第34話 那由多の隠し玉

「うわうわうわ!?

 あのドラゴン、めちゃくちゃ速ぇじゃねえか! こんなん、すぐに追いつかれるぞ!?」


「分かってる! 直線を走ってるからだし――、だったらどこかで曲がって、少しでもあいつを混乱させることができれば――って、ん?」


 阿楠は高い音が聞こえてくることに気が付いた。

 蒼の文句とフェアの蒼を叱る声……、パンドラライズの破壊音で聞こえにくかったが、耳を澄ませばきちんと、新しく生まれてきた音が聞こえてくる。


 着信音だった。

 このタイミング、この切羽詰まったタイミングで、一体誰なのか。

 わざわざポケットからスマホを取り出して通話するような相手なのかと考えたが、しかし考えてみれば、外部と連絡を取れるというのは、チャンスなのではないか――。


 力になってくれるとは思ってはいないが。それに、できるとは思えないが、それでも、可能性としてはゼロではないからこそ、期待はしてしまうものである。

 どれだけの無理を並べても、当たることなどない、と心の中で諦めながらも宝くじを買ってしまうのと変わらない。


 だから阿楠はスマホを取り出し、それから画面を映し出し、相手が誰なのかを確認したところで、嫌な顔になった。切ろうかと思ったが、だが、出なかったら出なかったで電脳世界の方でしつこく攻撃してくるので、ここは通話に出てテキトーにあしらうのが正しいだろう。


 そう思い、通話に出る。


「もしもし!? 悪いけどいま切羽詰まってるから、またあとでいいかな!?」


『ふざけないでくれるかなあ? ハッキングするなっ! て、あれほど言ったでしょうに……。

 にもかかわらず、ハッキングしたのはあなたよねえ?』


「は、え? ――なんのこと!? そんな話は全然っ、知らないけど!」


『隠さなくてもこっちはしっかりと分かってるのよ――。

 何回、あなたにハッキングされて防御用システムを組んだと思ってるの? 

 特定くらい、簡単にできるわよ』


 ちっ、と舌打ちをし、

 もう隠すのは不可能かと判断した阿楠は話を進める。


「それで? いつもの鬼ごっこでもするのかい? 

 ハッキングする僕を、政府という立場から、君は僕のことを逮捕でもするのかい?」


『したいに決まっているけど――そうも言っていられない状況なんじゃないの? 

 隠す気はないから言うけど、私はついさっきまで世界神殿にいた――。世界神殿の仲間として、ね。もちろん脅されてから仲間になったわけだから、本心は入りたくはなかったんだけど。

 で、さっきのあなたのハッキングも見てたわ。あの時は連絡なんて取れなかったけど、世界神殿を裏切った今なら、あなたに連絡できる――だから、したってわけなんだけど』


「へえ――そんなことになっていたなんてねえ。

 それにしても裏切ったって、大丈夫なのかい?」


『たぶん大丈夫だと思うわよ。見つかる前に終わらせてしまえばいいことだし――。

 もしもダメなら、世界中の人間が殺されるだけだしね』


「リスクが重いんだけど……」


『――って、雑談に花を咲かせてる場合じゃないのはお互い様ね――じゃあ本題よ。

 あなた、いま一体、なにをしてるの?』


「もしかしたら見えてるかもしれないけどさ――ドラゴンに追われてる。

 金色に輝いている奴、ね」


『……見えるわねえ……すごく見えるけど……。

 ほんと、事件に巻き込まれやすい体質を持ってるわねえ』


「まあ、もう一人、そういう性質を持ってる奴がいるし――」


 ふふっ、不幸が足されているわけね――と、電話先の彼女が笑った。


 逃亡中の阿楠としては、同調して笑うことなどできなかったが。


「つまりさ――助けてほしいんだよね」

『助けたらあなた、素直に捕まってくれるのかしら?』


「それはごめんだね。やりたいことが、億ほど溜まってるから」

『あらそう。なら、交渉はまた今度』


 こうして、直接、会話をする機会があると決まってそう言って、いつも交渉してくる彼女だが、今日は意外にも、粘ることなくあっさりと退いた――。

 もしかしてこのまま電話が切られてしまうのではないか、と、会話運びに失敗したかと悔やんでいた阿楠だったが、しかし、電話は切られることなく、通話中のまま進む。


『どこにいるのか、正確な場所は分かるかしら? 

 場所が分かれば、「この子」達を派遣できるんだけど……』


「この子……? いや、それは今はいいか――そうだね……」


 阿楠はきょろきょろと辺りを見回し、ここがどこなのか、大雑把に把握した。

 正式な名称ではないし、電話で伝えるのには苦労したが、現在、走っている場所から少し進んだ場所の居場所を、知らせることはできた。


『……ふうん。分かったわ――、じゃあそこに送り込むことにするわ。

 指示をすればなんでも聞いてくれると思うけど、ただ一つ、私からの注文……。もしも移動するんだったら、最終的に、倉庫集合地区に来なさい。私達はそこにいるわ』


「了解……あと、それと――」


 阿楠の言葉を聞いて、電話の先の少女は、『なによ?』と苛立った雰囲気で言う。


「助かったよ――ありがとう」


『べつに……、あーはいはい。

 ここに来るなら覚悟しておくことねえ。絶対に捕まえてやるんだから』


 そして――ぶちり、と通話が切れた。

 へいへい、と言葉を返しながら、スマホをしまった阿楠は隣をちらりと見る。

 

