第27話 同級生 その2

 不明人と呼ばれる彼は、不死身とまで言われていた彼は、ジン絶滅推進部隊・第二部隊隊長・夜明奈心によって全身をバラバラに斬り落とされ、絶命していた。


 やるかやられるか、弱肉強食の世界のルールが適用されているジンと人間の関係を考えれば、この結果について不満を言うべきではない――。


 ジンと人間が戦って、人間が勝ったのだ……ここは、どちらかと言えば喜ぶ場面である。


 しかし、とてもじゃないが、今の奈心に喜んで抱き着くことができるとは思えない。


 怒りを抱き――表情に出す。

 奈心がゆっくりと、近づいてきて、刀身を、那由多の鼻先に触れさせる。


 奈心にとって那由多はジンと同じく、イコール・マグナムと同じく、倒すべき者という認識になっているのだろう。


 元々、仲が良いわけではなく、学校でも、会えば言い合いをしているような関係性である。

 一人の少年が間に入ることによって、やっと普通に話すことができるような、喧嘩するほど仲が良い、と、からかうことができない程の、表現をするのが難しい仲の悪さであった。


 ここまで言ってもしかし、敵ではなく、会えばあいさつをする仲でもある。


 そんな彼女達――、那由多の今の立ち位置を知っている、知ってしまっている奈心は……、

 そしてイコール・マグナムという、ジンではあるが、那由多にとって今の状況では仲間だと言える相手を、奈心に殺されてしまっている那由多は……、


 今度こそ本当に、相手を敵だと認識した。


 冗談では済まないような敵意――いや殺意を向けて、まず最初に口を開いたのは那由多だった。鼻先にある刀身など、まるでそこに存在していないかのように無視をして、


「……殺すことは、なかったでしょう……? 

 話を聞くことだって、できたかもしれないのに――」


「話す? なぜ? なぜジンが口を開くことを許さなければいけないのかしら?」


 刀身が微かに動き、進み、那由多の鼻先を、そっと、突き刺した。

 血は出ず、すぐに離れていく――。

 だが刀身は向いたまま、いつでも刺せるという脅しを機能させたままであった。


「――ジンは敵よ、敵。殺すべき、排除するべき存在。

 それなのにあなたは、人間なのにジン達の遊びに付き合っているみたいじゃないの――。

 どういうことなの? 人間をやめた、とでも? 

 ジンの方につくというのならば、敵としてあなたを斬るけど?」


「……どこまで知っているのよ、あなたは……。

 その情報、まさか自分で調べたわけじゃないわよね?」


「うるさくやかましい上司からの情報――、

 信用に値する情報だから、今更、嘘はつかないでよ? 嘘は効かないわ……だから、さっさとどういうことになっているのか、あなたの口から説明してもらえるかしらね――」


 ここで全てを話せば、奈心は味方になってくれるかもしれない――、

 人質を取られて脅されているということを話せば、それを真実だと信じさせることができれば、仲間になってくれるかもしれない。


 でも、ここでその話題を出せば、どうしたって命乞いにしか取られないだろう。話し始めて少しで、情けない命乞いの話を聞いて、鼻先の刀身が振られて、命を刈り取られたとしてもおかしくはない――、夜明奈心はそういう思い切りの良さを持っている。


 それに何度も言うが、人質だ。それは身近な人……父親、家族、だけではない。

 この東京という都市、いやそれを越えてこの日本、日本人という全員を人質に取られているわけである。たった一人……、自分の感情論で捨てていい命ではない。


 捨てるべきではなく――守るべきだ。


 だから――ここで奈心に全てを明かすことは……、


「あ……、」

 そこで、那由多は忘れていたことを、頭の片隅にまで追いやっていたことを、思い出した。


「フェアちゃん……あの子よ! 夜明、フェアちゃん、見なかった!?」


「フェア……? なんで、ここであの子が出てくるのよ――」


 見ていない――? 

