――王と対話
第37話 支配者
「……? ――誰だ?」
「おいおい、ひでえな。お前が俺を呼んだんだろ?
なのに知らないとは、失礼にも程があるんじゃねえか?」
「俺が……、……呼んだ?」
蒼の、本当になにが起こったのか、自分が何者なのか分かっていない様子に、【魔王】はうんざりと溜息をついたが、だがそれで気分を害する、ということはない。
親切にもネタバラシをしてくれた。
言われたネタバラシを整理し、省略を挟みながらであるが、分かりやすくすれば、蒼には基準世界と異端世界と繋ぐ、【ログイン・ライン】という力がある――。その力の『おかげ』なのか『せい』なのかは感じる人によって違うが……、ともかく、蒼の力によって、魔王はこの基準世界に召喚された、ということらしい。
突然現れた男の言葉をほいほいと信じるのもどうかと思ったが、相手は異端世界の王――【魔王】である。見た目的に、放つオーラと人格的に、嘘をつく相手だとは思えない。
ジンの、人間よりも寿命が長いということを抜きにしても、蒼よりは何十年も年上の見た目をしているし、実際に年上なのだろう。
白い髭に、白い髪――対照的に体全身、顔以外の体を包み込む鎧は、真っ黒だった。
今更だが、途轍もないプレッシャーの中にいるということに気が付いた……、蒼は抱える奈心を、もう動くことのない奈心を、地面にゆっくりと、優しく置いた。
前髪を軽く撫で、すると魔王が、
「その女は、お前の女なのか?」
「個人的に言えば、未来に期待はしてた」
「ほお……、まあ――じゃあ、残念ってところだな」
軽く言う魔王に怒りが湧いたが、ここで駆け出し、拳を振るって殴ったところで、相手は痛くも痒くもないだろう。逆に振るった自分の拳が破壊される恐れがある――。
怒りはあるが、冷静に相手と自分の力量差を確かめることはできている。
この距離――、殴り合うとしたら駆け出す必要があるこの距離の維持が、この状況において一番、優先されることだろう。もしも――、もしものこの距離が少しでも潰されたら、いや、潰されなくとも絶対絶命だとは思うが、気持ち的に、この距離が安全地帯だと認識しておくべきだ。
「だが、ログイン・ライン――考えてもみろ。その女は様々なジンを長年に渡って殺してきたんだろ? だったら、自業自得じゃねえのか? お前ら人間が、恐らくは酷い酷いと文句を言っているジン達と、やっていることは、その女は変わんねえんじゃねえか?」
「まあ、な。気に入らないから、殺しているんだもんな――ジンと変わらねえな」
「だろ?」
言いながら、にやりと笑う魔王に、蒼は、
「でも!」
と言い返す。
「先にやったのは、お前ら側だろ?」
「お前が呼び寄せたんだ。この、味方が誰一人としていない未知の場所に、強制的に送り込んだのは、お前だろうが――ログイン・ライン」
蒼は言葉を失う――、自分にそういう力があることを、さっき知ってしまった。
理解してしまった。
感情が高ぶることで、召喚するジンのレベルが変わる――。
だからレベルの高いジンを召喚するため、怒りを誘うために、今日、フェアが狙われたということも、分かってしまった。
もう既に知ってしまっている――、生まれた時からの力で、ジンを基準世界に呼んでしまっているのは自分だと。
当時、自分は赤ちゃんで、意識なく力を発動してしまっていたとしても、それで自分の罪をなかったことにはできない。
全て分かってしまっている。
魔王の言葉によって、全て。
「お前のせいなんだよ。基準世界にジンが来たのも、そしてジンによって基準世界が支配されているのも、ジンによって人生を狂わされた人間が存在しているのも。
全部、お前のせいなんだ……お前の力のせいなんだよ」
「…………」
「自覚がないからで見逃されるとでも思ってんのか? ――んなわけねえぞ?
