第17話 しなる刃、舞う七色羽
「……鳥人って、初めて会うジンだから期待してたんだけど――、
なんだ、こんなものなんだなあ」
妖刀を手に持つ少女――、
人間の少女は、バード・トッピングを見下ろし、見下しながらそう言った。
その言葉は、異端世界でバード・トッピングが戦いにおいてよく利用していた言葉である。
戦いに期待をし、しかしいざ戦って見れば、期待よりも楽しめず、吐く言葉。
勝利宣言のような言葉なのだ。
何度も何度も言ってきたそのセリフをこうして言われるというのは、プライドをずたずたにされた気分だった。怒りが湧いてくる――、それに、悔しさだって多少なりともある。
ここまでボロボロにされたのは、いつぶりだろうか――と考えてみる。
なかったかもしれない……。
ここまでボロボロになったのは、されたのは、この少女が初めてかもしれない。
この圧倒的なまでの強さは、少女が持っている妖刀のおかげなのかと思ったが――違う。
妖刀など言い訳にできない――。それは少女と戦った自分が、一番よく分かっていた。
妖刀を使っているのは少女だ。使われているのではなく、使っている――、
使いこなしている。
それは、この強さは妖刀ではなく、正真正銘、人間である彼女の力であると言える。
誰が言ったのか。
人間が弱い種であると、一体、誰が言ったのか。
全然、そんなことないではないか。
億を越える数、存在していて、ほぼ全員が弱者だとしても、しかしたった一人でも強者がいれば、人間の危険度は一気に跳ね上がる。
そういう知識が一ミリでもあれば、バード・トッピングも油断をしなかっただろう。
今こうして血塗れになって、地面を這うだなんて無様な姿を晒すことはなかっただろう。
いや――、
「それは、分からないか……」
「ん? なにか、言った?」
がんっ、と、少女の足がバード・トッピングの頭に乗っかった。
敗者と認めたわけではないが、
しかし敗者に向かってこの仕打ちはあんまりではないだろうか。
バード・トッピングは押さえつけられる頭を無理やりに動かして、視線を少女に向ける。
忘れていたように、今更、敵意を向け直す。
「があ、き、貴様……ッ!」
「吠えるのはいつでもいい――戦う気があるなら起き上がりなさい。
私も、優しくないわけじゃないからね、
こういう一方的なやり方で殺すよりは、戦いの過程で殺したいのよ」
まあ、別にそこまでこだわりがあるわけではないけど――と、すぐに前言撤回をするような勢いで少女は言うが。
しかし、とは言え極力、あっさりと殺すことは避けたいのだろうか――。
向けた刃で、バード・トッピングの首を斬り落とす気は、相手にはないように見える。
見える微かな甘さ――。
こういうところは、まだ人間らしい部分なのだろう。
獰猛なジン以上に獰猛と感じてしまったこの少女にもまだ、突け入る隙があった。これを活かせるかどうかが、バード・トッピングが生きるか死ぬか、その道の大きな分岐点となるだろう。
「これで終わり、とでも思っているのだとしたら、認識が甘いわよ……」
腕に少し力を入れ――、羽の調子を確かめながら、立ち上がろうと動き出す。
ただ、頭に乗っかっている足が、立ち上がる時の枷となっているが――、これに関して、立ち上がる際の勢いで、振りほどくことができるので、放っておいてもいいだろう。
さっきの言葉を信じるとすれば、立ち上がることを、相手は望んでいるように見えるが、しかし、分かりやすく立ち上がることに、メリットがあるとは思えない。
だから隠密的に、復活のタイミングは、時を待つ。
じっくりと――、ここは時間をかけて。
「……一方的に殺すよりも、戦いの中で殺したい、ね――もしかして、殺すことに抵抗でも覚えたのかしら……。そういうところは、まだまだ子供だと言えるのかしらねえ」
「やろうと思えばできるわよ? もしかしてそれ、私に隙を作らせるための挑発? ふーん、その発言によって、私がこの刃をあなたの首に突き立てる可能性を考慮して言っているのだとしたら、そこまでしても私に隙を作らせたいみたいね……いいわよ、別に。
復活したあなたを討ち取ることに自信はあるから――。ほら、私は数十秒、手を挙げてなにもしませんよのアピールをするから、どうぞご勝手に、復活してもいいのよ?」
と、少女は言葉通りに、バード・トッピングから足をどけて、数歩下がり、両手を挙げて――それはまるで降参のポーズのようだった。
が、殺意、敵意だけは捨てずに、さっきと変わらずに持ったまま、鋭くこちらに向けていた。
なにも枷がなくなり、自由自在に動き回ることができる状態だが、逆に、やり辛い。
バード・トッピングはこれから、全てを自分の意思で、初動から抵抗までの全てを、なんの障害を挟まずにやることになってしまった。
それは、イレギュラーが挟まないということを意味し――、つまり、現時点でのコンディションで、できる限りのパフォーマンスをしなければいけない、ということである。
助けはない。
一直線だ。
策も挟めない力と力のぶつかり合いという、シンプルな勝負しかおこなえないというステージを作り上げられ、そこに、引っ張り出された。
この少女は――、
まるで風のようにさり気なく、バード・トッピングを追い詰めてきた。
「…………」
「――どうかしたの? こんなチャンスは二度とないだろうけど? 別に、このまま処刑台の上のように、抵抗しないで殺されたいのなら、望むようにしてあげるけど――」
まさか――と、バード・トッピングは笑う。
口だけを歪ませて――声はなく。
「あたしの羽の力……直接、説明はしていないけど、もう分かってるわよね?」
「……色によって効果が違う、でしょう?
