第21話 最後尾に潜むプレイスタイル

「蒼……っ」


「無理に動くなよ、フェア……。

 お前さっき、あいつに握られた時に、どこか折れてるだろ?」


「えっ……フェアちゃんどこか折れてるの!? 

 じゃ――じゃあすぐに病院に行かなければ、ダメじゃないですか!」


「そんなこと、分かってる……!」


 走っている最中だと言うのに、服を掴んで引っ張ってくる香奈美に、蒼はそう答える。


 やるべきことは分かっている――、

 まずはフェア……、彼女を病院に連れて行くことが先決だ。


 フェアは【回復】を得意としているが、

 しかしそれは、万全の状態で効果を充分に発揮できるものである。


 他人の怪我を簡単に治せることができるのは、怪我人とは逆に、使い手であるフェアが健康状態を維持していること――、つまり、力を使えるくらいには体力がなければいけないのだ。


 だが、怪我人は他でもないフェア自身――。能力を使う程の体力も残っていないフェアに、自分自身の怪我を回復させることはできない。

 程度の問題……、もしもこれが擦り傷ならば、悩む暇なく障害は存在せず、すぐに治すことができるが、命を脅かす程度になってしまうと、訳が違う。


 自分自身は治せない、などという能力条件はない便利な力ではあるのだが、だが、結局、能力を使うのに体力や集中力を要するのならば、その優位性は条件付きとなにも変わらない。


 だからすぐにでも、フェア以外の力が必要だった――、


「すぐにでも病院に行きたいんだけどよ――、

 通しちゃくれねえ敵……、発見しちゃったんだよな……」


 蒼の視線の先には黒い霧――、地面から、隙間から、もくもくと真上に上がってきている。

 これだけでは敵と判断するには早計かもしれないが、しかし――【黒】。

 黒というだけで、『あれ』を連想させてしまうのは、蒼からすれば仕方のないことだろう。


「しつこい野郎だよ……そうまでして、俺達に構ってほしいのか……っ!」


 蒼は霧が漂う範囲――、五歩手前で急停止した。

 肩に乗って休んでいるフェアは同じく停止に成功しているが、反応が遅れた香奈美はそのまま黒い霧の中に突っ込んで行きそうになる。


 そんな不用心な後輩の首を、猫を掴んで持ち上げるように引き止め、後ろに下がらせる。

 そのおかげで、もしも香奈美がこのまま進んでいたら、恐らくは首が斬り落とされていたであろう原因の黒い鎌を、避けることができた。


 黒い鎌から始まり、そして霧は――質量を得ていく。

 やがて形は見慣れた姿に――、イコール・マグナムになっていく。


 全身が完成したイコール・マグナムは、しかしさっきのイコール・マグナムとは細部が違っていた。大きな違い、目立つ、まず一番初めに注目されるのは敵の右手――、

 イコール・マグナムの右手が鎌になっていた。


 他にも、目立つ細部が変更されている――まるで兵器だ。

 ジンというファンタジー要素が強い中で、見た目は思いきり科学的で、機械的だった。


 目の前に突然現れた記憶に新しい敵を見て、香奈美は驚き、口を開けたまま、声しか出せていなかった。ただの声を、言葉にするには時間がかかりそうだったが……、

 蒼の予想よりは早く、言葉は完成される。


「あ、あ、……なんで、だって、夏理が――夏理が、足止めしてるはずなのに……!」


「その通りだ――いくらなんでも、早過ぎる。

 夏理の傍にいたあのジンのことは知らないから、当然、強さも知らない――だから正確なことは言えないけど、夏理だって強いんだろ? 

 もしもあいつが弱いのだとして、夏理が弱いのではなく相手が強過ぎるのだとして――、可能性として夏理が一瞬で負けたのだとしても、やっぱりいくらなんでも早過ぎる。

 敵は別に、瞬間移動ができるわけじゃあねえんだからよ」


「じゃあ、目の前のあれはどう説明するんですか! 

 夏理が、ま、負け、負けちゃったとしか、答えは出せないじゃないですか!」


「お前、夏理が負けたと思うのか? 違うだろ――違ぇだろ? 

 夏理は今も恐らく、戦ってる。必死に、俺らを守るために戦っている。

 だから、謎解きは簡単だ。こいつは、二人目なんだよ――」


 二人目――と、香奈美は呟いた。

 そして理解したのだろう。目の前にいるイコール・マグナムは――、

 さっきのイコール・マグナムをオリジナルとするのならば――コピーなのだということに。


「コピーでなければ、セカンドと呼ぶべきかよ――おい」


「…………」


 セカンドのイコール・マグナムは答えない。黙って腕を振り上げ、振り下ろす。

 鎌の刃が地面に突き刺さり、同時に波が生まれる――、

 次に衝撃波となり、津波のように蒼達の真上から、流れ落ちてくる。


「いっ……!」


 フェアがまともに機能しない今、なにも力を持たない――ログイン・ラインという力を持っているが、こんな場面ではなにも役に立たない……だからもう無能力者と言ってもいい非力な火西蒼には、この状況を打開することは、不可能だった。


