記録の結果:エピローグ
第41話 受け継がれるメイド
物語の主要が終われば、必ずという確率で現れるだろう後日談だが、例外なくこのログイン・ライン――火西蒼を主軸とした物語にも当然あるものだ。
しかし登場人物一人一人に視点を向けたとしても、大半の人物は【あの事件】によって怪我をしており、つまりは入院中である。
夏休みに入ったと言うのに入院中なんて最悪だー、という個人的な、誰に向けるでもない文句を聞くのはどうしたところでメリットに繋がらないので、視点を一つに絞るというやり方が一番最良かもしれない。
入院していない人物もいるにはいるが、しかし彼、彼女達に大きな変化という変化はない。
見ていたとしても特に面白味もない、ただの日常的な一片でしかない。
人によってはそれはそれで面白味はあるかもしれないが、まあ、多数の意見を取ればやはり一つに絞るという選択肢を選ぶことが望ましいだろう。
とにかく、
大きな変化があった――彼。
主要であり、中心人物であった――彼。
彼を見なければ、物語は終わらないだろう。
終わるかは分からず、もしかしたら始まりへ向かってしまうかもしれないが、それはそれとして――彼の変化は早く、朝起きた時には、既に始まっていた。
普段と変わらないワンシーンでも、それでも、大きな変化はきちんと――、
―― ――
人の迷惑を考えないような、やかましくうるさい目覚まし時計の音が部屋に響く。
手が届く範囲にあるので、今まで眠っていて、音によって意識を覚醒させられた少年は、寝転がったまま手を伸ばし、目覚まし時計の頭を手の平で押す――が、なぜか鳴り止まなかった。
目を擦らなければ目を開ける努力さえもしないような精神状態なので、目覚まし時計の頭を一度押しただけでは音が止まらないという今の状態は、うんざりするものだった――。
と同時に、イライラも促進させてくる。
怒りマークを額に浮かび上がらせながら、
「――うるせえっつうの!」
少年は飛び起き、目覚まし時計を蹴り飛ばす。
壁にがん、と当たり、衝撃によって外枠がはずれてしまい、中身が露出されている。
中身の部品のどれがどれなのか分からないくらいにはぶちまけられてしまっている。
ベッドから足を降ろして地面に足裏を着ければ、異物の感触がするくらいには、どこに足を降ろしたところで避けられない――それくらい、広範囲にぶちまけられていた。
これで、壊れた目覚まし時計は二つ目だった。
「――ちょ、毎日毎日――いい加減にしてください!」
そんな声は、聞こえない。
いつもいつも怒ってくれる緑の妖精は、そこにはいない。
「……引きずり過ぎだ、バカ……!」
蒼は両手で頬を思いきり叩く。
ぱんっ、という高い音が鳴り、意識が覚醒する。
今日から夏休みだ――、学校がないため家にいることが多く、その分、色々と家事が増えることだろう。しかし、今まで家事全般を任せていたフェアは、もういない。となると自分でやるしかないわけだが……、当然、今まで任せっきりだった蒼に家事スキルがあるわけではない。
食事も掃除も洗濯もなにもかも――自分でやらなければいけないのだ。
考えてみれば自分でやるのが当然なのだが、今までの生活でやっていなかったので、どうしたってやることに抵抗がついてしまう。
やる気が起きない――まず、腹が減っているのに食事を作る気がない。
生きていく気がないのかと思ってしまう程の、無気力だった。
「……ファミレスでも行くか……」
初日からそういう選択肢を取ってしまうと、これから先、だらだらと続いていき、金銭面で大ダメージを受けることになるのだが、蒼はそこまで思考が回っておらず、半分以上は本気で朝飯はファミレスと決めてしまっていた。
出かける気満々で台所へ向かう。
扉を開ければ――、
そこには、エプロン姿で料理を作っている、奈心の姿があった。
「――は?」
「あ、おはよう。
お魚を焼いたのと味噌汁とごはん――あと野菜も作っておいたからね」
「ふ、不法侵入だぁあああああああっっ!?」
まず初めの一言がそれかよ、と自分自身で思ってしまうようなツッコミが入ったところで、自主的に冷静になる。とは言え、不法侵入という指摘も間違ってはおらず、確かに、合鍵を渡した覚えはない。どうやって入ってきたのだろう? と疑問に思っていると、
「ああ、良識に合鍵を作ってもらったのよね」
「まさかの那由多!? どういうこと!?
