第22話 奪われたら取り返せ

「嘘――だ、ろ……っ!?」


 蒼の足は段々と、しぼんでいくようにゆっくりになり、やがて止まってしまう。


 止まっても、しかし棒立ちにならずに、肩にいるフェアを覆うように、肩とは反対の手で彼女を守る――、薄過ぎる装甲だが、現時点でできることと言えば、これしかない。

 それに、ないよりはマシである。攻撃を受けないことと避けることを前提にすれば、装甲云々は究極的に言えば、どうでもいいことである。


 だが、これからの行動を分かってはいても、しかし、現実を直視したくなかった。

 ここまでこれたのは仲間のおかげだ――。

 その場の全てを請け負うという仲間の努力の結果で自分はここにいるというのに、目の前にいる『そいつ』は、その努力を無駄にするかのように、存在しているのだ。


 どうして――なぜ?


 そんな言葉しか出てこない。


 だが、考えれば分かることではあるのだ。二度あることは三度あり、二つあれば三つあり――誰も限界が『二つ』なんて決めてはいなかった。


 だからオリジナルがいて、セカンドがいて――、


 そしてサードがいることに、よくよく考えてみれば、おかしなことは一つもない。


 三体目のイコール・マグナム。


 そう、サード=マグナム。


 黒のジンは、立ち止まった蒼の隙――、心の隙を突いて、一歩、いや、半歩で距離を詰めた。

 詰められた蒼はしかし気づけなかった……相手の動きをまったく、視認することもできていなかった。視認できず、なにが起こったのか気づいた時は、全てが終わっている時だった。


 イコール・マグナムの拳が、蒼の顔面へ吸い込まれるように――、雑に振った一撃だったのにもかかわらず、拳は決まっているレールの上を通ったかように、蒼の顔面に直撃した。


 吹き飛ばされた蒼は背中から壁に激突する――、数秒、体の全てが、時間が止まったかのように、機能を停止させた。そして数秒後、じわじわと、小さな波から大きな波になるように、痛みが蒼の全身を駆け抜けていく。


「ぐが、あがっ、ば――!?」


 喉になにかが詰まっている感覚……、吐き出そうとしてもしかし、喉に詰まったなにかはそこで停滞し、蒼の喉を塞ぐ。

 なにも話せず呼吸すらまともにできず、指一本ですら、動かない状態だった。


 だが、体は動かずとも意識は生きている。顔は斜め下の地面を向いたまま、肩の感覚だけを追う。そこにはフェアがいるはず――、だけど肩の上にあるはずの重みの――感覚がなかった。

 それは激痛によって覆われているというわけではなく、本当に、肩にはなにもなかった。


 どくん――と、心音が段々と大きくなっていく。


 痛みよりも、なによりもあるべきものがないことによって焦る気持ちが鼓動を速くさせる。

 明滅を繰り返す視界の中で、眼球だけを斜め上に向ける。


 しっかりとは見えなかったが、しかし見えるのは、ぼやけているが、見えるのはフェアだ。


「フェア……」


 イコール・マグナムに握りしめられているフェアが、必死にもがき、叫んでいる。途切れ途切れになる意識の中で蒼は、きっとそうだろうという不確定の状況把握で、そう認識していた。


 ――意識が戻るのは、これで何回目だろうか。



 短いスパンで気絶と覚醒を繰り返している蒼は、時間の感覚が麻痺していた。最後にフェアを見てから、ぼやけた状態で見てから、一体どれくらいが経ったのだろうか――。

 長い時間が経ったとは思うが、だが、もしかしたら数秒前の出来事かもしれない。


 いや、数秒前の出来事だとしたら、体は、きっとまだ動いてはいないだろう。自分の体のことは自分が一番よく分かっている。微量な自然回復で、短時間で動けるまで回復するわけはない。


