」
「おう……しっかり休んで――ま、気が向いたら戻って来いよ」
最後にそう言い合って、そんな茶化した雰囲気で、フェアの姿は――、体は。
さらさらと、風に乗り――、
散った粒は真上に……天へ、昇っていく。
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