――フェアの奇跡

第39話 緑色の秘術

「……? ――!?」


 蒼は訳も分からず辺りを見回す――そこには、


「まったく――いつもいつも、奈心が世話を焼く気持ちが分かるわねえ」


「……那由、多……?」

「こらそこ、勝手に呼び捨てにしないでくれるかしらあ?」


「なん、で――」


 蒼は信じられないような表情で彼女を見る。

 蒼は、那由多とクラスは違えど、同じ高校の同じ学年である。


 知り合いではあるが、関係性はそこまで深くはなかったはずだ。

 奈心関係で会うくらいのもの――、二人きりの時など、数回ほどしかない。


 なのに――助けてくれた。


 しかも――、


『――先輩!』


 夏理と香奈美もいる。


「お前ら……、――それに、阿楠、登張……」


「きちんといるよ――なんたって、俺が蒼を飛ばせと命令したんだしね。

 迎えに来るのは当然だと思うわけだけど……」


「ちっ、ちょうど羽が切れちまった。

 ――ま、大丈夫だろ。たかが魔王――勝てねえ相手じゃねえ」


 さらりとすごいことを言っている登張は放っておいて――、蒼は周りを見て、安心する。

 まだ仲間はいる――自分は一人じゃない。


 この中にジンとの【共存】という道を一緒に歩んでくれる仲間がどれだけいるのかは分からないが、もしもゼロだとしても、蒼は別にいいと思っている。


 想いは共有できていないとしても、こうしてピンチの時に集まってくれる人がいるだけで、それだけで、救われる。


 動くための原動力になる。


 だから――、せっかくこうして集まってくれた仲間達を失わせるわけにはいかない。


 集まってくれたのは嬉しいが、すぐに役目がなくなってしまうことに少しの罪悪感を感じながらも、まあ許してくれるだろうと希望を胸に抱えながら、蒼は魔王の元に向かった。


 おい! という天戯の制止の声を振り切り――逆に、止める天戯を制止し。


 魔王の前に辿り着いたところで、蒼は、


「【共存】まで、道は長い――それまでお前に邪魔されるわけにはいかねえんだよ」


「では、どうする? かかってくれば――、

 そこにいる仲間全員でかかってくれば、もしかしたら勝てるかもしれないぞ?」


「その必要はない――」

 蒼は、手の平を魔王の胸の中心に、押し付けた。


「倒すんじゃあない、俺じゃあ――俺達じゃあ、お前には勝てない。だから、また今度。

 二世紀後くらいにでも来てくれれば、満足な世界になってるかもしれねえよ?」


「……一体、なにを――、」


 とん、と――、蒼は魔王の体を押した。

 背中から後ろに倒れる魔王は、地面に倒れるその途中で、ふっ、と消えた。


「なっ!?」と驚く後ろの仲間達の中でも、分かる者はしっかりと分かっていた。


 たとえば――フェア。

 彼女はなにが起きたのか理解できていた。


 蒼が魔王を押した時、魔王の真後ろには、空間に小さな、歪みができていた。

 そして一瞬だけ、大きく開いた――。


 もちろん人間には視認できない程の間隔で、である。

 そこに魔王は吸い込まれ――連れて行かれた。


 異端世界へと。


 異端世界へと――送り戻された。


 ログイン・ラインの力を――蒼は、自分の意思で、意識あるまま、行使した。


 戦わずして勝つ――、



 まともに戦う術を持たない、誰かを傷つけることで得るものを満足に喜べない、出会った時から見ている、出会った時から変わらない、蒼の人格、性格にとっては――この結果は彼らしく、彼にしかできなくて、彼が一番納得する、前に進むための必要な前進だった。


