第32話 波紋
「あれは……パンドラライズ!?」
高層ビルの屋上で雄叫びを上げるドラゴンを――、
雄叫びを耳で感じるよりも早く目で視認していたバード・トッピングは、驚きの声を上げる。
ログイン・ラインの力が発動したのは分かるが、まさか、世界神殿の作戦……魔王を召喚させる作戦が失敗し、魔王ではなく【金色四翼】のドラゴンが出てしまったとは……。
そう頭の中が支配されてしまっていた彼女は、視界の横から迫る攻撃を防ぐための行動が遅れてしまった。
結果、側頭部が蹴り抜かれ、
羽の操作も思うようにできず、建物の壁に叩きつけられてしまう。
落ちることは、かろうじて羽を羽ばたかせることで回避したが、目の前の光景に、やはり納得がいかない。
サザンランマ――、と名乗っていた、堕落した天使。
堕天使――しかし、なぜ、羽を持っているのか。
「なんで、羽……。
堕天使なら、羽はないはずでしょう……?」
「こういう保険がある。
意図的に奪われたのではなく、なにか問題が起き、羽を奪われてしまった場合。そういう場合は新しく羽が生えてくるもんだが、さすがにすぐに生えてくるもんじゃねえ――。
だから天術によって仮想の羽をつけることができるんだ。
今のオレはそれ――仮想の羽を使ってるっつうわけだ」
サザンランマこと登張天戯は、言葉通りに、本来ならばきちんとした、生まれ持った羽が背中に存在しているのだが、今は仮想の羽が生えている。
角ばった機械的な羽が半透明な状態で背にある。
しかし仮想とは言え、
実体がないだけで、性能が本来の天使よりも劣る、というわけではない。
出力が抑えられている、と言った程度だ――。
確かに天使と同列ではない力だが、鳥人に上を行かれる程に、抑えられた性能ではない。
充分だった。
鳥人、バード・トッピングを倒すのには充分過ぎるアイテムだった。
「そんな、おもちゃみたいな羽で……!」
「その羽で上を行かれる気分ってのは、嫌だよなあ。
ま、諦めろ――天術を真似ただけの、ただの自然の力を使っても、天使には敵わねえよ。
下位互換で少しは天術に近い術が使えたとしても……いや、勝てるわけねえだろ。
きちっと考えろよ」
最高に馬鹿にした表情と言い方で、相手の怒りを誘う。
彼の戦いは荒っぽく、そして、いやらしい――、それが阿楠の評価だった。
「追放された堕天使は、天術は、使えないはずじゃあ……」
「使えねえよ? 使えば重罪だ、重罪。現に今、使えば使うだけ、どんどんと寿命が減ってるわけだしな。でもまあ、逆に言えば、寿命を減らせば天術は使えるってわけだろ?」
「なんっ……寿命を減らしてまで――なんで!」
「いや、別にこれから先、天界に戻る気なんてないし、ここにずっといるつもりだぜ? 人間とずっと一緒に住むつもりなんだ――だったら、寿命なんて五十年もあれば充分なんだよ。
追放されたのはオレのわがままだ――束縛された社会のシステムが嫌だったから、こうして自由に暮らしてんだ。都合良く蒼に呼ばれたのは願ったり叶ったりだったがな……。
なわけで、追放された身で天術を使うことに抵抗はないわけ」
「……いかれてるわね」
「人間嫌いのお前らは、オレから言わせれば、いかれてる――そんなもんだぜ?