あいつ、総理の娘だからってやること凄過ぎない!?」
「ねえ――」
すると、奈心が手に持つ包丁を――すっ、と、蒼の鼻先に向けてきた。
「今、那由多って呼んだよね? なんで名前で呼ぶの? 私という女がいながらなんで呼ぶの? ねえ? 私が『嫌いにならないで』、って言った時、『なるわけねえだろ』って、言ったわよね? あれは嘘なの? 私は『大好き』だって、『愛してる』って言ったわよね? それに対して蒼は拒否しなかったわよね? それって、そういうことでしょ? なのに、なんで、良識のことを那由多って名前で呼ぶわけ? 蒼が見ていいのは私だけなの――分かった? ねえ分かった?」
「や、ヤンデレ化してるぅうううううううううううううううううッ!?」
つんつん、と包丁の切っ先で優しく鼻を突き刺してくる奈心は、蒼が頷かなければどうやら包丁を離さない気のようだった。
確かにあの時は奈心の言葉に拒否はしなかったし、する気はなかったし、蒼としても奈心のことは、まあ、隠していても仕方ないので明かせば好きであったし、魔王にもそう答えてしまっているし――、だから今の状況に不満はなく、頷くことなど、喜んでするものだけど――、
しかし、不安が残る。
あっれー!? と、今までの奈心と今の奈心のイメージが違い過ぎて、脳内で処理し切れていない。仕草とか受け答えとか、そういうことについてはまったく一緒なのだけど、やはりこのヤンデレ発言だけが引っ掛かる。
なぜならこの前までは那由多がどうこうとか、他の女が近づいてきたところでなにも言っていなかったのだから。
「…………え、と。そうだ、そういえば奈心は――」
「話を逸らさないでねー」
風を切る音がして咄嗟に真横に首を振ったからこそ、奈心が突き出した包丁を避けることができた。もしも、避けていなかったら――、串刺しだった。そのまま死だった。
一度、死を体験していると死が軽く見えるのだろうか。
「もうっ、避けないでよ」
「きゃぴきゃぴすんなよ! 普通に避けるわ!」
どうすればいいのだろうか――そう蒼が頭を抱えて悩んでいると、奈心が少し屈み、位置を低くして、下から見上げてきた。その仕草が、フェアに似ていた。
その真下から見上げて自分の方が立場が下だと表現してくるその仕草が、似ていた。
「……なんだよ」
「今日からフェアちゃんの代わりに蒼のメイドになるから――よろしくね」
「……なんで俺がメイド好きって知ってんだよ……」
そうぶつぶつと言いながらも、蒼も最後には、よろしくな、と言う。
奈心も知っているのだろう――別に隠していたわけでもないので当然かもしれないが、フェアのおかげで奈心は生き返ったのだ……。フェアの命と引き換えに。
だから奈心がフェアの代わりに蒼の世話をしようとするのは、当然の考えかもしれない。
「ふふっ、いつも通りに打ち解けたところで、ご飯にしよっか」
奈心は笑顔でそう言った。
もしかしたらさっきのヤンデレ発言も、突然、家に来たことで驚いている蒼を落ち着かせるための、一種のイベントのようなものなのかもしれない。
あれのおかげで蒼も普段通りに奈心と会話することができたのだから、たぶんそうだろう。
「そうだな――飯にするか」
「うん――さっきの話、頷いてくれたらね」
きらん――と、包丁の刃が光を反射していた。
一種のイベントのようなもの――、
もしかしたら、ヤンデレ化に限っては、本当なのかもしれなかった。
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