第24話 望んだ対面
スマホを置き、溜息を吐いた弥条阿楠は、パソコンの画面とにらめっこをしていた。
部屋には彼一人――、いつもならばすぐ隣に登張天戯がいるのだが、彼は阿楠の提供した情報によって顔の色を変え、すぐに外に出て行ってしまった。
親友が危険に晒されているのだ――、ならば、助けに行くのが当たり前だろう。
阿楠ならばワンテンポ、間を置き、策を巡らせてから出撃するものだが、感情が先行するタイプの登張は、考えることなく動き出していた。
自分にはない思い切りの良さだと、羨ましいと思う気持ちもあるが――、だが、それがいつか命取りになるだろうということも、阿楠は予測し、自覚している。
羨ましいとは思うけど、他人事で、本当に欲しい人格だとは思っていない――。
ああいう人格の仲間は、一人で充分だった。
「はあ……にしても、まさか奈心が『ログイン・ライン』を巡る争いに勘付くなんてなあ……」
全てを隠すことは不可能だと思っていたので、勘付かれることは予想の内に入っていたが――それは『誰か』がジン達に狙われている、という程度の情報の中での勘付きだと思っていた。
しかし――まさか、
『ログイン・ライン』という名称が奈心の口から出るとは思ってもみなかった。
幸いにも、火西蒼という名前までは知られてはいないらしい――、
だから阿楠は、かかってきた奈心からの電話に上手い事、ログイン・ラインの正体を伏せながら、偽りを混ぜながら、情報を流した。
中途半端に教えて、詮索され、真実を知られるよりは嘘でもなんでも、全てを教えてしまって詮索の隙を与えない方が、結果的にダメージは少ないだろう。
とりあえず奈心に命じた、上司としての指令は、イコール・マグナムを始めとした世界神殿のメンバーの殺害――である。
いくら奈心でも、東京を支配する世界神殿のジン達に、簡単に勝てるとは思えない――。
バード・トッピング殺害の時は不意打ちであり、正々堂々と戦えば苦戦はするのだろうが――奈心が正々堂々と戦うのかと考えたら、怪しいものだったが――、
だから多少、彼女の足止めにはなるだろう。
不安要素として挙げれば、ログイン・ラインとオーバー・キルが出会ってしまうということだが、それについては阿楠のナビゲートでどうにでもなるはずである。
第二部隊の上司であり、登張の仲間である阿楠にとっては、調整など簡単だ。
すると、部屋の扉が大きな音を立てて開いた。ぎしぎし、と蝶番がいかれたような音がして、阿楠は思わず入ってきた天戯に文句を言おうとしたが、背負っている、ぼろぼろの火西蒼を見たら、それどころではなくなってしまった。
「――緊急だ。ソファ借りるぞ」
「好きに使っていいよ。応急処置用だけど、救急セットもそこにある」
助かる――と、天戯は背負っている蒼をソファに置いた。
蒼は移動中に気絶してしまったらしく、眠るように目を閉じていた。
心臓は順調に動いているので、死んでいるわけではないらしい――、
とは言え、危険な状態に変わりはない。
これから彼に用がある阿楠としては、死んでもらっては困る。
だから率先して治療を開始しようとしたが、しかし伸ばした手が、天戯に止められた。
「どういうつもりだ? このまま、放っておけ――とでも?」
「オレがやる。――出来損ないだが、応急処置以上、完治以下にはできるはずだ」
「……『天術』、か――」
ああ、と天戯は頷く。
それから、少し離れてから、天戯は手を蒼に向ける……、
蒼の体の全てを覆うように、手を蒼に重ねる。
次の瞬間には天戯の手が光を得ていた――その光は蒼の体に向かっていく……、連結されているかのように、光が蒼に吸い込まれていく。
数秒の出来事だった。見た目的には分からないが、蒼の顔色を見ていれば、良くなっていることはすぐに分かった。
内部――体の中の損傷は、今の天術による治療によって回復したらしい。
あとは蒼の目が覚めればいいだけだが――問題はここである。