 包み込んでくる衝撃波の津波を真っ向から受けるしか、状況の進展はなさそうだった。

 マイナス要素はまだあり、三百六十度が塞がれているために、逃げることもできない――。


 無理をすれば、

 攻撃を受け、耐えることができれば次に進めることはできるのだろうが……しかし。


 そんな自分勝手な、非力な自分に合った犠牲の精神を、香奈美に押し付けるわけにもいかなかった。だからなんとしてでも、フェアと香奈美だけは、逃げてもらわなければ――。

 だが、自分が逃げられないということは同じく二人も逃れられないわけである。

 二人が逃れられたのならば、それは自分だって逃れられるのだから。


 蒼の、香奈美に伸ばした手が止まるが――だが、それは手詰まりで止まったのではなく、香奈美の服の下から出てくる、たくさんの蝶々を見たからだった。


 一匹の蝶々に、一色ではなく、様々な色が色々と混ざった、虹色よりも多い色を一緒に混ぜた、カラフルな蝶々――、

 その蝶々達は、衝撃波の津波を防ぐ防波堤になるように、体を寄せ合い、密集した。


 そして――衝撃の音。

 壁を殴りつけたような鈍く響く音が聞こえたが、その衝撃をまともに喰らったはずの蝶々は――しかし、無傷だった。

 隊列は乱れていない……さっきと変わらず、防波堤は維持されたままだった。


 蒼は見惚れていたが、状況の変化で正気を取り戻し、ばっと、香奈美の方を向く。


 彼女は息を荒くしながら、


「へへっ――わたしの秘密ちゃんです」


「……あんな量、よくもまあ服の下に隠してたな……」


「正確には服の下のもう一つ下なんですけどね――って、そんなことはどうでもいいんです! 

 秘密ちゃん達は今日は機嫌が良さそうなので、わたしでも、もしかしたら足止めできるかもしれないです――だから、先輩、わたしを置いて、先に行ってください!」


「お前、そのセリフが言いたかっただけだろ――」


 うっ――、と半歩下がった香奈美に図星かよと突っ込みたくなったが、そんな時間ですら、使いたくはなかった。

 今、相手は空気を読んでいるのか、攻撃の反動なのか分からないが、攻撃をしてこない。

 だが、すぐにでも攻撃を再開してくるだろう――。


 そうなれば今みたいに、こうして逃げる隙は作れないかもしれない。


 今がチャンス――、

 ここを香奈美に任せて、フェアを救うための行動ができる、突破口だ。


 必死に作ってくれたチャンスを、簡単に棒に振るわけにはいかない。


 だから――聞いた。

 聞いただけだ。答えがどうあれ、行動は変わらない。


「――やれるのか?」

「どうでしょうね。でも、気持ちでは負けてません」


「ま――んじゃ、任せた。言い訳、しといてくれよ」

「中学時代じゃないんですから――先生なんていませんよ?」


 蒼と香奈美の中でのお約束の会話をしながら――、そして蒼が駆け出した。


 肩に乗るフェアの頭を、軽く撫でながら、

 もう少し待ってろよ、と言外で示しながら。


 イコール・マグナムの真横を通り抜けていく。


 当然、反応するのはイコール・マグナムだ。あばら辺りから突き出ている、機関銃に似た――恐らくは骨が変形したのだろう――ものを、蒼に向ける。

 イコール・マグナムが力んだ後、骨の機関銃は、声を張り上げ本物に対抗するように、銃弾を発射させた――が、その銃弾は、骨の銃弾は、蝶々の壁によって防がれていた。


 香奈美は両手を腰に当てて胸を張り、


「夏理だって戦ってるんだから――わたしだって、負けられないんだから!」


 ―― ――


 最も危険なのはオーバー・キルの夜明奈心、次いで異名はないが、危険だと評価されているのが飛沫屋夏理――、

 その二人を比較に出してしまうと亜希香奈美は驚く程に、ジン達からはノーマークだった。


 それは香奈美のパートナーである蝶々――【プレイスタイル】と呼ばれている蝶々達が気分屋で、気分が乗らなければ、香奈美の体の中から出てくることもなく――、

 つまり、戦いにあまり出てこないという、明確な理由によってのことだ。


 他にも彼女自身の性格が関係しており、奈心のような冷酷さがなければ、夏理のような仕事と気持ちを切り替えることもできず――、

 彼女は優し過ぎるからこそ、ジン達からは危険はない、と評価されていた。


 しかし――情報が少ないからこそ、判断できないのは仕方のないことではあるのだが、だが、仕方ないで済ませられるようなことではない。

 性格面で言えば前者の二人よりは危険性は少ない香奈美であるのだが、しかし『能力的』に見れば、香奈美は、第二部隊の中で、最も危険な存在である。


 もしも香奈美の性格が奈心だったとしたら――、ジンに向けた、抑止力なっていたかもしれないのだ。それ程に、彼女のパートナーであるプレイスタイルの能力は、絶大だった。


 小範囲ではあるが、香奈美の思い通りにできる力――、香奈美が思えば、想像すれば、願えば、それだけで現実が、書き換わる。

 先も言った通りに小範囲という設定があるからこそ、大きな改変はできないが、しかし世界を改竄するこの力がどれほど強力なのかは、言葉で言わなくとも分かるだろう。


 小さな神様。 


 香奈美なら――女神、と言うべきか。


 経験値が足りなく、未熟という点に目を瞑れば、

 香奈美は現時点で、人間の中では最強と言えるだろう。

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