第18話 嵐の中心へ

 妖刀シナリクビを鞘に戻し、奈心は雷の池――、

 もう電流は放出されていないとは思うが――を見る。


 池の中、仰向けになっている鳥人・バード・トッピングをじっくりと観察し、


「……心臓を止める作業を直接やっていないから少し不安ね……。

 やっぱり、今からでも刃を突き立てに行くべきかしら……?」


 ――放電音が聞こえないからと言って、流れた電気が完全に無くなったとは限らねえぜ。

   もしかしたら少量でも残っていて、

   足を入れた瞬間に感電、ってこともあるかもしれねえぞ?


「そんな初歩的なミスをするとでも思うの? 

 それに――、プライベートの時に話かけるなと言ったわよね?」


 ――今のこれ、プライベートか? 

   思いっきり仕事の最中じゃねえかよ。


 指摘してきた妖刀に苛立ったので、奈心は鞘を、がん、と叩く。

 地味に濁点付きの鈍い悲鳴が聞こえたが、リアクションは取らずに無視することにした。

 しかし、これだけやっても諦めないので、まったくもって厄介なパートナーである。


 ――いつものことだが、殺しに遊びを混ぜるなと言ってるだろうが。

   確かに強過ぎるお前にとって、ジンを殺すことに、作業に飽きがくるのは分かるが……。

   だが、これはお前の悪い癖でもあるんだぜ、奈心。

   殺す時に殺しておけばいい――、つまらないから面白くする、

   そういう考えを実践に取り込むから、さっきみたいな危ない場面に出くわすんだよ。


「なによ、今度はお説教? 

 ――うざったいから、この池の中にぶち込んでやろうかしら」


 ――おめえのために言ってるんだよ。

   ジンを絶滅させるために動いているなら、容赦せず、すぐに殺せ。

   追い詰められたジンが、

   どういう起死回生の一撃を振るってくるか、分からねえんだからよ。


「……あなたもジンだけど、ジンを殺せとか、言っていいのかしら?」


 ――別に、オレはもうこっち側に染まっちまってるからな――、

   いいんだよ。


 ふうん、と、奈心は池に放り込もうと振りかぶっていた鞘に収まる刀を、すっと、腰に差し戻す。今ここでこの刀を失うのは痛い……、そういう理由で、まだいいか、と思ったわけである。


「あと、訂正しておくと、別にさっきの場面は危なくなかったわよ? あの池に落とされそうになった時、回避の方法はいくつか思いついていたしね。

 ……でもまあ、確かに、殺す時に殺しておけば、無駄な労力を使わなくてもいいかなー、とは、思わなくもないけど……」


 ――なんだよ、オレの言ったこと気にしてんのか? ――はっ、お前らしくもねえ。


「っ……! 別にそういうわけじゃないわよ。今日の反省点……、あなたの言葉に気づかされたわけじゃない。あくまでも、自分自身の自己採点で気づいた反省点だからね」


 ――へいへい、そういうことにしておいてやるよ。


 にやにやと、顔はないが、そういう表情をしていると分かってしまうようなシナリクビの言い方に、再び苛立ちが戻ってきた奈心が、感情のまま行動に移す。


「吹き飛べ」


 ――待て待て分かった! 

   今の言い方は全面的にオレが悪かった!


 だからそっと手に持つオレを腰に戻してくれ――、

 と呼吸なしで言うシナリクビに、奈心は珍しく素直に頷き、指示に従った。


 そして、


「……似てるのよねえ」


 ぼそっと、ふと呟いた奈心の小さな声を、落とすことなく拾ったシナリクビは、


 ――なんだよ、オレが、あいつにか? 

   まあ、信じられないけど、お前にもきちんと友達がいて、恋人がいるんだよなあ。


「こ、ここ――恋人じゃないし!」


 ――いや、顔を真っ赤にしてそういうことを言われても……、

   もう表情で答えを示してるようなもんだぞ?


「っ、――ううううううううううううう!」


 ――すごいギャップだな、お前! 普段そんなに表情豊かなの!? 

   ジンと戦っている時の冷酷で無表情のお前、絶対に損してるじゃん!


「うるさい喋るな消えろ今すぐいいや殺してやる!」


 うがー、とさっきと本当に同一人物なのか本気で疑いそうになる程に、感情を表に出す奈心は、そこで、声を聞く。


 池の中に沈んでいるはずの――、

 もう既に死んでいるはずの、鳥人からの声を。


「――ッ! やっぱり、思った通りに、生きて――」


 ――待て奈心。

   あいつ、もう手遅れかもしれねえ。


 シナリクビの言葉に、足を止める奈心――、確かによく見てみれば、鳥人は体を起き上がらせることはできないようで、手を微かに動かし、うう、と呻いているだけだった。


 聞き取りにくかったが――、だが確実に、鳥人は呻き声の中に言葉を混ぜていた。


「ふふっ――……ログイン・ラインを守ることはできないわよ……。

 狙う者は、あたしだけじゃないんだから、ねえ……?」


 瞳は開くことなく、口だけがぱくぱくと開閉運動をしていた。

 手もぱたりと池に沈み、肌の色が変色していく――、死んだことによって体温が下がり、それに加えて、水の温度によって冷やされ、変化しているのかもしれない。


 これを見れば、誰だって分かる――。

 確認しなくとも、とどめを刺さなくとも、相手は死んだと、分かってしまう。


「……さて、行くわよ」


 ――人の死になにも感じていないその切り替えの早さは凄いと思うぜ。

   まあ、ジンが死ぬことはお前にとっては良いことなんだろうけどな。

   で、もう戻るのか? なら、ちょっくら腹減ったから、買い食いでもしねえか?


「あなた、どうやってご飯を食べるのよ……ていうか、違うわよ。

 まだ戻らない――だからと言ってショッピングってわけでもないわよ」


 ――あん?


「ログイン・ライン……それを狙う者――少し、気になるわね」


 言いながら手を顎に添えて、視線をちらりと横斜め上へ向ける――。

 そこには、常に左右に動いているが、明らかに奈心を映している時間と頻度が多い、監視カメラがあった。被害妄想であれば、それならそれでいい――。

 しかしそうでなかった場合は、この映像からなにか、奈心の中の『なにか』が盗まれている可能性があり、見過ごせることではない。


 間違っていたなら、謝れば済むことである。しかし、考えてみればこの監視カメラを壊したところで、他にも監視カメラは存在している……、数百と町中に存在している。

 どこに行こうがレンズはあり、今と同じく観察されているのだが……、

 やはり気分的にも効果的にも、ここは相手への牽制も兼ねて、壊しておくべきだろう。


 うん――、と自己の中で完結させ、奈心が行動に移す。

 一瞬だった――ギリギリ、目に見える程の速度……。

 振るわれた刀は、一瞬後には、鞘の中に戻っていた。


 きん、という鞘の中に刀が収まる音と、監視カメラが破壊される音はまったくの同時だった。


 ひび割れたレンズ――粉砕されたボディ。

 残骸となっている監視カメラを既に見ておらず、奈心が見ているのはスマホの画面だった。

 そこに映し出されている電話番号は、上司のものである。


「詳しく教えてもらわないと。

 こっちはすっきりして帰ることもできないのよ」


 そして、通話ボタンを躊躇いなく押した。

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