第25話 足並み揃えたフットワーク

「そう――頼みごと。お願い、だね。

 君も知っていると思うけど、東京を支配しているジン達――【世界神殿】。

 町で暴れるジンを退治しようと動く、【関東軍】。

 どちらも相手を拒絶することで平和を目指そうとしている組織なんだよね――、でもそれってさ、無関心な奴ならいいけど、たぶん大半の人が、【犠牲の上に成り立っている世界をいま自分達は歩いている】、と考えちゃうわけだよね……それはさ、気持ち良くない」


「まあ、そりゃあ、確かにな」


 唐突な話だったのにもかかわらず、蒼は話についてきていた。

 ほお、と感心しながら、阿楠は続ける。


「それで、僕達は互いを認め合い、争いなく、共存させることで世界を平和にしようと動く組織を作ったのさ――名を【フットワーク】。今は仲間を集めているところでね、まだ僕と天戯だけなんだけど――どうかな、火西蒼くん……。

 君は緑の妖精と仲が良かったよね……それって、ジンに対して、改心の余地がない拒絶の心があるというわけではないのだろう? 人間を嫌っているわけでもなさそうだし――、

 だからさ、共存の道を、一緒に歩もうとは思わないかな?」


 胡散臭さは最大級だったが――、

 阿楠自身でもそう思うが、しかし蒼はうーん、と悩んでいた。


 即決で断られないということは、脈があると判断してもいいだろう。

 揺れ動いているのならば、あとは誘導していけば落とすことはできる。


 しかし――、


「つまり、みんな仲良くって、ことだろ?」

「え……あ、うん――そういうことだけど」


「んじゃ、いいんじゃね? ――それで」

「……嬉しいけど、予定通りだけど――なんか軽くないかな……?」


「そいつ、お前の話、たぶん全然、理解してねえと思うぜ」


 天戯が会話に入り、そう解説してきた。


「全然ってことはないんだろうけどな……。

 だって回復したばっかで、起き上がったばっかりだぜ? まともに人の話が聞けるとは思えねえな。でも、ま――いいんじゃねえの? 別に、催眠がかかっている最中に言わせた言葉じゃねえし。こいつに入る意思があるなら、それで」


「お前も軽いよなあ……」

 とは言いつつも、反対意見があるわけでもない――する気もない。


 入ってくれるのならば万々歳なのだ。


「いやいや、全然理解してねえわけじゃねえよ? えっと、なんとか神殿とどっかの軍だろ? そいつらの思想じゃ駄目だと思うから、第三の勢力を作ったってことだろ? それくらい、俺にも分かるよ――分かって、理解した上で、ついて行くって決めたんだよ」


「世界神殿くらいは知っておいてほしかったなあ……、関東軍はまだしも」

「それはオレにも言ってんのか?」


 天戯が阿楠に噛みついてくる――そんなことはない、とフォローしておいたが。

 上のいざこざには興味がない、というのは天戯も、阿楠から色々と教えられるまではそう言っていた。思考が天戯に似ている蒼も、そうだとして、特におかしくはないし、そういう性格だということは前々から知っていた。

