第12話 オーバー・キル
『……ああ、あるぜ。
まあ、大体の予想はできるが――どうするつもりだ?』
「平行、紐なしバンジーでもやってやるさ――。
方角は、『まるきゅー』方面で合ってるよな?」
『まるきゅ―……?
あの駅中のショッピングモールのことか……ああ、合ってるぜ』
「なら――いい。
っ、くそ、凍るってのはこんなに激痛なのかよ……」
『なんだよ、お前、どっか凍ってんのか?
……なら、川ってのはちょうど良いかもな。
川の水は当然、氷よりも温かいんだからよ――溶けるだろ、そりゃ』
知ってるよ、二重の意味で逃げるには最適だ――と、蒼はそう言ってから電話を切る。
もう、これ以上のアドバイスはいらないという意思表示である。
あ、――と、お礼を言うのを忘れたなと思ったが、
あとであらためてかけ直せばいいかと思って、気にしないことにした。
それに、お礼を言うためには生き残らなければならない――。
つまり、ここで、くたばるわけにはいかない。
「……蒼」
「今から、俺の後方に向かって吹っ飛ぶぞ。
一緒にだ――風を使って……早くっ!」
蒼がいきなり語気を強めた。もたもたしているフェアを急かすためでもあったし、色々と突っ込ませないために強めたものだったが、それよりも優先させるべき理由が、いきなり現れた。
敵――、鳥人・バード・トッピングが、
蒼が動けないことを知って、建物の上から中に、一直線に突っ込んできたのだ。
それを、蒼は見た、発見した。
このままでは、されるがままに相手に壊される。
だから蒼は、再び、繰り返した。
「フェア――早く!
この状況をどうにかできるのは、お前しかいねえんだよッ!」
「う、う……うああああああああああああああああああああああっっ!」
フェアはもうどうにでもなれ、と決心し、蒼の手から離れてから、風を巻き起こし、蒼の体を、そして自分の体を後方へ吹き飛ばした。
近づいていたバード・トッピングを、自分達とは逆方向へ吹き飛ばしながら――、
蒼とフェア、二人は後ろの壁を壊し、外の世界へ飛び出した。
「が、あ……ッ!」
「――蒼!」
フェアは蒼の胸に飛びつきながら、さらに風を起こし、勢いを加速させる――、その加速は正解だった。もしも加速させずに、このまま進んでいれば、恐らく蒼は、川に到達することができずに、地面へ落下していた。ぐちゃぐちゃの肉塊残飯になっていただろうから。
だが、加速したとは言ってもギリギリで……ひやひやものだった。
蒼の足――、凍った足におまけでついてきていた地面が、さっきのごたごたで、一部分はくっついたまま……どうやら、これが重りになってしまっているらしい。
「って――このままじゃ……」
そこでフェアが気づく。
このまま着水すれば、この重りが蒼を川の底へ沈めてしまうのではないか……。だが、こればかりはどうしようもない。フェアの風は、岩のようになってしまっている地面を破壊することはできない。だから、これは賭けだ。
川の水温で蒼の足の氷が溶け、
岩との接着部分が無くなるという希望に賭けるしかなくなっていた。
溺死するまでの時間との勝負だ。
「……なんとかなんだろ――」
蒼は、そんなことを言う。
のん気に――自分の命のことだと言うのに。
「不幸続きで終わるかよ――人間万事、塞翁が馬……幸運と不幸は上手いこと回ってる」
「そう、ですね……」
短くもそう言葉を交わしてから、二人は、もしもフェアが人間サイズにならば、二人は抱き合っているような体勢のまま――そして、着水した。
小規模な爆発音のような音が響いてから、水飛沫が舞う。
近くを通った、どんなストーリーにも関係してこない一般人は、なんだ? と首を傾げてから、しかし興味はそれで終わったらしく、すぐに自分のことに意識を戻す。
そんな一般人は――、しかし今度はきちんと、確認することができた。
今となっては当たり前のことである光景だが――、
こうしてあらためて見てみると、異常な、この光景。
鳥人が、羽を羽ばたかせて、空中に停滞したまま、川をじっと、見つめていた。
一般人は彼女の呟きを聞く――、
バード・トッピングは、
「逃げ足だけは早いこと――まあいいわ。
追跡者はあたしだけではないことを、思い知るといいわ……」
と言い――それから口元を歪ませた。
