第11話 水色の羽

「建物に入ったけど、ここからどうすんだ!? 

 ――って、おいおい、なんか天井が崩れてくるんだけど、あいつこの建物ごと壊す気かよ!」


『まあ、当然の対応とは言えるか……力を持つジンならそうする――オレでもそうするしな』


「じゃあなんでお前はこの建物に入ることをアドバイスしたんだよ! 

 こんなの、自ら行き止まりに突っ走ってるだけじゃねえか!」


『そう言ったんだよオレだって――でも、こいつが言うから』


 いや、僕のせいにしないでくれるかな――、という声が微かに聞こえたが、だがその声が一体誰のものなのかは、蒼には分からなかった。

 まあ、声からして聞いたことがない声だったので――それに、電話という、電子的な声で、肉声ではなかったせいもあるかもしれないが――蒼の知らない者の声だった。


 天戯の傍に誰かいるらしく、しかも自分のわがままな要求に対して、しっかりと考えてくれているらしい。助かる、という気持ちと同時に申し訳ないという気持ちも、多少はある。

 天戯だけならばいいのだが、もしかしたら天戯の傍にいるその人まで、巻き込んでしまうかもしれないのだから。


「くそ――、なんで俺ばっかりこんな目に……」


「毎回それ言ってますよね……、私、思うんですけど、それを言って、溜息を吐くから、幸運がどんどんと抜けていってしまっているんじゃないでしょうか……? 

 いや別に、根拠はなにもないですよ?」


「慰めてはくれないんだな。その冷たさもいつも通りというか、恒例だよな」


「だって――蒼がこういう面倒事に巻き込まれるのはいつも通りですし……。逆に、ジン関係の面倒事に巻き込まれない時の方が少ないんじゃないですか? 

 事件の大小を関係なくすれば、休日はいつもいつも駆け回ってるじゃないですか。

 蒼って、出先で毎回、殺人事件に運悪く、

 いや、展開的には運良くでしょうか……に、遭遇してしまう探偵ですか」


「探偵よりも良い仕事をしてると思うけどなあ。主に頭ではなく体を動かして!」

「いつも登張さま頼りですものねえ」


 建物の中、天井が割れ、瓦礫が頭上から降ってきている状況でも、蒼は、フェアとそんな会話をしながら走り、無傷で室内を駆け回る。

 こういう状況に慣れてしまっていることもそうだが、さり気なくフェアが、蒼の頭を潰す軌道に乗っている瓦礫を風で移動させているおかげによる、無傷だった。


 蒼はそれに気づいていない――フェアが気づかせていないだけだったが。


 言葉遣いに少しの乱れがあったり、慣れ慣れしい時もあったりするが、関係上は蒼の方があるじで、位で言えば高いのだ。

 フェアが仕えている。だから主である蒼にはあまり、負担をかけたくはない。


 元々、背負えないはずの負担を背負わせてしまっているのだから、この状況でフェアに無理をさせてしまっているという気遣いを、蒼にはさせたくはない。

 フェアの気遣いが、今の蒼の命を守っていた。


 すると、危険察知の能力に関して言えば敏感なフェアが――、一番初めに気づく。


 崩れた瓦礫。

 間一髪、蒼の目の前に着地した瓦礫の一部に、羽が付着していた。


 水色の羽――、そして蒼もフェアよりも遅れて、その羽に気づく。

 建物の中に入る前は、確か赤色の羽だったはず……、

 その羽は、すぐに燃え上がったと記憶している。


 爆発して――燃え上がった……となると、この色は。


「……嫌な予感しかしないんだけど……」


「逃げた方がいいですね……わざわざこうして、隠してきたということは、相手は私達にばれる前に仕掛けたかった、ということでしょう。

 決定的な一撃ではないからこそ――だからこの羽の効果は、恐らく――」


 フェアの推測は的を射ていたが、射ていただけで、後の対処までは頭になかった。


 どんな球種でくるのか分かってはいても、打てない状況――とにかく体が追いつかない。

 すぐにでも走って逃げていれば、かろうじて逃げ切れたかもしれなかったが――もう遅い。

 目で見て確信を得ようとしたのが間違いだった……時は、既に遅く。


 蒼の足は、カチコチに凍っていた。


「ぎ、……い、って、え……ッ!?」


 凍るというのはただ単純に動きを止めるだけではない――痛いのだ。

 常に氷に触れているのだ……手で握って、限界を感じたらすぐに手放すことができるような自由な状態ではなく、蒼は足を、足首までを氷で覆われてしまっている。

 抜け出せず、冷たさを真正面から喰らっているのだ。


 蒼の表情が激痛で歪んでいく――まずい、とフェアが思った。


 蒼の体力がゆっくり、ゆっくりと、奪われていっている。


 そしてこの、動きを止められた状況――、相手は作戦がはまったと、作戦通りだと思っているだろう……だとすれば、すぐにやってくるはずだ。

 その後、蒼がどういう扱いを受けるかなど、フェアには容易に想像ができた。


 蒼は、スマホをもう耳に当てていなかった――当たり前だ。

 激痛の中で、余裕がない中で電話などできるはずがない。もしもできていれば、それは逆算で、まだピンチでもない状況だということになるだろう。


 電話先のアドバイスなど蒼の耳に入っていないだろう。

 そもそも蒼が今、どんな状況なのかすらも、伝わっていないはずだ。


 ――どうする? 


 そして――フェアが取った行動は、一つだった。


「……私が、戦います」

「フェア……、やめろ」


 蒼がそう言って、足が凍って地面に張り付いて動けないために、体だけを前に出し、今にも飛び上がりそうになっていたフェアの体を掴む。

 ぎゅっと――、それだけでフェアはこの場から一歩も動けなかった。


 羽を使えば蒼の手など振り払える。

 しかし蒼の手が無事では済まなくなり、それでは本末転倒だ。


 だからフェアはなにもできず、

 蒼を説得することしか、状況を打開する手は残っていなかった。


「ど、どうしてですか――行かせてください、私、戦えます。――蒼を、守れます!」


「やめろ――これは、わがままじゃねえぞ? ……嫌な予感がするんだ」


 蒼の胸中を渦巻く嫌な予感――、

 どす黒く、ドクロが描かれている。


 死人が簡単に、いとも簡単に出てしまうような不幸感――、

 蒼の予感だ……。

 日常的に、常時周りが騒動になっていく蒼の中で出現した嫌な予感は、確実に近い。


 見て見ぬ振りはできない――しかも今、この瞬間に抱いた予感だ。


 フェアが関わっていることは確実だ。

 敵は強く、フェアよりも実力は上だ……そんな地獄に易々とフェアを行かせるわけにはいかなかった。だから蒼は動いた――、

 動けない中でも最大の動きを見せて、フェアを引き止めた。


 そして、


「……逃げるぞ――フェア」


「――どう、やって……」


 敬語も忘れて疑問を口にしたフェアへの返事は、まだだ――、


 蒼は、電話を再び耳に当てて、



「この廃墟の近くに、川、あったよな?」

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