蒼がいつ目覚めるのか、治療をした天戯でも、分からない。
力を使った反動なのか――がたっ、と膝を地面につく天戯に、
「大丈夫か? ――本当はそれ、使ってはダメなんだろう?」
「まあ、な――でも、使わなくちゃいけねえ場面だろうがよ、ここは」
へっ、と強がりで笑う天戯に、阿楠は笑い返す。
堕とされ、羽をもがれ、使えば重罪という枷をはめられても、しかし、重罪を犯してまでも術を使い、親友を助けた天戯を――、阿楠は責めることをしなかった。
誇れることだ――それでこそ、天戯だ、と。
自分が選んだ、最高のパートナーだ、と。
「う……うぅ――」
すると、意識のない蒼からそんな声が聞こえてくる……、いくらなんでも早過ぎる。
治療したのはつい今の出来事だ。
しかし、あり得ないとは思ってはいても、現実としてこうしてあり得ているのだから、認めるしかなかった。それに、怪しくとも、すぐに目が覚めてくれたことは、運が良かった。
やがて起きてくるだろう蒼のことを――しかし天戯は待てなかったらしい。
「――おい起きろ! 大変なことになってんだよ!」
「いやいや……、音が鳴るほどに強いビンタをしたら逆効果だと思うけど」
阿楠の予想は当たり、今の一撃で、せっかく起き上がってきていた蒼の意識が、再び沈んでしまったらしい。――うわっ!? と焦る天戯は悩んだ末に、意識を沈ませた原因の一撃を再び浴びさせることにしたらしく――、さらに強烈な一撃を、蒼の頬に喰らわせた。
「……数発も喰らわせて、どう? 起き上がる気配、ありそう?」
「もしかしたらオレは、まずいことでもしたんじゃねえか……?」
「そこに疑問を抱いたら天戯の負けだねえ――。
そのまま続ければいいんじゃないかな……まあ、そろそろ起きそうな予感はするけどね」
考えることなく出てきた言葉はテキトーなものだったが……、
しかし、意外にも的は射ていたらしい。
「い、ってえ……」
と、頬を押さえながら蒼が目を開ける。
意識だけでなく、さっきまではまともに動かせていなかった手も、体も、動かせるようになっている――、
天術による回復が、効果をきちんと発揮していたと、あらためて認識することができた。
起き上がった蒼は自分の体を見る。手を見て、上半身を捻ったりしている。まともに動くことを確認してから、今度は辺りをキョロキョロと見回し、天戯がいることに気が付いた。
「……俺は、生きてんのか……?」
「当たりめえだろうが。オレがついていながら死なせるわけ――」
「はーい、今は感動のシーンじゃないからねー、本題を進ませてもらうよー」
喰いかかるように体を乗り出していた天戯をタックルで吹き飛ばし、阿楠が蒼の目の前に位置を取る。阿楠からすれば蒼のことは知っている――知り尽くしている。
しかし蒼からすれば阿楠のことは知らない……、初対面である。
感覚的なことではなく、実際に初対面である。
阿楠が蒼のことを知っているのは、写真や人からの話で聞いているからこそ、であった。
こうして実際に、実物を見るのは初めてで、
こうして手と手を触れ合せるのも、初めての体験だった。
「僕は弥条阿楠――よろしく」
よろしく――と口を開きかけた蒼よりも先に、阿楠は話を進める。
「悪いね――元々、君には用があったんだ……。天戯からの紹介で君に会っても良かったんだけどね、中々、タイミングがね……。本来ならばもっと後でも良かったんだけど、こうしてタイミングが合ったのならば、ここで頼んでもいいかなって」
そう思ってね――と阿楠は、蒼が仰向けで寝転がっているソファに、図々しく座る。
ちなみに天戯は壁際で二人の会話を聞いていた。
阿楠の目的を知っているからこそ、今は会話には加わらず、外から見守っているのだろう。
すると、蒼が聞いた。
「……頼み、ごと……?」
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