――踊る双璧
第19話 火西蒼の影響力
「わたしと夏理は五感以外を鍛える特別な訓練をしているんです――第六感、それを意図的に身に着ける……って言っても、結局は気配を感じるとか、そういうことなんですけど……」
「なにそれ、普通に凄いことしてるじゃねえか……お前ら中学校でそういうことしてるわけ?」
「中学校ではないですけど……まあ、塾みたいなものですよ……」
へー、塾ってすげえんだなあ――と本気で信じているような様子の蒼に、さり気なく心の中で手を合わせて、謝っておく。
香奈美はジン絶滅推進部隊のことを彼に言うことはしなかった。
ジンと仲良くしている――現にフェアと仲良くなっている――蒼にとって、ジンを絶滅させることを目的とした組織があるというのは、心中、穏やかではないだろう。
下手をすれば彼は組織自体を潰しかねない。
今までの傾向からすれば、潰さないまでも乗り込んできそうである。
世界をジンに支配されている人間にとって、世界各地の存在するジン絶滅推進部隊は絶対に失ってはいけない戦力である。
非公式ではあるが隠し玉のようなものなのだ――、もしもこの組織が無くなれば、希望は消えたも同然……また新しく作ればいいのではないか、という案もすぐに出されるとは思うが、精神的に、一度希望を砕かれるというのは、振り出しに戻った後の行動に、大きな影響力を及ぼす。
もしも彼が乗り込んでくれば――、組織は蒼を消そうと力を注ぐだろう。一人の犠牲のために億を越える人々が救われる……そういう信念を持っているからこそ、ジンだろうが人間だろうが、害を持つ存在を殺すことに、抵抗を覚えていないのだ。
そして、蒼の方だって。
襲われれば当然、反撃をするに決まっている。あの手この手で修羅場をくぐり抜けてきた彼を消すことは、簡単ではない。
もしかしたら――、
もしかしたら、これは身内びいきになってしまうかもしれないが、組織自体とまではいかなくとも、一つの部隊が潰されてしまうことはあり得るかもしれない。
蒼の影響力は絶大なのだ――主に、ジンに向けての。
彼を餌にすれば、大量のジンを釣ることができるだろう。昔からそうだった――どこへ行こうとジンと出会い、敵であろうと味方であろうと全てを自分の領地に置いてしまうその無意識な能力……結果的に領地に置いた敵含め味方は、彼のために動こうとしてしまう。
それは彼が持つ人格の効果が大半だろうが……、だから彼の周りにいるジンが本気で彼を守ろうと動けば、こちらが受ける被害は少ないで済むはずがない。
そういう未来が想定できてしまう以上、火西蒼をジン絶滅推進部隊に関わらせるべきではないのだ――、そんな香奈美の判断は最良で、組織の未来を救ったとも言える。
もしも――ここで存在を明らかにしていれば。
関東軍・第二部隊は跡形もなく粉々にされていただろうから。
蒼の力ではなく、ジンの力によって――、
蒼に向けての善意からくる、破壊によって。
「でもですね、第六感を使うと、本来ならば感じなくてもいいことまでも感じてしまうこともあるんです……これはメリットなのか、デメリットなのか、判断はしにくいところですけど……」
「それ、さっきの夏理の反応と関係があるのか……?」
「あります。さっき夏理は、感じてしまったんだと思います。
わたしも感じてしまったから分かるんですけど、あの不気味なジン……、あれから出てくる禍々しいオーラは、戦意を喪失させる。
近寄りたくないという気持ちが、戦ってもどうせ負けるという感覚を呼び覚ましてしまうんです。ありませんか? ――そういう経験。
危険の察知という意味では確実にメリットと言えることなんでしょうけど、余計な恐怖心を抱いたことで、上手くやれば勝つことも逃げることもできたのに、その心を占める厄介な感情のせいで上手く動けずに、勝負を決められてしまうということ――。
余計な思考、という意味では、デメリットとなるんです」
「でも、それって結局、気持ちの問題なんじゃねえの?」
「なら、もっとそれっぽく言いますね――、感情操作、精神干渉、それを自分自身で、相手に有利になるように働かせてしまう……。そういうリスクを背負っているのが、第六感なんです。
だから、便利なことばかりじゃないんですよ?」
「……ま、強そうな能力が、ノーリスクなんて、おいしいことが、あるわけないもんな」
字で見れば違和感はないが、実際に聞いてみれば違和感だけが感想として残る蒼の喋り方が気になった香奈美は、彼の方を向く――と、彼は足を伸ばしたり膝を曲げたりと、準備体操と言えるものを、なぜかこの状況でおこなっていた。
状況――、
イコール・マグナムがフェアを握りしめ、そして向かい合う、夏理と彼女のパートナーである水の精霊の幽霊であるシクラメント……、
両者は動くことなくじっと、見極めるように相手を観察することに集中しているらしい。
夏理の作戦では、どうにかしてフェアを取り返し――、
その後、夏理と蒼でフェアを連れて逃げるという作戦だ。
つまり、蒼は、夏理がイコール・マグナムからフェアを取り返すことを信じているのではなく、既に決定事項としているからこそ、
こうして準備体操をし、逃げることの準備を整えているのだ。
すぐに動けるように――逃げ切れるように。
「……先輩って、人を疑ったことありますか……?」
失礼な質問かも、と思ったが、しかし蒼は不快に思った様子なく答えた。
「あるけど――まあ、過程だよ。過程の中で疑うが、結果的に最後は信じるよな。
どんなに迷っても、どんな理由があろうとも、最終的にはそう着地しちまう。それで痛い目に遭ったことは何度もあるんだけどよ――。良い思いをしたことの方が多いからな、やめられない……ギャンブルみたいなもんなんだよなあ……」
しっしっし、と笑いながら蒼は言う――それを見て香奈美は、
――だから、好かれるんですね……誰にでも、ジンにも、例外なんてなく。
そう心の中で思っていると、ぽん、と蒼に頭を撫でられた。
蒼からすれば撫でたつもりはなく、置いただけなのだろうが――香奈美は視線を蒼に向ける。
「お前も準備しとけよ――これから逃げるんだ。
逃げ切れなきゃ、機会を与えてくれた夏理に悪いだろ」
「分かってます――夏理の犠牲は無駄にはしません!」
「やる気満々のところ悪いけど、別に犠牲にはなってねえよ?」
香奈美がやる気を出すと、その後、なぜか苦労する……、
それを、同じ中学であった蒼は経験で分かっていた――。
張本人である香奈美は、そのことについてまったく自覚は持っていなかったが。
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