 知っていたが、こうも自分が常識だと思っていることが、相手が知らないとなると、会話のテンポとしてはやりにくかった。


 伝えたいことが上手く伝わらない――効率が悪かった。


「まあとにかく――僕達と敵対しないでくれてよかったよ……。

 これで、君のことを全力で援護できるというものだからね」


「援護……? なんだよ、助けてくれるのか?」


「そうだよ――、一応、僕らの考えを話しておきたかったのさ。不満を抱えたまま、助けられても気持ち良くはないだろう? だからすっきりするために、勧誘したのさ。

 ま、もしも敵対されても天戯は君の友達だし、助けることはしただろうけどね」


「……お前は助けることを交渉材料にするつもりだったんだろ? どうせさ」


「そういう策もあったはあったけどね――、

 いいじゃない、こうしてフットワークに入ってくれたんだからさ」


 阿楠の暗い部分が微かに見えたが――しかし蒼は気にした様子もなく、


「助けてくれたのは嬉しいけど、巻き込めねえよ――、

 これまでにも二人、巻き込んじまってるからな」


「ああ――飛沫屋夏理と亜希香奈美のことかい?」


 上半身だけを起き上がらせていた状態から、足だけをソファから下ろしたところで、ばっと――蒼が阿楠の方を向く。

 どうして知っている? ――という質問が表情で分かったので、阿楠はとんとん、と空中の空気を叩く。指先を追っていけば、そこには、パソコンの画面がある。


「情報の宝箱さ――電脳世界はね。

 僕は情報屋、とまではいかないけど、まあそれに近いものかな――、ささっと機密情報を盗み見るくらいはできるし、監視カメラを乗っ取って利用することもできる。

 まあ乗っ取るよりも、映している映像を盗み見た方が早いんだけどね――」


「……うわあ、一番、敵に回したくねえ……」

「ほら――味方になっておいて良かっただろう?」


 だな、だねえ、と二人は頷き合い――、阿楠の方はソファから降りて、パソコンへ向かう。

 椅子に座り、起動したままのパソコンを操作し――情報を漁っていく。

 見つけるべきはただ一つ――、色々あれど、やはり優先すべきことは一つだ。


 緑の妖精・フェアの居場所。


 蒼の目的である、フェアを守ること、助け出すこと――。

 前提として、彼女の居場所が分からなければ話にならない。相手を倒すということも目的に入っているが、これは助ける過程で達成できる可能性が高い。

 もしも無理ならば、その時に考えればいいだけなのだ。


 予定を整理しながら、阿楠はパソコンを操作――、カタカタ、というタイピングの音が部屋に響き渡る。空気を読んだのか気を遣ったのか……部屋は不思議と静かだった。

 だから、


「見つけた」


 という小さな阿楠の声は、発した瞬間に二人の耳にきちんと届くことができた。


「妖精のあの子の居場所が分かった――蒼、動けるか?」


「ここで動けねえなんて、言えねえだろ」


 よし――と、阿楠は蒼を連れて出発しようとする。天戯も当然、一緒に出発しようとするが、しかし、彼には悪いと思いながらも、阿楠は天戯に頼みごとをした。


 天戯になら任せられる――頼みごとを。


「……ちっ、なんだよそれ――そんなの、断れねえじゃねえかよ。

 いいけどよ――お前、大丈夫なのか? 蒼は『ログイン・ライン』しか力は持ってねえし――お前だってなにも特別な能力なんて持ってねえだろ? それで、助けることはできるのか?」


「さあ、どうだろうね――」

「どうだろうねって、お前……」


 すると、

「行かないのか?」と、出入口のところで待っている蒼が、そう急かしてくる。


「いま行くよ」

 と返答してから、阿楠は天戯の背中を、ばん、と平手で叩いた。


「細かいことは気にしないでいいよ――どうにかするし、なんとかするよ」


「重要なことだから、大きなことだと思うけど――、

 まあ、お前が言うなら大丈夫なんだろうな……。

 つーか、なんで狙われてるのか、蒼に教えなくてもいいのか?」


「頼まれてもないことを、時間を割いてまで教える気はないよ――。

 聞かれたら教えるかな……移動中にでもね」


 そう言って、先に阿楠が歩き出し、蒼の元に辿り着く。

 遅れて天戯も合流した。階段を下り、一階へ――、

 そして左と右、分かれた道で、阿楠が、


「僕らは右だ――で、天戯が左だな」

「なんだよ、どっかに行くのか?」


「まあな――回収、ってところか」


 はてなマークを浮かべた蒼に、天戯はなにも説明しなかった。

 説明をすれば、蒼はきっと一緒に行くと言うだろう――、

 そんなことをしている場合ではないというのに。目的は、フェアの救出だと言うのに。


 天戯と共に一緒に行ってしまいそうで――。

 だからあえて伝えずに、一つの事に集中させるように仕向けたのだ。


 これでいいんだろ? という天戯の視線に、オーケー、と同じく視線で答えてから。

 天戯が動き出したのをきっかけにして、阿楠と蒼も、動き出す。


 フェアがいるという場所に、最短距離で――全速力で。



 向かうその最中に、道中で、蒼が聞いた。

 フットワークという、共存を目的としている組織を作ったというのに、しかし矛盾している、彼――弥条阿楠のその感情について、ずかずかと心の奥まで入ってきて、蒼は質問をした。


 何気なく、軽い雑談のように――しかし重く、抉るような質問を。



「なあ阿楠――お前って、ジンよりも……【人間】、嫌いだろ?」

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