互いに自分が正義だと信じ、相手が悪だと思っている……異常だと思ってる。
だから争いが生まれるんだろ? 今更、いかれてるとかどうとか、遅過ぎる見解だ」
「…………」
天戯の言葉を聞き終えた後、バード・トッピングは自分の怪我の具合を確認し、羽を羽ばたかせるのもそろそろ限界だと判断したらしく――、
余裕を持ち、羽を休ませようと建物の屋上へ向かって行った。
それを黙って見過ごす天戯ではない……。
だが別に、邪魔をするでもない天戯はそのまま彼女について行く。
屋上よりも高く飛び上がった二人は、そこで、遠くだったが、位置的に真横を通り過ぎるドラゴンを確認した。
「おーおー、すげえ奴が出てきたな……。あれだけ高い【
というよりは、魔王を召喚できる程、怒りは溜まってなかったと言うべきだが。
すると、ドラゴンが通り過ぎたことによって、風が生まれる――。猛烈な、台風を越えた突風が、屋上よりも上の空中にいる天戯とバード・トッピングを容赦なく襲う。
おっと、と体のバランスを少し崩しながらも、しかしこの程度の風に吹き飛ばされる程、弱い羽を持っているわけではない。たとえ出力が抑えられた仮想の羽だろうと、天戯は平然と空中で飛び続けたままだった。
天使だからこその、停滞力である。
だとすれば――、
「ぐ、うう――」
「おい、大丈夫か? あんたの羽は、この風には勝てないんじゃねえの?」
「うる……さいっ!」
「おー、怖ぇ。まあ、これで分かったんじゃねえの? 鳥人がいくら頑張ったところで、天使には敵わねえよ。世界神殿の三幹部として高い位置にいたようだが、魔王以外にも上がいることを、知ることができたんだ――、良い経験なんじゃねえか?」
「黙れって……言ってる、でしょ……ッ!」
「へいへい――、
降参すれば助けてやろうとも思ったが……そんな態度なら、助けるわけにもいかねえか」
風の勢いに吹き飛ばされないように耐えている、羽で持ち堪えているバード・トッピングの元に、天戯はゆっくりと近づいて行く。
そして、手を伸ばせば掴める距離まで来たところで、天戯は、とんっ、とあっさり、簡単に、バード・トッピングの肩を指先で押した。
「ほんとは胸でもつついてやろうかと思ったがな、それはさすがに――セクハラだからやめた」
「なんっ――」
「風に流されるまま飛んで行ってもいいし、抗ってもいいし――、どっちでもいいけど、どの道あんたの行く場所は、下だ。
そして下では待ってるぜ?
敗者のリベンジ――第二ラウンドが待ってる。
手負いのあんたが勝てるかどうかまでは、オレは関与してないんで、あとは勝手によろしく」
「く、そ――戦え、あたしと戦え……戦えよ堕天使!」
「やだね。あんたのわがままに付き合ってる暇はねえんだ。
こちとら、すぐに合流しなければいけない仲間を待たせてんだからよ」
そして――鳥人、バード・トッピングは風に乗って真下に落ちていき、堕ちていく。
彼女は夜明奈心にリベンジすることなく――、
これから二人の【敗者】の少女に、リベンジされ、敗北することになる。
―― ――
バード・トッピングが二人の少女――飛沫屋夏理と亜希香奈美に敗北するその少し前――。
この世界で高い影響力を持つ一人の男の命が、いとも簡単に、あっさりと、瞬きしている間のその一瞬に、信じられないような光景の中で、存在を消した。
予想外過ぎて結果を見ても納得できず、唖然としてぽかんと口を開けることしか、見ている者はできなかった。
あれ程、混乱していた……、あれ程、怒りを外にぶちまけていた。
作戦が失敗したと――、
人質である少女を殺してやろうかと、声を荒げ、叫んでいたのだ――。
まさか死ぬ、などとは、誰も思っていなかった。
思っていたのは逆だ。
誰もがこの男に、自分が殺されると思っていたのに……、にもかかわらず、男は死んだ。
死んだ。
一言で言えば――、状況を説明すれば、
喰われた。
ばりばりと咀嚼され――飲み込まれた。
金色四翼のドラゴンの栄養として、鬼人は消化された。
パンドラライズに――ストロベリー・ショックは殺された。
「なにが、起き……」
「走れ――蒼ッ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます