第38話 侵攻開始

「ふざけんな! ――させると思うのかよ!」


「邪魔をさせると思うのか? 言っておくが、ログイン・ライン。

 お前はそんな奇妙な力を持ってはいるが、その力は誰かを守るために誰かを傷つけることができるようなものじゃあねえぞ?」


 言葉の後――、魔王が手を蒼に向け、指先を、ぴん、と。

 まるで空中にでこピンでもするような感覚で、弾いた。


 すると一瞬で、


 蒼の体が、後ろに思い切り反った。


 空中で後転し、腹から地面に叩きつけられる。


「がっ――ッ」

「蒼!」


「【共存】という道を選ぶのは簡単だが、認める者は少数だ。

 それはジンも人間も変わらねえぞ?」


「分かってる――」

 蒼は手を地面につき、立ち上がりながら、


「――んなことは、分かってる! どれだけ人間がジンを嫌いかなんて、ジンが、どれだけ人間を嫌いかなんて、分かってる! それでも――それでもだ! 

 こうして俺とフェアは一緒に住んで、一緒に仲良く過ごしてる! 

 それが世界中で起こってたら、幸せじゃねえか!」


「……ガキが」


「ガキでもなんでもいいんだよ! ガキだからこそ、理想を語れるんじゃねえのか!? 

 大人だから! 大人だから、色々なことに目を向けなければいけねえから、理想ですら語れねえんじゃねえのか!? 想像ですらできねえんじゃねえのか!? 

 ――どんなに無理なことでも、達成させるためにまずは想像でもいい、語るのでもいい、形にするべきなんだよ! 形として外に出すことで、無理も可能性を得ていくんだ!」


「そんなんじゃあ、達成までの時間は、お前の寿命じゃ足らねえぞ?」


「願いは伝染していく――、語ることで、語り継がれていく。

 誰が、俺一人でやると言った? 仲間を使えばいい――、人間だけで無理ならジンにも頼ればいい。好意的なジンだっていると言ったのは、てめえだぞ魔王!」


「ふむ――まあ、一理はあるな」

 魔王は、顎に手を添え考えていたが、しかし、


「だが、俺が今ここにいる以上、無理な話だ。

 不可能な話だ――諦めろ。今ここで俺は、基準世界を支配する」


「待ってください魔王様!」


 すると、蒼のポケットから飛び出て来たのは、フェアだった――。

 彼女は蒼と魔王の間に挟まれるように位置を取る。

 まるで、蒼を庇うかのように、両手を広げていた。


「なんだ――緑の妖精」


「ええ、と……っ、お願いです! 

 まだ――あと少しだけ、この世界を支配するのをやめてくださいませんか!?」


「――どうして、待たなければいけないんだ?」


「せ、世界神殿の幹部は、現在、誰一人として生存していません! 

 ですから、新しくメンバーが揃うまでは……」


「ああ、あの三人か……いや、心配しなくてもいいぞ。

 俺がいれば、あいつらなどいらない。――ああ、勘違いするな。いらないというのは俺一人でもできるという意味であって、あいつらの能力の低さを馬鹿にしたわけじゃない。

 いた方がいいに決まっている――俺はそれを望んでいた」


 魔王は空を見上げていた。既に存在していない三人のことを思っているのかもしれない。蒼がイメージしていた魔王は【仲間に非情】、というものだが、どうやらそういう訳ではないらしい――この魔王のそういうところは、好意的に見ることができた。


 しかし、魔王のそんなリアクションもすぐに終わり、告げられる決意は変わらず、


「悪いが――やらせてもらうぞ」


「魔王様!」


 蒼は、足を踏み出した魔王の前に――フェアよりも前に、走って体を挟み込む。

 さっきのフェアと同じく――彼女へ、やり返したのだ。

 そして自分よりも身長の高い魔王を見上げて、


「止まらないなら――止めるまでだ」


「できると思うのか?」


「できないと思っていたらここにはいねえ」


 それもそうだな――と納得した魔王は、蹴りを一発、蒼に放った。

 重い一撃だったが、吹き飛ばされる程ではない。魔王の蹴り、足を掴み、なんとか踏ん張る蒼は、しかしそこで、魔王の考えに追いついてしまう。相手の意図を読んでしまう。


「防御させることで――動きを封じて……っ!」

「指から出る光線というのは、お前ら大好きテレビアニメ悪役のお得意技だろう?」


 魔王の指先が光り――、鉛筆ほどの大きさの光線が、蒼の首筋を狙う。


 致命傷となる攻撃はしかし――、蒼の首筋を貫くことはなかった。



 


 


 輿――。



 

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