 蒼による、蒼にとっての、蒼のためとなる、

 蒼らしい、蒼だからこそできる、蒼の勝ち方だった。


「ふふっ――」と、フェアは笑った。


 そしてすぐに、その笑顔は消えた。


 まだやることがある。

 誰かを失うエンドは、ハッピーではない。


 それは既に変えることのできない決定事項ではあるが――まだ。



 まだ――失う人物の操作をする余地はある。


 ―― ――


 蒼は魔王を異端世界に送り込んだ後――、集まってくれた仲間達の元を通り過ぎ、まず、奈心の元へ、一目散に駆けて行った。

 そのことについて、誰も、文句を言うことはなかった。

 当然の行動である――いや、そうするべきと誰もが思っていた。


 仰向けで横になる奈心の体を、蒼は、お姫様抱っこで持ち上げて、


「……お墓、作ってやんねえとな……」


 夏理も、香奈美も、那由多も――、言いたいことはたくさんあった。

『知り合い』よりは上のランクの『仲間』であるし、そこには当然、絆も存在しているからこそ、悲しむことも、声をかける権利だって、彼女達はあったのだが……、

 だが三人とも、事情は聞かず、誰からの説明も受けず――分かった。


 奈心の傍には、蒼がいるべきだ――と。


 ここから先は、蒼がやるべきだ――と。


 唯一、そんな蒼に声をかけたのは、一振りの刀だった。


 妖刀シナリクビは、血の池から刀身を伸ばし、

 刃ではない峰の部分を使って蒼に掴まり、伸縮を利用して、蒼の元へ辿り着く。


 気づいた蒼も、文句は言わずに、近寄るシナリクビへ声をかけた。


「……一緒に来るか?」


 ――お前が嫌じゃあ、なければな。


「嫌なもんかよ。たくさんいた方が、奈心だって嬉しいだろうよ」


 かもな――と、シナリクビは言い、ささっと、蒼の腰に、自主的に差さる。


 嫌にならない重さにしっくりとした感覚を感じながら、蒼は倉庫集合地区から少し離れた場所にある、砂場に辿り着いた。


 別に、ここに本当の墓を作るわけではない。

 形だけでも今日の今、仮でもいいから、やっておくべきだと思ったのだ。


「あれ……? あいつら、ついて来てねえのか……」


 ――気を遣ったんだろうよ……、

   お前と、奈心だけでやるべきだってよ。


「そんな気なんて遣わなくていいのに……。

 じゃあ、それを知ってるお前はなんなんだ? 思いきり気を遣ってねえじゃねえか」


 ――お前が奈心に、なにするか分かったもんじゃねえからな。


 いやいや、と否定しようとしたが、しかし、誰も見ていないとなると、自分の本能を抑えられるのかと言われたら、自信はなかった。


 なのでそれには触れず、


「さて――やりますか」


 ――今のところのスルーは、受け取りようによっては引くんだが……。


「引くような受け取り方をするんじゃねえ」


 そんなやり取りの後――、蒼は、抱えていた奈心を砂場の上にそっと置く。


 彼女を見る――、いつも学校で見る、笑顔の彼女が、思い出される。

 全てが終わった後だからだろうか……、なぜだろう、さっきよりも、ショックは大きかった。

 彼女に触れようと伸ばした手が、震える程には、ショックだった。


「…………」


 ――オレは、いねえ方がよかったんじゃねえか?


「いや――いてくれてよかったよ……」


 もしもいなかったら、泣いてたから、と――蒼は心の中で続きを言う。


 そして――よし! と気合を入れて悲しみを抑え込もうとした時、


「蒼!」


 と、フェアの声がした。


 彼女は蒼が振り向く前に蒼の肩に着地していた。

 いつも通りの光景ではあるが、だが蒼はなんだか、嫌な予感を感じていた。


 奈心が死んだ時と同じような、誰かが――分からないが、誰かが、

 まるで、二度と手が届かない、遠くに行ってしまうような感覚――。


 とは言え、勘違いかもしれないし、その可能性の方が高いので、蒼は特に、表情にも、言葉としても出さずに、いつも通りにフェアへ返事をした。


「なんだよ? しかもそんなに慌てて」


「はあ、はあ――大丈夫です! 奈心ちゃんを助けることは、できます!」

「は? へ……え? ……ほ――ほんとか!?」


 一瞬、喜んでしまった蒼だが、すぐに気づく――。

 そんな生死を操るような方法があってたまるか、と。


 そこまでいけば、もう神の領域である――。

 侵してはいけない領域である。

 どういう方法なのか分からないが、ちょっとしたリスクで抑えられるはずがない。


 だけど、そんな蒼の疑った視線にも、フェアは負けずに、


「あるんですよ――そういう術が。

 緑の妖精にしかできない方法が。一度きりの、チャンスなんです」


「でも……奈心はもう、死んでるんだ。

 今更、生き返らせるなんて、そんなことをしていいわけ……」


「蒼は――奈心ちゃんと一緒にいたくはないんですかッ!」


「ッ」


 そんなわけないだろう――、

 一緒にいたいに決まっている。


 これからずっと、いたいに決まっている。

 結局はそれが本音なのだ。


 どれだけ隠そうと、偽ろうと、自分だけは分かっている。

 自分だけが分かっているからこそ、他人がどうこうして鍵を開けることなど、できるはずがないのだが、フェアは、いとも簡単に開けた。


 蒼の保護者だからこそ――だった。


「時間がないんです! 死後直後だからこそ、この術は最大の効果を発揮するんです! 

 だから、早くやりましょう! 奈心ちゃんと、もう一度、会うためにっっ!」

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