赤ならば燃え、水色ならば凍り、黄色ならば電流が流れ、緑ならば樹木が暴れ、紫ならば毒が拡散され――と。まだ知らない能力の色があるけど、まあ、それはいいでしょうね。
でも、今更その能力に頼るの? あれだけ駆使して、私に防がれていたというのに?」
「ええ、防がれていたわね――まったく嫌になるわ。
強者という立場を続けていると、初心を完全に忘れてしまうものなのね。それで済むからと言って、一色をそのまま相手にぶつけるなんて、単純な攻撃方法しか思いつかないとは、ね」
少女の表情が少しだけ変化した。
視線を周りに向け、状況を察したようだった。
「なるほどね……偶然ではなかった、と?」
「うーん? どうだろうねえ、偶然とも言えるし――どっちもかしら?
狙っていたのもあるし、そうでないのもあるってところ。でも、これは運が良かったかもね。
――話は変わるけど、この羽、別に抜けたらすぐに能力が発動するってわけじゃなくて、発動はあたしの意思なのよ――じゃないと、あたしの傍で能力が発動しちゃうことになるし――」
バード・トッピングは指先をぴくりと動かした。
それに目ざとく気付いた少女が、バックステップで回避行動を取ろうとしていたが、しかし、充分に早いと言える反応速度でも、遅い。
羽の力は、既に発動されている。
水色の羽が辺り一面を凍らせ、赤の羽が凍った地面を溶かし、液体にする。
まるで浜辺の波のように、水が地面を浸し、少女の足も、例外なく浸かっていた。
そして黄色の羽が、電気を流す――。
規模が大きい水溜まりの中で、その能力の効果を発揮する。
「く――っ!」
たんっ、という軽い音と共に、少女が真上に飛び上がる。
そのまま行けば、電気は長く放電されるので、バード・トッピングがなにもしなくとも少女は重力に負けて落ち、電気の餌食になるのだが――、さすがに少女も考えているだろう。
ここから先の回避の方法くらいは、考えているはずである。
だからバード・トッピングは先を読み――、というよりは、そもそもこの状況を作り出したいがために、羽を応用した攻撃をしたので、ここで動かないというのは、作戦の目的を放棄することになってしまう。
まあ、それが関係なくとも、既に動き出してしまっているので、ここから緊急中止することはできないのだが――、
バード・トッピングは羽を使って飛び上がり、
空中に飛んだ少女に向かって、鋭く尖った足の爪を、突き立てる。
手応えは――硬く。
爪は刀に防御されていた。しかし、このまま真下に落としてしまえば、それでバード・トッピングの勝ちである。
さすがにこの少女でも、
億に匹敵する電流を全身に浴びて生きていることなどできないだろう。
勝負が決まる――全力で、足を使って少女の体を真下に押し飛ばす。
押した反動でバード・トッピングは真上に飛び上がり――、
そこで、足に、重さが感じられた。
ぎりぎり、と、締め付けられ――斬られていく感覚。
「ッ――まさか……ッ!」
バード・トッピングの足首には、刀身――、
鞭のようにしなり、蛇のように気味悪く動く刀身が絡みついていた。
当然、視線を真下に向ければ、その刀身は少女から伸びていた。
こうなる可能性も探せば見つけられたはずだ。しかし見つけられなかったということは、それだけ焦っていた、余裕がなかったということだろう。
そして今も――、すぐに行動を起こすべきだったのに、バード・トッピングは少しの硬直をしてしまう。たった一瞬、ほんの一瞬――、
しかし、その一瞬が、勝てる勝負を負ける勝負までに格下げた。
ぐんっ、と真下に引っ張られる感覚がした後――、少女と、交差する。
少女の口から発せられた、耳元で発せられたその一言は、シンプルで、迷いのない、彼女から発せられて当然だったと納得できるような、強い一言だった。
――恨み、復讐、そうね……その感情を持つ人間なら、やっぱり強いわよね……。
バード・トッピングは少女の言葉を、もう一度、自分の中で繰り返した。
『――死ね』
そして。
すれ違いざまに、バード・トッピングは数え切れない斬撃を受け、そのまま電撃を持つ池に飛び込んだ。彼女の意識はそこで消失する。
命の有無は、わざわざ記すこともないだろう。
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