 だから、顔を上げる程度であったが、回復しているということは数秒ではなく数十分以上は経っているということだろう。

 当然、イコール・マグナムは目の前にはいない。フェアを連れてどこかに行ったのだろう――だが、しかし足がある……、足が見える。黒い足――。

 けれどそれは、イコール・マグナムのものではない。


「ひっでえありさまだな、おい」


 足がどんどん前に進み、蒼の前まで寄って来た。

 やってきた『そいつ』は、屈み、蒼の目線と自分の目線を合わせてくる。


 蒼はぼそりと、


「……登張、か――」


「ああ――悪いな、間に合わなかった。

 もう少し早く来られたら、守ってやることもできたんだろうけどな――」


「はっ――あれと戦って、俺の事を守ったとして……それに値する金なんて払えねえよ」


「これに限っての話じゃねえけど、いつもお前は払わねえじゃねえか。

 ま、そいつは出世払いってことでいいんだけどよ――つーかよ、親友のピンチを助けて金を請求するような男に見えるのか? ――このオレが」


「……見えるなあ」

「ぶっ飛ばすぞ」


 ――ったく、と登張天戯は蒼の腕を自分の首に回し、起き上がらせる。

 不思議と、誰かの手を借りれば体は動くようだった。どうやら蒼の体はぼろぼろだったが、動けないのは最初だけで、動き出してしまえば、進めるところまでは進めるらしい。


 背中を押せばそれで良かったのだろう――蒼は、恐らくはこの体でも歩けるはずだ。


 しかし天戯に体を任せたまま、自分が実は動けるということを明かすことはなかった。


「……やられた。連れていかれた――フェアが、連れていかれたッッ」


「……ああ、知ってる。情報だけは持ってたからな――。

 助けようとしたけど、実際の行動力が時間に負けちまった」


「俺のせいで、フェアが……、っ――くそ、くそッ!」


 怒りのせいで体が震える。悔しさのせいでさらに震える。

 体を支えてくれている天戯には、全て伝わっているだろう。


「――分かってるよ、んなこと――だからこうして助けてんじゃねえか。

 これから攫われた大切なものを、取り戻すために――助けるために」


「それだけじゃねえよ――」


 蒼の言葉は途中で途切れ、一呼吸の後、



『あいつらをぶっ飛ばすために』



 蒼と天戯の声が重なった――、

 力強い声は、そのまま士気へ繋がっている。


「オレもイライラしてんだよ――【世界神殿】。

 その幹部が蒼を狙う過程で一人の少女を狙いやがった。

 目的のためには手段を選ばねえってか? ――ふざけんな」


「登張……お前、あいつらのこと、知ってんのか……?」


「【世界神殿】――今、基準世界を支配している、

 異端世界の中では魔王の側近として、三幹部の肩書きを持っていた奴らだ。

 ――てかお前、いや、オレも人の事は言えねえけど、知らなかったのか?」


「……上の方のいざこざは知らないんだよなあ」


 この世界のことなんだけどなあ――と、天戯はぶつぶつと言っていたが、彼だって蒼と思考回路は似ており、上の方のいざこざなどに興味はなかったりする。

 目の前の小さなことに集中していて、それだけに専念するような一途な心なのだ。なので阿楠から知識を仕入れなければ、今、天戯自身が説明したような事情など、知る機会がないだろう。


 彼らの世界はわりと小さい――巻き込まれる事態は大きいくせに。


「……なんで、俺を狙ってんだ……?」

「えっとな――」


 天戯は口の中で言葉を転がして、それから先、出す気配がまったくなかった。

 怪しく思った蒼は、怪訝な顔をし、言葉には出さずに話を急かす。


 すると、やっと口に出した天戯だったが、


「まあ、小難しいことだ――。

 そういうのはこれから行く場所で説明されると思うぜ。だから少し待てよ」


「……あっそ。――で、どこに向かってんだ? あれか? 【事務所】ってところか?」


「ああ――そこで状況把握とお前の回復……をしてから、動くのはそれからだな。

 上手く説明はできねえが、お前が動かないことには、相手の目的も達成されないらしいからな――ここでゆっくりしとけよ」


 まあ、さすがに今回は休んだ方がいいもんな――と頷きながら、蒼は意識を後ろに向ける。

 そこには、自分のために敵の足止めをしてくれている後輩二人がいる。できることなら援護に行きたいが、自分自身ではなにもできない――、足手まといになるだけだ。


 だから、


「なあ――」


「あん? なんだよ、置いていった仲間でも気になんのか? ――気持ちは分かるけどよ、あそこで任せてここまで来たんなら、最後まで信じてやれよ。

 それが託した者のするべきことだと、オレは思うけどな」


 なぜそこまで知っているのか不気味だ、という感想もあったが、しかし天戯の言っていることは、その通りだと納得するものだった――。

 芯が曲がることなく立っている。

 その言い分に反論する余地も、その気も、蒼にはない。


「そう、だな――」


 目を瞑り、頷き、それから意識を後ろを向けるのは止め――前を見る。


 これからを――未来を見る。



 余談だが、


 蒼に溜まっている怒りの数値は、まだ、【魔王召喚】に到達していない。

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