――vsイコール・マグナム
第13話 救難信号
「待ってよ夏理! そんなに慌てなくてもきっとすぐに追いつけるって!」
「おいつけたとしても、じかんがたっていたりしたら、いみないの。なここはすぐにえものをしとめて、ころしちゃうんだから。あんまり、そういうことはさせたくないの……」
「ふうん……夏理は優しいんだね……。
でも、だからこそ、あの強さなんじゃない? そういう、『相手をギタギタにしてやる!』っていう意思があるからこその、あの強さなんじゃないのかな?」
香奈美が、すたすたと早足で歩いて行く夏理の隣に小走りで追いつき、満面の笑みでそう言った。童顔である彼女の顔は、幼馴染で昔から一緒にいる夏理にとっては、昔とあまり変わらず――無邪気という表現がぴったりだった。
しかしそう言う夏理も人のことは言えず、中学三年生である彼女がランドセルを背負ったとしても、違和感がないくらいに童顔だ。
それに二人とも背は小さい。髪が短いので、少女の枠に収まってしまい、女性としての色気がないからこそ、幼く見えてしまうのかもしれない。
奈心は女性としての色気が出ているというのに――。
一つ年齢が違うだけだというのに、なぜこうも差が出てしまったのか……。
と、そんな疑問はまったく、いつまでも消える気配がなかった。
髪型とか、髪の色とか――いや、関係ないか。
香奈美は元々から茶髪であるが、結局、なにも変わっていないのだから、問題はそこではないらしい。黒髪である自分が茶髪にしたところで、なにも変わらないだろう。
きっと、こういうのは時間が解決してくれるはずだ、
いま考えるようなことではない――と、夏理はそう思考を置き去りにした。
そして、そんな思考のせいで気づくのが遅れたが、じっと、香奈美の顔を見つめてしまっていたことに、今更、恥ずかしさを感じる。
頬を赤く染めながら、顔を彼女から逸らしながら、夏理はすぐに、速度を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってよ夏理――なんでそんなにわたしから距離を取るの!?」
「だって……顔が、近かったから……」
「ん? 声が小さくて聞こえなかったよ? ほら――もう一回」
もう一回、もう一回――、と後ろから急かしてくる香奈美にイラッとしたので、本格的に無視しようと決めた夏理だった。
まあ、いつも通りならば、すぐに香奈美が半泣き状態になるので、それまでの、期間限定の反抗ではあるのだが。期間限定だからこそ、甘さは捨て、徹底的にやる。
そういうところは、一応は上司である奈心の一部分が似ている、とも言える。
奈心と――夏理、そして香奈美の、ジンと戦うことに対しての気持ちの違いは、一つ。
恨んでいるか、恨んでいないか――になるだろう。
奈心はジンを絶滅させようと、まさに組織としては、名前通り、掲げた目的通りの自立した意識を持っている。
しかし夏理と香奈美――、
彼女たち二人は特別、ジンとの関わりがあったわけではない。
過去に大きな事件に巻き込まれ、ジンから酷い扱いを受けた……というわけでもない。
奈心から聞いたわけではないが――、彼女はそういう過去を持っているのだろう、と、雰囲気的にきっとそうだろうと、夏理は勝手に推測している。
間違っていてもいい――間違っていた方がいいのではないかという、あまり願っていない推測ではあるのだが。
だが、だとすると、酷い過去を持っていないのにあの非道さには問題があるのではないか、と奈心を見る目が変わってしまいそうな気がするが――それはさておき。
夏理と香奈美がなぜこの組織にいるのか――。
なぜ、ジンを絶滅させたいのかという動機は、実のところないと言える。
いや、あるにはあるのだが、しかしそれは、奈心と比べると、奈心と比べなくとも、他の戦闘員と比べても、二人の動機はあまりにも弱過ぎる。
言えば笑われてしまうような、そんな類のものなのだ。
だが、幼いように見えてしまう二人だからこそ、
まだ未熟だからこそ、言える理由なのかもしれないが。
人間を困らせる悪いジンを倒したい。
だから二人はジン絶滅推進部隊に入った。
言ってしまえばこれが理由で――単純に、ジンを倒すという理由よりも、人間をジンから守りたいという、保守的な理由の方が強かった。
とは言え、ジンを倒すことに変わりはなく、結果が伴えば、理由はどうでもいいと言える。
だからこそ組織はこの二人をスカウトしたのだろう。
組織の読みは当たり、奈心と共闘できる程に実力はある。
だから今更、動機になにか、文句をつけることはしない。
それは人それぞれだ――そこまで突っ込むものではない。
