第28話 フェイク・ストレート
――お前って【人間】、嫌いだろ?
阿楠は蒼に言われて驚いたが、だが急ぎの今、足を止めることはしなかった。
ただ驚いた顔を見せただけで、視線を横、蒼に向けただけで、すぐに前へ戻す。
指摘されたことの詳細を語る義務は、阿楠にはない――。別にデリケートな部分だと言って黙秘権を行使することだってできるだろう……、そこまで言われれば、蒼だって無理やりに聞いてくることはないだろうが……しかし。
しかし蒼の中で作り上げられていた阿楠への信頼が揺らぐことはありそうなものだ。
当然のことだ――、ジンと人間の共存を目指しながら、そして阿楠は今、人間の蒼と接し、手助けしようと動いているのだ……。なのにもかかわらず、『人間が嫌い』だと見抜かれてしまえば、『人間が嫌い』な人間と一緒にいることに、蒼は不安を感じることだろう。
確信に近い推理を持つ蒼の表情には自信があった。否定したところで意味はないだろう。
ならば明かしてしまった方が、後々のことを考えれば、いいのではないか――、
だがまあ、それよりもまずは、
「……どうして、そう思うんだ? いや、特に否定はしないし、僕の中で『それ』は解決してるから、話すことが嫌なわけじゃないけど……」
「だって――態度が違うじゃねえか」
と蒼が言う。
蒼と阿楠は、二人とも互いを見ずに、目的の場所の方向、前を見て、駆けていた。
「登張に向けているのと俺に向けてる、なんつーのかなあ、
ちくちくと刺さるような雰囲気って言うのかなあ――それが違うんだよなあ……」
恐らく、言葉にはできない類のものなのだろう――、それを無理やりに言葉にしたからこそ、今の蒼の、形になっていない、ふわふわとした言い方だ。
「うーん、と――」
と蒼がまだ言葉を探していたが、
阿楠としてはもう充分に伝わっていたので、蒼の思考を止める。
「なるほどねえ。隠せていると思っていたんだけどなあ……やっぱり見抜かれちゃうか……」
「……人間が嫌いな理由は聞かねえし、踏み込もうとは思わねえが、一つ気になる――。
なんで人間が嫌いなくせに、お前は【共存】なんて道を選ぶんだ?
人間が嫌いなら、【世界神殿】にでも入ればいいんじゃねえの?」
きちんと【世界神殿】という敵の組織の名前を、
蒼が覚えていたことに少しの感動をしたが――今はそれどころではない。
なんともデリカシーに欠ける言葉、踏み込む気はないと言いながらも、充分に踏み込んでいる蒼に、しかし阿楠は指摘することはなく、嫌な顔をすることもなく、答えた。
「――共存するのが、あいつの望みだったから……」
「……ふーん」
「あいつがいない今、俺がやるしかないんだよ……。たとえ、人間が嫌いでも、それは俺が歯を食いしばって、がまんすればいいだけだ――、ただ勘違いしないでほしいが、俺は人間の敵で、ジンの味方であって、世界神殿の味方じゃねえ」
「そこは違うのか……。
はんっ、にしても、一人称が僕から俺に変わってるってことは、あの嘘臭い演技をやめてくれたってことか――。俺の違和感の網にかかったのは、それだったってことか。
お前、俺と喋る時はずっと演技してたからな……嫌いって感情を、押し殺してたんだろ?」
「そんなの蒼に限った話じゃない――誰にだってそうするさ」
「俺と登張で態度が違うのは、当たり前だったってことか――。
別に、あいつに特別な感情を抱いているわけじゃねえんだもんな」
「そりゃあそうさ――根本的なところで、違うじゃあないか。知ってるだろ?」
「知ってるよ――登張が、【ジン】だってことは知っている」
「だから、俺はあいつを助けて、雇ったんだ――仲間に誘ったんだ」
「ジンだから、信用できる――と」
「信頼できる――と、そう思ってね。
今でも人間は嫌いさ……蒼、お前のことだって好きじゃねえよ――でも、被るんだ。
今のお前の状況が、昔の俺に被るんだ。だから、放っておけない――。
だから人間だとしても、誘いたくなったし、助けたいと思った。好きじゃねえのにな……」
「好きじゃねえのに――か。じゃあ、なんだ、消去法で俺への評価は逆なのか?」
「そうとも言えない――自分に重ねているからこそ、お前のことは、嫌いになれない」
「それだけ聞ければ充分だ。俺は、阿楠、お前に嫌われてねえなら、動けるぞ。
そもそもここまで来ちまえば、敵だろうが味方だろうが、好きだろうが嫌いだろうが、関係なく、フェアを助けるために最大限、利用させてもらうからな。
でも、どうせ共闘するなら仲間がいい――。
敵に背中を預けるのはちょっとな……だから嫌われてねえ今、俺はお前を味方とするぞ」
「……好きにすればいいさ――というか、味方もなにも、もう味方だしね。
フットワークに入ったことを、今更、撤回はさせないよ? 俺はお前を助けるんだ――今度はお前が俺達を助ける番だろう? 妖精の子だけを助けてすぐにさよならなんて、させないよ?」
「そんなやり逃げするわけねえだろ――借りは返すさ。……で、長いこと話しながら進んじまってるけど、そろそろ目的の場所に着くんじゃねえのか?」
「いや、まだだね――車でもあればすぐなんだろうけど……。いや、飛行型のジンを使えば一瞬なんだろうけど、そんなものはないからね。まあ、小回りが利く徒歩こそ最強だけど」
「そりゃそうだけど――でも徒歩ってのもなあ、必要のない事件に巻き込まれることが多いんだよなあ。足を使って道をしっかりと走るから、出会いのチャンスが多いんだよ――」
出会いのチャンス――、好意的に見てしまうが、しかし蒼の言い方からすれば、とても好意的な意味で言っているとは思えなかった。
予感、かもしれない――。
察知、したのかもしれない。
人間だけに限った話ではないが――感覚の話。
もしもここにジン絶滅推進部隊がいれば、すぐさま第六感の発動ということに気づけるのだが、いない今、誰もそれには気づけなかった。
補足して、その嫌な予感は、八割が当たるということも含めて。
しかも二人を巻き込むべく現れた事件は、必要のないものではなく、彼らにとっては願っていた状況であったが――、しかし、相手に先手を取られた状況で、巻き込まれていた。
フェア――彼女を掴み、持つ、ストロベリー・ショック。
世界神殿・主犯格が、目の前に立っていた。
「徒歩で良かったのではないかな?
もしも徒歩以外だったのならば、こうして出会うこともなかったわけだろうしね」
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