――妖精・奪取

第23話 オーバー・マグナム

「…………」


 黒のジン――、イコール・マグナムは気絶した緑の妖精を手で握りしめながら、地面に座っていた。背中を壁に押し付け、のんびりと――狭い路地の中で、誰かを待っている様子である。

 待っているのは他人ではない――、自分自身……分裂した自分の分身達である。


 イコール・マグナムには元々、形は存在していない。元々は、黒い液体……、いや、その液体も原点ではなく変化の形であって、元々の姿ではないのだが――。

 だが最も古い記憶では液体なので、

 確定はしていないが、原点と言ってもいいのではないだろうか。


 誰も知らない本物――本当。


 記録と記憶にないまま、そんなこんなで、時代が過ぎるにつれて様々な姿に変化してきた――固定されない形なき体なので、今の、このカブトムシを人型に近づけたような体も変化の結果であり、本物でなく本当ではない。


 分裂しようが分身しようが、全てはイコール・マグナム――、分身と言うと、力は分裂してしまいがち、そう思われがちだが、イコール・マグナムは分身しても力は平等に、イコールに、全てが同じだった。


 だから言ってしまえば、

 全てがオリジナルであり、セカンドやサードなど、実は存在していない。


 だからサードと思われていたこのイコール・マグナムは、オリジナルである――、まあそれは蒼達の勘違いとも言えるのだが。


 全員がオリジナルだが、中でも基準とするイコール・マグナムが存在しており、今回は、フェアを握る彼が基準に選ばれた。恐らく、基準を求めて、そろそろ分裂したイコール・マグナムが戻ってくるだろう。彼は、それを待っている。


 すると、地面の中から、ずずず、という、移動する音が聞こえてきた。

 気配を感じ取った基準のイコール・マグナムが、反応し、意識を下に向ける。

 影から、黒い液体が飛び出してきて、彼の体に付着――、


 やがて、染み込んでいく。


 もう一体の分身も遅れて飛び出し、

 同じように液体は、イコール・マグナムの中へ染み込んでいく。


 分裂したからと言って力は変わらない――。

 だから逆も同じく、分身が戻って来たからと言って、イコール・マグナム本人の力が増えることはない。しかし、もしも分裂して、力が減ったとして、戻ってきたら単純に力は元に戻るだけなので、そんな心配はしなくてもいいのだが。


 とにかく――分裂した複数のイコール・マグナムが戻って来た。


 しかしそれは、飛沫屋夏理、亜希香奈美――、彼女達の敗北を意味している。


「…………」


 自分達の勝利に、彼女達の敗北に、なにか感情を抱いているか――イコール・マグナムは目的を達していても、だが動こうとする気配はなかった。


 その場に座ったまま、手を影の中に突っ込んでいた――、

 もぞもぞと動き、なにかをしているらしいが、影の中なので確認はできない。


 ぬうっ、と抜き出した手には、特に変化はなく、

 片方の手には未だに緑の妖精が握られたまま。


 だが、そっと――、イコール・マグナムは彼女を、影の上に優しく置いた。

 彼女のため、というのもあるが、もしもの事態の時に、影の中に安全に隠せるようにと考えての行動なのだろう――。彼自身は優しくないと否定するかもしれないが、しかし、結果的に見れば、彼女の安全を考えている辺り、優しいと言えなくもないのだが。



「見つけた――世界神殿の幹部さん」



 突然、聞こえた声の方向に、イコール・マグナムが振り向いた。


 声を聞き取った時、声の主は遠くはなくとも近くもない位置にいるだろう――と、彼は予想していた。だから振り向き、視認してから、攻撃されていたとしても、充分に避けられると思っていたのだが――、油断していた。


 まさか――、刀が伸びて、

 マフラーのように自分の首に巻きつこうとしているだなんて、思ってもみなかった。


 刃が長過ぎる鎌のような――とにかく、まずは刀を避けることが必須だった。

 しかし簡単に避けることはできる。変化が得意のイコール・マグナムにとって、避けることは朝飯前なのだが、しかし彼にも、感情はあったらしい。


 避ける前に、緑の妖精――、彼女を影の中に沈み込ませる作業をしていたために、反応、行動が遅れた。だから喰らうはずのない攻撃をもろに、まともに喰らってしまった。


 だが、さすがと言うべきか、即死レベルのダメージではなかった――が。


「――苦しそうだけど?」


 オリジナルの、固体として形を持ってしまっていたイコール・マグナムの、首が、斬られていた。斬られていたのは首の三分の一程度だが、それだけでもう人間ならば即死レベルだが、彼はジンである――即死ではない。


 即死ではないが――、生命力をじわじわと奪われていることに、変わりはない。


 そして――イコール・マグナムでさえも、知っている。


 目の前の敵は――彼女は、【オーバー・キル】――夜明奈心。


 気を抜いて、勝てる相手ではない。立ち上がったイコール・マグナムは、まるで人間のように、腰を落として構えた。

 隙のない、武道家のような構え――。互いに集中し、観察し合うその一瞬の時間さえも、夜明奈心は、攻撃の手を止めることを、緩めることをしなかった。


 マシンガンのように繰り出される連射の剣撃は、全てイコール・マグナムを捉える。


 鞭のような打撃――からの、同時の斬撃。

 普段のイコール・マグナムならばなんてことはない、避けなくとも受け流せる、喰らったとしてもダメージは大したことはない――だが今は普段通りではないのだ。


 首を三分の一も斬られている状態で、現在進行形で命を削り取られているイコール・マグナムにとっては、奈心の一撃一撃が、酷く重い。


 本能が危険信号を出しているが、

 相手の止まない攻撃が、生きるための抵抗をさせてくれなかった。



「隙は与えない――死ぬ未来を追いながら、そこで黙って見てなさい」



 燃え続ける紙切れのように――イコール・マグナムの命は、その面積を減らしていく。

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