 ばらばらになっているイコール・マグナムの中にいたというのならば、どうにかして隠していたというのならば、死んだと同時に解放されていたとしてもおかしくはない。

 なのにもかかわらず、フェアは姿を見せていないし、観察眼は人並み以上、ジン以上の奈心でも、視認していない――。


 イコール・マグナムの手に、本当に存在していたのだろうか、という疑いもあるが、いたというのは確実だろう。あの手紙の文面を見れば、誰だって本当だと、そう思う。


 イコール・マグナムの手にはあった――あったことは確実で、その後、誰かが攫っていった? 

 もしかしてストロベリー・ショック……? と思ったが、それはないと悩む前に答えを出す。

 

 彼は自分で動くことを嫌う性格である。

 やむを得ない場合もあるだろうが、できる限り、他人を動かして自分のところに持って来させる――そういう手を好んで使うのだ。


 だとすれば――、いや、でも、彼女は――。


「なによ、なにを固まって……――」


「夜明――あなた、死んだと勝手に思い込んで、見逃してたんじゃないでしょうね!?」


 なにがなんだか分かっていない奈心は――は? と、

 刀身を綺麗に避けてから、自分の肩を掴んで詰め寄ってくる那由多へ、戸惑いの目を向ける。


 うーん、と少し考えた様子の奈心は、すぐに、


「死んだと思い込んでも、でも、やっぱり確認はするわよ。

 きちんと観察して、肌の色とか、気配とか――」


「でも、実際に触ったわけじゃない――」


「……まあ」


 那由多がなぜ焦っているのか、奈心は分かっていなかったが、しかし、まるで不可解な点がだんだんと解かれていくような様子の那由多を見て、おおよその理解はしたらしい。


「もしかして私のせいで、なにか、面倒なことになってるんじゃあ……」


「――やられた! あのロングヘアー……っ、

 私のことなんか全然、信用していなかったってことでしょ……ッ!」


 それに関しては、こちらも相手を信用などしていなかったが――それはともかく、このままではまずいということが判明した。

 人質とか、脅しとか、そんなことにびびっている場合ではない。このままでは本来、世界神殿が考えていた作戦が成功してしまう――、

 そしてそのまま、どちらにせよ世界は支配され、人質も含めて殺されてしまうだろう。


 殺されないとしても――死んだ方が楽ではないか、という世界が構築される。


 世界神殿として那由多が関わっていれば、作戦自体は止められなくとも、規模を抑えることはできたかもしれない――、それを見越して、おとなしくしていた那由多だったが、しかし偶然だが、こうして世界神殿とは離れてしまった。

 ストロベリー・ショックは、那由多をはずした上で、作戦を成功させようとしている。


 那由多の干渉を受けないように――邪魔させないように。


「ちょっと、一人で解決していないで説明しなさいよ! あなたは私の敵で――」

「お願い――夜明奈心!」


 那由多は珍しく声を荒げて奈心にすがりつく。

 見たことのない那由多の、友人の姿に驚きながらも、奈心は言葉を遮らない。



「今だけでいいから…………、」



「…………」


 状況は分からない、これからどうなるのかも分からない――、もしかしたら今までのは全て演技で、那由多がジン達の味方をしていて、人間にとって都合の悪い方向に導こうとしているのかもしれない……。奈心を、悪用しようとしているのかもしれない。


 そんな、『かもしれない』要素を放っておくことは、普段はしない奈心ではあるが。


 しかし――もしもそうだとして、もしも都合の悪い方向に導こうとしていたのだとして、だとしても簡単に捻り潰すことはできるし、叩き潰すことはできる。

 躊躇いなく作戦を破壊することはできる。


 だから――という理由をテキトーにでっち上げ、

 涙を流す、目の前の友人を軽く抱きかかえてから、奈心は言う。



「……はあ、分かったわよ」


 こうして、世界神殿の束縛を一時的に抜けた良識那由多は、最大の敵であり最大の味方である夜明奈心と合流した。

 彼女達が向かう場所は一つ――、


 第三勢力・【フットワーク】のメンバー、

 火西蒼と弥条阿楠――彼らと、偶然ではなく必然的に、同じとなった。

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