組織には言っていないし、未来永劫、誰にも言う気はないのだが――、
その動機の根本のところでは、一人の先輩の言葉と行動が、
大きなきっかけとなっているのだが、それはまた、別の話となる。
「な、夏理がわたしのことをずっと無視してるー……」
「…………」
しつこく無視していると、香奈美がいつも通りに少し震えた声でそう言ってきた。
そろそろ弱音を吐く頃合いだろう――、目元に光る液体が見えたら、仕方なく口を利いてやるかと思っていたところで、夏理は――夏理の視線は、一つの物体に止まる。
なので予想通りに半泣き状態になっている香奈美に構っていることはできなくなっていた。
隣で、
「――む、無視しないでよぉ!」という声が聞こえた気がするが、
返事はせずに、道の端に体を寄せていく。
二人は今、川に沿って伸びている道を歩いていた。
簡単に人が川に落ちないように設置されたガードレールに、夏理は両手を置いた。
そして川を見る――。
やはり間違いなく……あれは、さっき遠目で見た、不確かな推測は、今、確信に変わった。
あれは――人だ。
溺れているのかも……。
いや、動きがないところを見ると、もしかしたら既に息絶えていて、死んでいるのかもしれない。すると、夏理が見ているものを追って、香奈美も目を向ける――そして見る。
青い、その死体かもしれないものを見る。
「ひっ……あ、あ、あれって――」
「なここどころじゃなくなってきたね……とりあえず、たすけにいこう。
ジンとたたかって、たおすだけがわたしたちのやりたいことじゃないわけだし……」
「それは……そうだけど……」
香奈美は進もうと、足を踏み出そうとしているらしいが、だが、足は思ったように進んでいなかった。二人は人助けが目的である。だから死体であれ、なんであれ、人がそこに倒れているのならば、すぐに駆け寄るべきなのだが、さすがに死体は……。
夏理はともかく、香奈美には厳しかったようだ。
もしもあれが死体ではなく、瀕死の、生きている人間ならば、恐らくは夏理よりもすぐに駆け寄っただろう……、しかし死体という、この世のものではない者を対象にした時、香奈美は、心と体の機能を停止させてしまう。
エラー、のような――、
まあ、女子が死体を見て平然としているのもどうかとは思うが。
だが彼女たちは、未熟でも、自衛隊員である。
「……わたし、いってくるよ……」
「あ……、ごめん、ね、夏理……全部、任せちゃって――」
「いいよ、べつに。
じゃあ、わたしがしじをだしたら、すぐにきゅうきゅうしゃをよんでね」
「う、うん! 頑張るよー、わたし!」
香奈美は握り拳を作って真上に振り上げた。
小声で「えいえいおー」と呟いている。
スマホの画面上に存在するボタンを三つ押してから、発信ボタンの一つ押すだけの、簡単過ぎる仕事しか回っていないんだけど……、と伝えようと思ったが、
とは言え、任された仕事に大小はあれど、仕事は仕事――。
本人がやる気になっているのならば、わざわざ水を差すこともないだろう。
代わりに、「よろしく」と伝えてから、夏理はガードレールを越えて、九十度に近い坂道を慎重に下りていく。
目的の水死体――、
まだそうと決まったわけではないが、その水死体は、夏理がいま下りている坂道の、ふもとのところに引っ掛かっていた。
うつ伏せのような体勢で、上半身だけを外に出している。
この視点からでは相手の頭しか見えず――、
だが、夏理にとってはそれだけで、心当たりがあった。
知っている……見たことがある――なんだろう、すごく、関わりたくない人物だった。
記憶に残っているのは彼の姿だった――となると、関わる、関わらない、そんな選択肢など夏理にはなく、強制的に巻き込まれ、そして……、
記憶から消すことができないような印象の強い、強過ぎる体験をしてしまうことになる。
だがここまで足を運んだことによって、夏理の運命は決まっているようなものだ。
既に引き金を引いてしまっている――夏理の、その手で、直接。
ゆっくりと慎重に、ふもとまでやってきた夏理の足首が、唐突に力強く握られた。
死体だと思っていた人物が動き出したこともそうだが、ここで掴まれるということは、このまま川に落ちてしまうかもしれないという可能性が高く、ひやりとした。
最悪の結果とはならず、なんとかバランスを保つことはできた――。
そして夏理は、焦る心を落ち着かせ、屈んでから、彼の肩をぽんぽんと叩き、声をかけた。
「……せんぱい、またですか……?」
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