第20話 シクラメント・アドバンテージ
夏理の周りには水の壁と、球体の壁が存在していた――。
どんな攻撃がこようとも、全てを防ぎ、誰の侵入も許さない保身の塊。
その球体に手を触れさせながら夏理に前に立つのは、死のジン……、
水の精霊、ただし幽霊であるシクラメントである。
体は透き通っている――透明、と言うよりは、水でできているからこその透明さ、透き通っていると言った方が正確か。足は存在しておらず、しかしそれは幽霊だからこそ、浮遊しているからこそのアドバンテージではなく、シクラメントには元々、足という足は存在していない。
代わりに存在しているのは、人魚の、その――尾ひれ。
水の精霊の代表格である人魚――、それがシクラメントの正体である。
ジンの中でも美しさではトップレベルである……、その美しさは同性の夏理でも見惚れてしまう程であり――、生前、人魚の中でも一位二位を争う程の美しさだったと、夏理は聞いていた。
何度見ても慣れない。彼女の能力によって出現する水、水飛沫が、輝き、彼女の美しさをさらに引き立てている。
「……うわあ」
「ねえ夏理、見惚れてくれるのは嬉しいんだけど……いまは戦闘中だからね?」
「う、――わ、わかってるよ……」
シクラメントが振り向き、夏理にそう注意する。
貝殻の水着、虹色の尾ひれ――、銀色の、肩にかかる髪の毛……。
そして彼女に巻きつくかのようにうねり、動く、蛇の形をしている水の流れ。
しかし、これだけの防御と攻撃ができる素材があれど、だが目の前にいるイコール・マグナムに攻撃することは、未だにできていなかった。
勘付いているのは夏理だけではなく、シクラメントでさえも、不明人から発せられるプレッシャーに、踏み出すことが出来ていなかった。
死人とは思えない。
透明なんて気にする暇なく、まるでそこに、実際に生きているかのような圧倒的な存在感で佇むシクラメントの頬を流れる水滴は、リアル過ぎて、それが彼女自身の汗なのか、それとも水飛沫が跳ねて頬を伝ってきたのか、判断ができなかった。
「どうして、かかってこないんだろ……」
「まあ、こっちが攻めであっちが守りだからでしょうね――、相手にとっては、あの妖精ちゃんを捕まえたことで、優位性を握っている……わざわざ仕掛けてくる理由がないってことよ」
「……フェアちゃんがねらい……せんぱい、ではなくて?」
「でも、妖精ちゃんを捕まえても動かないところを見ると、
やっぱり狙いはあの少年なのかもね――」
すると、会話が終わった時だった――。
イコール・マグナムが微かに動いた。足の角度を変えたような、見逃してしまう程の、隙と言えるのか怪しいような空白だったが――、
だがその隙を突き、シクラメントは夏理の指示なく、独断で動いていた。
これは元々、こういう戦闘の仕方なので問題はなかった。
夏理は状況把握、第六感を使い、
五感で捉えられる限界よりも向こう側をいち早く察知することに専念する。
シクラメントはそれ以外――、
夏理にはできないことの全般を専門としている。
外から見れば夏理はいらないのではないか、シクラメントだけで全てをこなせるのではないかと思ってしまうが、だがやはり、夏理がいるのといないのとでは、天と地ほどの差があるのだ。
第六感も、シクラメントにもあるが、やはり夏理には敵わない――。
それに、それ以上に、シクラメントにとって夏理がいることは、守るべき対象がいることになり、モチベーションの上がり方がまったく違う。
男らしい――その性格だった。
シクラメントは誰かを守るために行動した時、最高のパフォーマンスを魅せる。
夏理がいることによってそれは常時になり――相性が抜群のコンビである。
動き出したシクラメントは真っ先にイコール・マグナムの腕に注目――、
水の流れを使い、飛沫を高速で飛ばし、
ギロチンのような威力を持つ水の鉄砲が、イコール・マグナムの腕を斬り落とした。
「きゃ――ああっ!」
腕と共に落下したフェアの体は、蛇のような水の流れに救われ、
そのままウォータースライダーのように滑っていき、蒼と香奈美の元へ送られる。
フェアをキャッチした蒼を確認したシクラメントは、
「早く行きな――ここは私達で抑えておくから」
言って、腕が無くなり、動きが鈍くなっているイコール・マグナムに注意を向ける。
まだ、腕を斬り落としただけである――、
まだ、まだこの不気味なジンの底力は、先端すらも出ていないだろう。
油断は禁物――そう言い聞かせた、まさにその時に、
「――サンキュ、恩に着る!」
蒼の言葉がシクラメントの意識を、イコールマグナムから逸らさせた。
蒼をちらりと見たシクラメントは、ふふっ、と笑いながら、蒼には見えない程度の、位置の低いところで、手を振った。
そんなシクラメントの体が、吹き飛ばされた。
イコール・マグナムが、気づけば接近し、
その手を振り下ろし、拳を彼女に浴びせたのだ。
彼女の体は水となり、飛沫となり、
辺り一面にばら撒かれるが、夏理の表情は変わらなかった。
「……ぜったいに、おいかけさせないよ」
「知ってるわよ――そんなこと。
ここで叩いておかなくちゃあ――ね」
すると、地面に散らばった水が、集まり、形を――人の形を作っていく。
下から徐々に作られていく形は、既にその時点で完成形の予想ができてしまっていた。
というか、確実だろう――作られたまず初めが、尾ひれだったのだから。
そして、頭まで完成し、シクラメントの吹き飛ばされた体が復活した――、
考えれば当たり前である。彼女は死人なのだ……。
それはつまり、これ以上は、死にようがないということである。
生物にとって最大の弱点を失ったシクラメントには、恐いものがなにもない。
危険を考える必要もない。
最大限の自己犠牲という最高の攻撃と防御が使えるのだ。
彼女は言う――、
両手を左右に広げ、ゆらゆらと、水の流れのように、漂うように。
「それでは開演です――水の舞を、ご堪能あれ」
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