お前はずっと、世界を壊した罪を背負うことになる。
お前の力のせいで死んだ人間がいるということを、お前は刻むことになる。
人生を狂わされた人間がいることもな――抱え切れないようなものばかりだ。
一つの死に、怒りを向けてる場合かよ?
好きな奴を殺されただけで怒りを見せていい人間なのか――お前は」
「――俺は、人間なのか……?
こんな力を持つ俺を、人間だと、定義できるのか?」
「どっちでもねえんじゃねえのか? 中途半端なんじゃねえのか?」
魔王のその言葉は、ぐさりと、痛く心に突き刺さる。
人間でもなく――ジンでもなく。
中途半端で、不完全。
どちらにもつけない。
そんな人間……とも言えない、人間もどきだ。
しかし、だからこそ――、
「どっちでもないなら――どっちにでもなればいい」
「ああ?」
と、魔王は訝しむ。
「……おいおい、なにをやる気満々な顔をしてやがんだ? 俺はお前の心を折るつもりで会話してたんだぜ? それがなんだ?
俺との会話をきっかけにして、これからの道でも見つけたのか?」
「お前は、ジンの王のくせに、優しいよな」
蒼は無邪気に、笑って言った。
「――本気で俺を潰す気なんて、まったくなかったんだろ?」
魔王は、ぽりぽりと頭を掻いた。
図星を突かれて、言い返せないのかもしれない。
当たらずとも遠からず――そんな表情をしていた。
「どっちでもいいけどさ、普通、ジンだったら、問答無用で、会話なしで襲ってくるぞ。
でもお前は会話をしてくれた。そこで、圧倒的に違いがあるんだよ。ただ殺す奴と、考えて殺す奴の、決定的な違い。誰かのためを思うか、思わないかの、その違い」
「やめろ――俺を善人みたいに言うんじゃねえ」
魔王は頬杖をはずし、背中を背もたれに、力強く押し付けた。
「……見てたからな……基準世界の様子はよ。
平行に存在する別の世界――、そこにどんどんと仲間が連れ去られていくんだ……、そりゃ気になるもんだ。しかしまあ、俺の力でも基準世界には行けねえからな。
見ていることしかできねえもんだ。だからお前が呼んでくれた時は、嬉しかったもんだぜ」
うんうん、と魔王は自分の話に自分で相槌を打つ。
「だからかねえ――お前らのことは、そこまで嫌いじゃねえ。
弱いからこそ、現れるジンに力で敵わないからこそ、我武者羅に努力し、強くなろうとするその精神は嫌いじゃなかった。中にもいるだろ?
ジンでも人間と仲良くしてる奴――力を貸してる奴。
人間という魅力に魅せられた奴らだ。
たとえば、お前のポケットに入っている、その妖精とかな」
「……フェア、そんなところにいたのか」
さっきからどこに行ったのか気になっていたが、今のこの状況のせいで探すことすらできていなかった。遠くにでも行ったのか思っていたが、まさか、ポケットの中にいるなんて――、
灯台下暗しという、予想を飛び出す答えだった。
「あはは、出るに出られなくて……」
フェアはポケットから顔を出し、苦笑いをする。
ったく――と、蒼はフェアを見て、安堵の息を吐いた。
「話を戻すが、お前らの世界を支配しようとするのは、まあ、俺らジンからすれば当たり前の思考だ――。そしてお前らが守ろうとするのも、当たり前の思考だ。
相容れねえってところじゃねえの? お前の目指すところは、難しいと思うぜ?
俺だって、こうして人間に好意を抱いてはいるが、本能はジンだ――ジンの中の王だ。
やるべきことをやらねえと、下の者に示しがつかねえだろ?」
今まで座ってのんびりとしていた魔王が、立ち上がる。
それだけで、たったのそれだけで――、風が、黒い霧を混ぜた風が、蒼達の前から吹き付けてくる。加えて、ぞくぞくッと、背筋が反応する。
ガタガタと震える体の変化は、当然、恐怖からくるものだった。
魔王が動く。
やるべきこと――それはもちろん、
「基準世界の支配だろう」
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