――交わる英雄

第35話 邂逅

「――死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっっ!」


「逆にそこまで死ぬって言うからこそ死ぬんじゃないでしょうか……」


「分かったもう言わねえ! ――でも絶対絶命だよなあこの状況!?」


「まあ――確かに。空中で身動き取れず、後ろから迫るドラゴン……。

 幸いにも勢いだけは死んでいませんから、逃げ延びてるって感じですけど――」


 しかし――、パンドラライズに追いつかれるのも時間の問題だろう。

 距離としては五十メートルくらいしかない――、

 長く見えるが実際に移動してみると短い距離である。だから視覚的に余裕はあれど、実際の短さを知っている蒼としては、ハラハラして精神を休めることができなかった。


 すると、することもなく、なんとなくで眺めていた光景が、徐々に変わっていっていた。

 人通りの多い場所――、実際、パンドラライズ出現の騒ぎで人はいなかったが、元々は人通りが多かった場所である。そこから遠ざかり、逆に人通りが少なく、それ専門の人しか入れないような倉庫集合地区に来ていた。

 さすがに、仕事中でも命を優先させたらしく、作業員はおらず、ここはあまり変わらないが、人通りがない――と言うよりは、ゼロだった。


 誰もいない。

 そして勘違いであってほしかったが、勢いがどんどんと死んでいっている気がする。


「ちょ、ちょっと待て! フェアっ、どうにか速度を速めることできねえのか!?」


「ご、ごめんなさい……まだ、ちょっと術を使うまでは回復していないです……」


 ここでフェアを責めるのはあまりにも酷だ。

 仕方のないことではあるが、現状、ピンチは変わっていない。

 どうするかと頭をフル回転させた蒼は、しかし、思いつかないままに、感じ取る。

 後ろから迫り来るパンドラライズの、殺意を――気配を。


「――っ、来てる来てる! 口開けて超っ、来てるっっ!」


「綺麗な歯ですね――しっかりと洗っているんでしょうか」


「ここで! 専業主婦的視点で褒めなくていいから! てかお前、冷静だなおい!?」


 実は空を飛べるから、すぐにでも逃げられるから余裕があって冷静なのではないか――、

 そう思った蒼だったが、だけどフェアの本音はまったく違った。


「蒼と一緒ですから――全然、なにも恐くはありませんよ?」


 運命共同体ですから――と、フェアは微笑んだ。


「死ぬも生きるも一緒です――だから、なるようになれ、ですよ」


 それを聞いて、蒼も焦る心が、少しだけ落ち着いた。

 冷静に、状況を確認する。


 後ろから迫るパンドラライズ。大口を開けて自分達を丸飲みにしようとしている。

 避けるのは不可能な状況だ――だが、まだ手はある。

 ただしその手は飲まれる前ではなく、飲まれた後の手であったが。


 噛まれなければ生きてはいける。飲み込まれても腹を突き破れば、出てくることはできるのだ。なんと簡単なことだろう――焦る必要など、まったくなかったではないか。


「まあ、行き当たりばったりな、作戦とも言えない作戦だがな」

「でも――希望は見えてきましたね」


 ああ、と頷いて――蒼は身を任せた。


 大口を開けたパンドラライズは、蒼とフェアを――ぱくりと。



 食べた。


 そして咀嚼し、飲み込む――その前に。



 パンドラライズの首と体が、分離した。



 音もなく斬られ、伝説のドラゴンと呼ばれていた金色四翼のパンドラライズは、この基準世界に召喚されて三十分も経たない内に、絶命させられた。


 ふらり、と体が先に落ち、遅れて首から上の顔も落下する――。

 地面に叩きつけられたパンドラライズの体は、今更だったが、血を噴き出した。

 流れ出る赤い液体は早くも辺り一面を血の池に変えていた。


 ぴちゃり――と、血を踏む音が聞こえる。

 そこで、本音では絶対に死んだと思っていた蒼は、首から上、パンドラライズの口の中でしっかりと生きていた。フェアを抱きかかえて、足音のする方――、外へ行くために、パンドラライズの口を、内側から、店のシャッターを開けるような感覚で持ち上げ、外の光を視界に入れる。


 どうやら空中から落下し、地面に叩きつけられたようだが、口の中にいたおかげで、落下の衝撃は全て顔が吸収していたらしく、蒼達は無傷だったらしい。

 怪我はなく、どこか痛むということもなく、本当の意味で無傷なまま、二人は外へ出た。


 そして――、

 血の池の真ん中で立っている少女を見て。


 彼女の――、

 その血に濡れた刀を見て。


 彼女を――見て。


 蒼は、掠れた声で、呼びかけた。



「……? な、ここ……?」


 ―― ――


 那由多の言う通りに、敵はここ――、倉庫集合地区にやって来た。

 やって来たのだから、とりあえず、奈心は、相手がジンだということを見た目で確認してから、殺した。再生の余地なく、首と体を切り離すことで――、

 妖刀シナリクビを伸ばし、一刀両断する形で。


 空中から落ちてくる死体を見つめ、落下地点へ駆けて行く――寸前。

 小声で指示を出している那由多を見つめ、


「死んでるとは思うけど……見てくるわね」


「え、あ、うん。ちょっと小人ちゃん達に指示を出してるから、それが終わったら私も向かうわ――それと、奈心。ごめん――」


「……?」


 那由多の悲しそうな表情のその謝罪は、奈心にはなんのことだか分からなかった。

 もしかしてあのドラゴンを殺させてしまったことについて、なのか――それとも那由多が『助けて』と奈心に頼った、その問題自体に巻き込んでしまったことに対してなのか……。

 なんにせよ、那由多が謝る事ではないし、奈心にとって実際、どうでもいいことであった。


 ジンを殺せるのならば――それは奈心にとって、プレゼントのようなもの。


 暴れているジンならば問題ありのジンであり、殺すことに必ず、組織の方でも許可が出る。


 問題に巻き込まれれば、ジンの悪行が溢れ出るスポットに連れていってもらえる。


 だから、今回に関しては那由多に感謝こそするが、恨むことなんてないのだ。

 まあ、それを直接、言ってしまったら、今までの敵対関係がいつも通り、これから先に進まなくなってしまうので、言うことはしなかったが。


 那由多を一時的に置いて、奈心は死体の元へ向かった。

 地面は赤く、血の池になっていた――。

 見慣れた光景なので、躊躇うことなく池に歩を進める。


 ぴちゃぴちゃと足音を鳴らしながら。

 分かっていたことだが、金色四翼のパンドラライズは死んでいた。


 まったく動かない――、

 どうせなら本気でパンドラライズと戦ってみたいものだったが。


「……――っ!」


 すると、死んだと思っていたパンドラライズの口がゆっくりと動き――開いた。


 身構えることなく、奈心の中ではどんな事態にも対処できると余裕を持っているので、力を抜き、脱力した状態で事態の顛末てんまつを見守った。


 出て来たのは――、



 蒼だった。

 火西蒼だった。

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