第15話 死を司るジン

「いない……ね」

「かなみも、そうおもう? ここは、よろこぶべきところなのかな……?」


「鳥人からの追跡から逃れるために川に飛び込んだわけだし――、

 今、ここにいないとなると、やっぱり作戦は成功してたってわけか……」


 でも、安心はできないよな――という蒼の言葉に、夏理は賛成だった。

 相手はジンである。油断がこれから先の運命を変えることなど、痛い程に分かっている。


 香奈美は既に、

「もう大丈夫じゃないかなー」と結論を出していたが、夏理は、まだ粘っていた。


 まだ――きちんと答えが出るまでは、納得するまでは、やめられない。


「なにか……けはいがする――もしかしたら、ちょうじんかもしれない」

「ほ――ほんとに!?」


「わからない――けど、でも、このまま、ほうってはおけないよね」


 そして、夏理と香奈美は再び空を見上げる。フェアも蒼も、同じように。


 夏理のさっきの発言――気配を感じる、という言葉は、実は的を射ていた。

 確かに、この場に迫っている敵は存在していた。

 だが夏理の失敗はその後――、気配があるからと言って、その迫る敵が空から来るものだと、蒼から聞いたそれだけの情報で、決めつけてしまっていたことだった。


 夏理も悪いが、蒼も蒼で、悪いとも言える――、

 もしも夏理に伝える内容の中に、鳥人以外の話……、たとえば『不明人』に襲われたということも話していれば、夏理は、もしかしたら気づいていたかもしれなかったのだから。


 空ではなく――地上。


 影から忍び寄ってくる敵。

 その気配に、夏理は気づくことができたのかもしれないのだから。


「違う……夏理、空じゃねえ――下だっっ!」



 そして、気づいたのは全員、ほぼ同時だったが――、

 だが、一番最初に動いたのは蒼だった。

 蒼は夏理の影から手を伸ばしてくる『不明人』に気づき、夏理を思い切り横に突き飛ばした。


 香奈美にぶつかり、

「きゃっ」と声を出す夏理は、倒れながら、自分の今いたところを見る。


 そこには蒼――、影から伸びている不気味な手が、蒼の腕を掴んでいた。


「が……ぐ、この――こいつ、力が、強過ぎるっ!」

「――せんぱい!」


 夏理が急いで立ち上がった時、蒼の手を掴む【不明人】・イコール・マグナムの体が、影から、ぬうっと出てきた。初めて見るジンの姿に、夏理も、香奈美も、言葉を失った。


「やっぱ、やられてなかったってわけかよ……ッ!」

「蒼――ここは私が」


 そう言い、フェアが不明人に立ち向かって行くが――、

 しかし風を操り、それを攻撃の軸としているような、基本的に遠距離型のフェアにとって、こうも敵との距離が近いというのは、不慣れだった。

 それに、周りを巻き込む攻撃が多いフェアにとって、近くに蒼という守るべき対象がいる場合は、完全に、身動きが取れなくなる。


 出てきたはいいが、ただ盾になっているだけで、状況は良くはならない。


 そして実際には――悪化した。


 イコール・マグナムが、掴んでいた蒼を投げ飛ばし、フェアを掴み取ったのだ。


「が、あ……ああッ!」


「――フェアちゃん!」


 夏理が叫ぶ。そしてちらりと蒼を見れば、投げ飛ばされた彼は、壁に激突し、小さな瓦礫を頭から被っていた。

 既に香奈美は、蒼の元に駆け寄っていた。そのため、敵との距離は遠く、この場面でフェアを助けられるとしたら、可能性として一番高いのは、夏理だった。


 だが、夏理は震えていた。――不明人・イコール・マグナムから発せられる不気味なオーラに、体が思うように動かなかった。

 見た目的にも厳しいものがあるが、感覚という、第六感を五感以上に使っている夏理にとっては、敵の発する不気味な、言葉にできないその不気味さは、嫌悪感に近いものだった。


 戦うことの――心を折られた感覚。


 逃げることも攻撃することもできないままに、時間がただただ、過ぎていく。

 同時に、情けないと感じてしまう。

 もしもここに奈心がいれば、なんて言ったのだろうか。


 たぶん、彼女のことだから、

「ここは任せて」と言うかもしれない――。

 それに自分は頼ってしまうだろう。


 だから、情けないと、自分自身を嫌いになる。


 香奈美は、攻撃はしなかったけど、蒼の元に、すぐに駆け寄ったと言うのに。


 自分は――なにを……、


「――夏理」


 奈心のような、頼ってしまいたくなるような希望の声だった。

 しかしその声は、蒼から発せられていた。


「ここは任せろ……っ、だからお前は、香奈美を連れて、早く逃げろ!」


 ああ――、あの時と同じ。

 中学時代、蒼が在学している時と、なにも変わっていない。


 ジン絶滅推進部隊に入って、強くなったと思っていたのに――。

 強くなっていたのは、知識と力で……、心の方は、弱いままだった。


 ここで頭を縦に振れば、香奈美を連れて逃げることができる。

 二人で、安心を手に入れることができ、この体の震えもきっと止まるだろう。


 でも――、


 そうじゃない。


 やるべきことは、そうではない。


 直接見た香奈美の目は、まだ死んでいない。

 彼女はやるべきことを分かっている。自分だってやるべきことは分かっている――、


 分かっているのだから――、動かない理由はない。


「せんぱい。かなみといっしょに、にげてください……いえ、いまからわたしがフェアちゃんをとりもどしますので、フェアちゃんを、まもってください」


「いや、お前、震えてるじゃねえかよ! 大丈夫だ、ここは俺が――」


「むしゃぶるいですから、だいじょうぶです。

 それに、わたしには、だいじなともだちがいますから」


 すると、夏理の周りが、空気が、ぶれていく。

 それは霧のように、景色が不明瞭になっていく――。

 まるで、そこに、半透明のなにかが、いるような……。


「大丈夫ですよ、先輩。

 だって、夏理には頼れる存在がついていますからね――【死】のジン……幽霊ちゃんが」


「幽霊……?」


 そして。

 夏理の体に、覆い被さるように、それは姿を現した。


 死のジン・水の精霊の幽霊――。


「いくよ――【シクラメント】」



 夏理のモードが切り替わる。

 ジン絶滅推進部隊としての、戦闘モードに切り替わる。


 オーバー・キルの異名として有名な夜明奈心の部下である飛沫屋夏理も、奈心に次いでジン達には危険と評価をされていた。


 オーバー・キルのような異名はないが、

 夏理の恐ろしさとは、そういう直接的な攻撃の類ではない。


 全てを委ねる――任せる。

 相棒であるジンに頼り切る、安全地帯に身を置く、その『自分ではなにもしない』という傍観の立場を貫き通すその戦い方が、危険だと、ジン達には評価されていたのだ。


 その戦い方で厄介なところとは、人間、戦いの軸である彼女、飛沫屋夏理に手が届かないということ。そして、彼女は徹底して、出てこないというところにある。


 攻撃と防御の二つを持ち、そして能力値で言えば、どちらもマックスに近いのだ。


 そんな彼女と、不明人・イコール・マグナムが、向き合った。


 そして――、


 心のつっかえが取れた夏理は、すっきりとした表情をしていた。

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