 そこには、


 膝くらいの高さがあるぬいぐるみのような小人に、


 数十と全身にくっつかれている、蒼がいた。


「どうしてそうなったし!」

「た、助けてください! 蒼が、蒼が――よく分からない状態になってます!」


「むぐごがばぐぐばばばあうあ!?」

「ドラゴンに追われてるこの状況で君ら、すごいよねえ!?」


 思わず、さっきまで演技をしていた、作った人格に戻ってしまった阿楠だが、すぐに冷静に――口調も戻す。それにしても、彼女は派遣するとは言ったが、ここまでくるのが一瞬ではないか。いや、これが彼女の言う派遣した『この子』なのかはまだ分からないが……、


「あ、――阿楠さんですね?」


 蒼の顔面を塞いでいる一人の小人が、そう声をかけてきた。

 よく見れば小人達の服は一人一人、きちんと違う色になっている。

 声をかけてきた彼は赤だった。ズボンも服も帽子も赤……、まるでサンタさんのようだった。


「そうだけど……君は、派遣されてきた『あの子』でいいの?」


「はい! 那由多さまの指示で派遣されてきました小人――通称『小人ちゃん』です」


 ちゃんまで含めて通称です! と、小人ちゃんは背伸びして補足してくる。


 服にはこだわっているくせに名前はテキトーなんだな、と電話先の少女――、良識那由多に思わず突っ込みを入れる阿楠だった。

 今度、敵同士だが話す機会でもあった時にでも理由を聞いてみるか、と予定を立てた後、


「それで、ご指示をお願いします」

 と彼が聞いてくる。なので、


「えと――じゃあ、力仕事は任せられるのかな?」


「ええ。一人一人は弱くても、ぼく達の本領は数の暴力ですから。

 どんなに重たいものでも持つことができますよ!」


「いや、持つものは重くないんだ――。

 ただね、遠くまで投げ飛ばしてほしいってだけなんだよ」


「はて? 投げ飛ばしてほしい、とは? 一体なにをですか?」


「――君達が今、くっついている、彼をね」


 阿楠は蒼を指差した。蒼は小人ちゃんに視界を塞がれているために、今、どんな状況なのか理解できていないが、彼の肩にちょこんと座るフェアの視界は通常通りに広がっているので、彼女はすぐに異論を挟んだ。


「ど、どういうことですか! 蒼をどうするつもりで――」


「餌になってもらう。

 ドラゴンが蒼を狙っている以上、蒼を遠くへ飛ばせば、当然、ドラゴンも追って飛んで行くはずだ――それを狙う」


「鬼ですか!? 蒼に死ねと言っているようなものじゃないですか!」


「――いや、それはないと思うよ」


 そう――それはないと思う。

 思う、という不確定なものではあるのだが、しかし那由多が倉庫集合地区に来いと言ったのならば、そこに行くことでなにか現状を打破できるような策が発動でもするのだろう、と考えた。


 阿楠と那由多の関係性は敵同士で変わらないが、

 しかし長く敵同士でいるからこそ、なんとなくで分かってしまう。


 相手がなにをしようとしているのかを。

 なにか、企んでいるのだろうということを。


「結局、ここから先、納得できるような説明を、俺は持っていないよ――。

 だからあとは、君が信じてくれるかどうか。蒼はたぶん、迷うことなく頷くだろうけどね」


「…………卑怯ですね、そんな言い方」


「ははっ、よく言われる評価だ。

 大丈夫――蒼と一緒に、君もついて行けばいいんだからさ」


「なにが大丈夫なのか分かりませんが――、いいでしょう。

 そこまで言うのならば、信じてみましょうか」


 フェアの許可が取れたところで、阿楠は小人ちゃん達に指示を出した。

 蒼を倉庫集合地区へ投げ飛ばしてほしい――と。


 言われた小人ちゃん達が次々と、番号を順番に叫ぶように、

 ――はい! はい! と返事をしていた。


 そして返事が終われば、あとは砲弾発射まで時間はかからない。

 膝の裏をとんっ、と押された蒼は、そのまま背中から倒れてしまうが、予定通り、小人ちゃん達が蒼を背中から受け止めた。


 十を越える小人ちゃん達が蒼を神輿みこしのように持ち上げる。

 視界が復活した蒼は状況を見ても、まったく理解ができていなかった。


 うわうわうわっ!? 

 と、リズミカルに上下する自分の体に合わせて悲鳴を上げるだけである。


「ど、どどど――どういうこと!?」

「大丈夫です蒼――きっと、大丈夫です……」


「なんでそんな優しい目をするの!? 

 これから怖いことでも待ってるの!? ――ねえ!?」


 静まることなく叫ぶ蒼に、阿楠は最後に言葉をかけた。


「んじゃ――いってらっしゃい」

「なにが!?」


「それでは行きますぞ! みなのもの、撃てぇええええええっっ!!」


「なにを!? 

 ――って、うえええええええええええええええええええええええッッッッ!?」


 小人ちゃん達が、蒼の体を斜め上に思い切りぶん投げた――、

 風を切る音が猛獣の唸り声のように、辺りに一瞬だけ響いた。


 空を砲弾のように飛んで行く、段々と小さくなっていく蒼を見つめながら、ゆっくりと、阿楠は速度を緩めていく。


 すると阿楠の少し上を、パンドラライズが通り過ぎて行った――。

 そしてそのまま、蒼の後を追って行く。


 最後まで見届けたい気持ちはあった。

 一緒に投げ飛ばされれば良かったかな、と思うが、

 やはり命が大事なので、後悔まではいかなかった。


 蒼が向かった方向は分かっているので、

 このまま歩いて向かおうかと思った時――、その時、後ろで足音がした。


 小人ちゃん達も気づいたようで、全員が振り向いた。


 そして、遅れて阿楠も振り向き――そこには、



「お前は……、」

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