誰が思う。
ここでストーリーは一旦、終わったはずなのだ……鳥人・バード・トッピングの余裕の笑みでストーリーは一旦、切り替わる場面ではある……。
のだが、誰もがそう予想できてしまうからこその変革……、道をはずし、一般人とは違う見方で世界を動かそうとしている者だからこそ、
誰もが予想するその当然の展開ですらも、打ち破り――当たり前を拒絶する。
彼女――、バード・トッピングのちょうど真下にいた、一人の少女は。
一般人の後ろをすうっと通り過ぎ、追い越し、そして手を真上に、振り上げた。
変化が現れる――、
不意の感覚に思わず声を出してしまったのは、バード・トッピングだった。
笑みのように歪んだ口元は、しかし――次の瞬間には【逆への字】から本来の【への字】に形を変える。羽ばたきが止まり――いや、強制的に止めさせられて、その羽は自由を奪われる。
取られなかっただけまだマシだと言えよう――。
死角からの不意打ち。一撃以上の複数撃は、羽を掴み、引き千切る……。
掴み、毟り取る系統ではないだけ幸運だった。
とは言え。
だからと言って一撃以上で斬られているこの状況が良いというわけではないのだが。
花びらのように舞う羽……、自分の意思ではなく相手の攻撃で抜けている羽を見た時、バード・トッピングのプライドは、ズタズタのボロボロにされていた。
防御さえもできずに攻撃を喰らい続ける彼女は――、理性を捨て、防御を捨て、怒りを真下の少女に向ける。
「こんの……ガキ……ッ!」
「あら、言葉遣いが荒くなっているようだけど――冷静ではないようね、鳥人さん?」
少女はそう言いながら、腕を振り、攻撃の要となっていた刀……、鞭のようにしなり、蛇のように気味悪く動く、もはや刀と言えるのか分からないものを、操る。
操る刀身はバード・トッピングの周りを一周、二周……、そして彼女の体にぐるぐると巻きつき、彼女の動きを止め、羽ばたきも止めさせ、落下を助長する。
そして増長だ。
動けば動く程、もがけばもがく程、体が切り刻まれるこの状況では、さすがのバード・トッピングでも抵抗はしなかったようで、素直に落下してくる。彼女にとって空中から地面に落下することなど、大したダメージにならないのだろう……、だからこその判断だと言える。
少女と同じ位置……、同じ位にまで落下してきたバード・トッピングは、まともに動けないまま、地面に頬を擦りつけているような状態のまま――、見上げ、少女を睨みつける。
逆に少女は見下しながら、
「覚悟はできてる? 『町で暴れている』という理由、建前があるから、こっちとしては遠慮なくあなたを【裁く】ことができるのよね――当然、殺すことも、ね」
「ふん、裁く――ね。まるであたしが罪を犯したような言い分よね」
「犯しているわよ? 存在しているだけで、もう罪……ジンなんて、この世界にいらないの」
「あなたの持っているその刀だって――ジンなのに?」
「順番――優先順位の問題……、私の意思は変わらない。
誰だろうと例外なく、ジンという存在だけで、世界からはいらない。消す――私が消す。
ただ、この子はビジネスの関係でね、あなた達、ジンを殺すのに利用できるから利用しているだけで、この子をこの世界から消すのは、最後でいいのよ。
……だから、今はあなた。結局、優先順位の問題なのよ」
少女――夜明奈心。
ジン絶滅推進部隊・関東軍第二部隊――部隊長。
彼女は仕事に思い切り私的な思想を持ち込んでいたが、それでも、そのせいで仕事がなおざりになるようなことなどはない。
趣味が仕事のようなもので、やり過ぎはあっても、そこに甘えは存在しない。
バード・トッピングは知る由もないことだが、ジン達の中でも夜明奈心の名は有名だった。
【オーバー・キル】――という異名。
人間に恐れられているジンの中でも、奈心は恐れられていた。
そして【世界神殿】幹部であるバード・トッピング。
ジンと人間という、勝敗など分かり切っているようなこの試合で――、
しかし出される賭博の掛け金は、半々だった。
倍率だって――そう差はなく、それが意味することはただ一つ。
勝敗は、誰にも分からない。
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