第33話 繋がる情報

 ぼろぼろな体のはずなのに、阿楠はストロベリー・ショックが落としたフェアをきちんと回収して、蒼の隣を走り抜ける。


 声と足音に背中を押されて、蒼も走り出す。

 目の前には食事を楽しむパンドラライズがいるが、いつこの食事が終わるか――、

 いつ自分達を襲ってくるか、分かったものではない。


 策や隙を突いてどうにかできるレベルを越えている。

 あの、ストロベリー・ショックが、自分達でも手も足も出なかった、あのストロベリー・ショックが、まさか、不意を突かれたとは言え、ああもあっさりと食べられるとは。


 理論理屈無視で――無理だ。


 感情感覚無視で――無理だ。


 どうすればいい? ――答えは、どうしようもない。


 逃げて逃げて、逃げ切るしかない。


 現時点で逃げ切る以外の選択肢を選べば、直結で死に至る。


 とにかく――走る。


 走りながら、蒼は阿楠から渡されたフェアに声をかけた。

 体につけられた傷が痛々しく、すぐにでも治療をしてあげたいところだったが、さすがに状況がまずい――、

 今はそれどころではなく、まず、ジン側から、どうにかできる方法を聞くべきだった。


「悪い、フェア! あいつのことなんだけど――」


「あれ、伝説のドラゴンですよ……。高い力を持つ者を餌とするんです……思うままに、欲のままに暴れる――無理です、人間がどうこうできる状況じゃ、ないです!」


「じゃあ、どうしろってんだよ! このままじゃあいつ、暴れて町を壊すぞ!?」


「大丈夫です――あのドラゴン、パンドラライズは、自分よりも強い力を持つ者にしか反応しませんから……。

 だから、人間を襲うことはないはずですよ。二次災害での被害は、分かりませんけど」


「だから、あの野郎を食ったのか……。

 ってことは、あいつ、あのドラゴンよりも強かったってことじゃねえか」


「いや、どうだろうな」

 阿楠が、震える声でそう言った。


「訳も分からず、とりあえず強そうな奴を食った、ってところだと思うけど……。

 その子が言うのは、

『人間にもジンにも、あのドラゴンを越える力を持つ者はいない』――、

 だから『餌を求めていずれ飛び立つ』のではないか……と、

 そういうことで解決すると思ってるんでしょ?」


「はい――たぶん、ですけど」


「それなら安心できるかもな……。

 とりあえず逃げて、あいつが飛び立つのを待てばいいだけなんだし――」


「待てよ……? いや――まさか、な」


 すると、阿楠が小声でそう言った。

 なにか、気づいてはいけないことに気づいてしまったような、そんな声だった。

 気になった蒼は「なんだよ?」と聞くが、

 しかしその答えを聞く前に、ドラゴンが、動き出す。


 飛び立った――真上に。


 空中で羽ばたきながら、なにかを探すかのようにきょろきょろと顔を左右に振る。


 そして餌を見つけたのか、一点を見つめて――。

 方向を決めたのか、真っ直ぐに、目的の場所に向かう。


 近づく。


 近づいて――来た。


 火西蒼の方へ、一直線に向かって来た。



「なんで!?」



 蒼は自覚がないので分かるはずもないのだが――、

 しかし、阿楠ならば、考えれば分かることだった。


 ログイン・ラインを持っている人間が、ただの人間と分類されるわけがないということを。


 フェアが言う、このままパンドラライズが餌を求めてこの場から去って行くという推測は、はずれることになる。この場には、餌としては最大の旨味を持つ蒼がいるのだから――。

 彼よりも美味い餌が現れるか、

 それともパンドラライズが諦めるかしか、暴れるパンドラライズを止める術はない。


 いや――あるにはある。


 もう一つの、選択肢が。


 しかし――、


 その選択肢は――死に手だろう。


 ―― ――


「ジンにしては、まあ、綺麗なドラゴンね……」


「――金色に輝く、ドラゴン……。

 あれが、ストロベリー・ショックの言っていた、パンドラライズ――」


 蒼達とストロベリー・ショックが出会うだろう場所、倉庫の集合地に先回りしていた那由多と奈心だったが、しかしいつまで待っても集まるべき登場人物は集まっては来なかった。

 単純に時間として、早く着いてしまったのか、それともこの場所ではないのか――。

 確かめる術がないため、ろくに移動もできない状況である。


 遠くに見えるパンドラライズを眺めながら――奈心が言う。


「……で、ずっと待ってるけど、全然、来ないんだけど? 

 まさかとは思うけど、騙したってことはないわよね?」


「そんなはずないでしょ! 

 絶対に、来る! 来る、はず、なんだけどねえ……」


 さすがに那由多も自信が無くなってきている。

 さっき世界神殿でハッキングされた時に、情報を盗み見られた時に、偽りの情報を元の情報の上に被せたのだ――、ハッキング相手は当然、信じ込むはずである。

 信じ込むはずだが――と、もやもやしていた那由多は、そこでスマホを取り出した。


 携帯端末からでも世界神殿の情報を盗み見ることができる……、というよりは、裏切りが露見していない今、まだ那由多は世界神殿の仲間であり、権限だって使用できる立場である。

 だから言い方を変えれば、ただ閲覧するだけなのだが――。

 ともかく、那由多はそこで、さっきのハッキング相手の情報を絞り出すことにした。


 世界神殿にいた時はその場にストロベリー・ショックがいた……それに、作戦を邪魔をしてくれるのならばしてほしいと思っていたので、特にハッキング相手のことを暴こうとは思っていなかったが――、あそこで暴いておけば良かったな、と今更ながら後悔した。

 あの時、暴いておけば、今頃、違った選択肢を得ていたのだから。


 だが、そんなたらればなど考えていたらきりがない。

 色々な『ああすれば良かった』など、数多く存在している。

 いちいち一つ一つに時間を割いている時間はない。

 だから後悔は忘れて、今から先を見る。


 那由多は、暴いたハッキング相手の情報を見る――、そして、思わず、声に出した。


「……弥条阿楠……っ、! あんの、野郎……ッ!」


 その那由多の低い声に、奈心は素直に驚いた。

 彼女はスマホを覗き込みながら、


「えっと、どうかした? なんかまずいことでも?」


「へ? あ、いや、なんでもない……けど、まあ――現状を動かす手は得たかもね」


 那由多はスマホの画面を切り替え――電話帳を映し出した。


 画面をスクロールさせ、下の方でぴたりと止め、画面に触れる――。

 それから相手を呼び出した。


 弥条阿楠――、


 あのハッキング野郎と、少し話をしなくては。

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