記録2 対抗する人間勢力

第16話 高みの見物

「やはりお前を呼んだのは正解だったな……、お前がいなければ、バード・トッピングが見失ったログイン・ラインを再び見つけることはできなかったわけだからな――」


「別に、あの鳥人なら見失ったとしてもすぐに見つけることができるでしょうよ……。それに見失うことはないはずでしょうし――、問題は見失ったということではなくで、目で追うだけでなく、追うことすらもできない状態になってしまったということよ……」


「ふむ……バード・トッピング――元々、弱い種族ではないはずなのだが……。やはり油断していたのか? たかが人間一人――、たかが妖刀を武器に戦う少女に隙を突かれて時間を取られるとは……。幹部とは思えない失態だな」


「……あなたは、こうは思わないの?」


 良識那由多は、目の前にあるパソコンを操作するのを一旦止め、後ろにいるストロベリー・ショックの方を振り向いた。


 彼は壁に背中を預け、のんびりと、部下――地位としては同格であるのだが、まるで部下のように扱っている同志が、今まさに戦っていると言うのに――、

 同志のことなどどうでもいい、と言わんばかりの態度で、グラスに入っているワインを口に運んでいた。


 バード・トッピングとイコール・マグナム――。

 彼(?)彼女達に興味も関心もないことが、この態度で分かる。

 世界神殿として魔王の側近……、三幹部として共に行動しているが、信頼関係という、人間と同じような、あるべきの絆の構築は、ジンには存在していないのだろう。


 互いを互いに、道具や記号としてしか、見ていないのかもしれない。

 だからこそ――種として強いのかもしれない。

 信頼関係がなければ、人質のためなど、誰かを守るために自分が犠牲になるという思考回路は発生しない。自分自身のために、全ての行動が決まる。

 生きるも死ぬも自分のため――それは強いだろう。


 信頼を築いたところで弱い――、誰かのために戦ったところで弱いまま。

 人間を見て、それを分かってしまっているからこそ、自分達が強いと分かってしまっているからこそ、ジンは自分の考えに疑問を抱いていない。


 だから、那由多が言う、あるかもしれない可能性に――しかし、一言で。


「もしかしたら、油断も隙も関係なく、

 バード・トッピングを襲ったこの少女が、単純に彼女よりも強い――とか」


「そんなことはないさ」


 ストロベリー・ショックは一言で否定した。


「相手はただの人間だ。妖刀というジンを武器に戦っているが、扱っているのはあの女だ。

 女は人間――、あんな下等な種族に、ジンが劣っているとでも?」


「……万に一でも可能性は――」

「ない」


 ストロベリー・ショックはグラスをテーブルに置く。

 それから那由多に近づき、彼女の首に自分の手を滑らせ、力強く握る。

 那由多の全身から、力が一瞬だけ、抜けた。


「あ、が……」


「これでもまだ力の十パーセントも出していない。もう少し力を強めれば、それだけで人間という種は死んでしまうのだぞ? 

 そんな人間が、だ、ジンに勝てるとでも? 異端世界を甘く見るなよ? 

 人間がジンを使い、少し頑張ったところで、根本的なスペックの差で勝てる可能性など万に一つもありはしない!」


 がは、ごほっ――と咳き込む那由多の首に、彼の手はもうなかった。

 ストロベリー・ショックはかつかつと足音を立て、グラスを手に取り、


「ふむ、おかわりでもしてくるか……。那由多、引き続きログイン・ラインを追え――。

 バード・トッピングの方は……ふん、見なくても構わん。

 見たいのならば見てもいいが、優先はログイン・ラインだ」


 言ってから、部屋の扉を開けて廊下に出ていく。

 部屋の中には大量のパソコンのモニター、そして、那由多、彼女一人が存在していた。


 ストロベリー・ショックがいないこの自由な空間で、

 しかし那由多には出された命令以外に、出来ることはなにもなかった。


 監視がいようがいまいが――どの道、取る選択肢は一つしかない。


「……人間は、ジンには勝てない、か……」


 するとパソコンから、ぴこん、という高い音がして、那由多はすぐにパソコンへ視線を向けた――が、システムになにか問題でもあったのか、詳しく分析しないと分からない類のものだったらしい。ぱっと見て分かるものではなかった。


「……まあ、いいわよね」


 これくらいならば――、見逃したで済むだろう。


 那由多から、ストロベリー・ショックへの――人間からジンへの、ちょっとした抵抗だった。


 ―― ――


 人間など軽く捻ることができる。

 それはジンにとっての共通認識であり、強者として当然、抱く感想だった。


 異端世界にいる種族・総称してジン。

 その内部での戦いでならば、余裕と言える戦いもあれば、隙も見せられない戦いもある。


 異端世界と人間が生息している基準世界とでは、力の差がまったく違うのだ。


 平均的に――求めているレベルが違う。


 世界の流れもまったく違う――、争いが当然の世界と、争いがない世界。


 この世界にやってきた時、バード・トッピングは愕然としたものだ。

 異端世界であれだけの戦いを、争いを、戦争をやってきて、それが染みついていたというのに、なんだこれは――と。

 戦いなどなく、そこにあるのは仲良しこよしの、気遣い合う気持ちの悪い関係を築いている、弱者である人間の平和な世界。


 平和。

 確かに目に見える戦いはないが、しかし、目に見えない水面下での争いは起こっていた。


 これのどこが平和だ――とバード・トッピングは思ったものだ。

 こんなもの、偽善じゃないか。


 平和と言いながら、幸せな者など世界に何人いるのだろうか――。


 世界の平和ではなく、弱肉強食を生き残るために戦っていたバード・トッピングにとっては、人間の思考回路など理解できなかった。

 理解する気もなかったが――興味もなかった。


 もう既に、バード・トッピングは人間の上に立っていたのだ。

 捕食者として、弱肉強食の、強食の方に、立場を置いていたのだ。


 弱い肉は食われる――そのはずだ。

 間違いはない。なのに――なぜ。



「なん――で……」



 ――バード・トッピングは血塗れの状態で、地面を這っていた。

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