――訓練場の少女隊員

第6話 妖刀使いの少女

 ふう、ふう、と深呼吸を繰り返す。


 まぶたを下ろして視界を潰し、暗闇に意識を潜ませ、頼れるのは聴覚と嗅覚だけという状況を作り出す。第六感を呼び覚ますという意図もあるにはあるが、それに関しては無理に呼び覚まそう、とは思わなかった。


 自由自在に使えればそれに越したことはないが、だが、やろうと思ってできるものではないというのは、分かっている。まるで神頼みのようなものなのだ――、理想に手を出す前に、まずは現実を固めるべきなのだ。


 静寂の中――真っ白な空間、その中心地点に立っている少女は、右手で握っている刀を真横に振った。ほぼ同時――、いや、僅かながら、少女の方が動き出しは早かった。

 それからその刀が、

 遅れて飛び出してきた、左から右へ低空飛行しているブーメランを、斬り落とした。


 二十メートル先を飛ぶ――ブーメランを。


 少女の持っている刀は、長く、長く、刀身が伸びていた。

 それは、まるでムチのようだった。


 しなりも音も、刀と言うよりは、鞭と言った方が説明する時には分かりやすい。

 だが攻撃性としては、鞭のような叩くことに関しての性能は低く、やはりここは【刀】と言った方が正しいのだろう。


 斬る――切断する――のが、最大の攻撃方法なのだから。


 少女はとんとん、と指で柄を軽く叩く。すると、刀身はまるで蛇のように、うねうねと動いて元の長さに戻っていく。今の、ブーメラン撃破で、ちょうど百発目……。

 今日のノルマはクリアしている。きりも良いし、休憩に入ろうと、少女は刀を鞘に納めた。


 すると、


 ――集中力がないんじゃねえか? 

   いつもよりも反応が鈍くなっていやがる。


「……ん、そうかしら? 最近、日常生活に特別、支障はないんだけど――。でも、こうして訓練に影響が出ているってことは、なにかしらの問題があるのかもしれないわね」


 ――なんだあ? 

   否定をしねえのかよ。


「否定? しないわよ、可能性の話をしたまで」


 ふん、つまらない女だな――と、鞘に収まっている刀が、そして黙り込んだ。


 少女・夜明よあけ奈心なここは、ふん、と息を吐いてから、訓練室の部屋から外に出る。外の横長のベンチには、二人の少女がスポーツドリンクを飲んでいた。

 汗なのか、シャワーを浴びた後なのか……。

 髪の毛先から垂れている水滴が、神秘的に綺麗なので、判断がつかなかった。


「あ――なここ、おかえり」


「――こ、これ! 奈心ちゃんに、飲み物! スポーツドリンク、です!」


「うん、ありがとね」


 奈心は差し出されたペットボトルをにっこりと笑顔で受け取り、蓋を取って、一口だけ飲んだ。それきり、蓋は閉めて、ペットボトルはベンチに置いておく。


 時間にして、三十分もない――恐らく二十分くらいか……。

 三百六十度、あらゆる場所から飛び出してくる、面積の少ないブーメランを斬り落とし、または、撃ち落とす訓練をしていた。時間が短いのもあるが、奈心にとってはもう既に慣れている、毎日の日課になっている訓練なので、まったく疲れるということはなかった。


 当然、喉だって渇いていない。

 だがせっかく差し出してくれたのだ……いらないとは言え、拒否するのも可哀そうだった。


 すると、ねえ――と、

 目線は自分の持っているペットボトルに向いている少女が、奈心に声をかける。


「その、かたなくん、さっきからぶつぶついってるけど、いいの? むしして」


「いいのよ、別に。【これ】とはただの仕事のパートナーってだけ。友達でもなんでもないのよ。だからこうしてプライベートな時に話しかけられても、困るってこと」


「ふーん……、でも、なんだかかわいそう」

「可哀そう……? これは、ジンなのに?」


「うん――なかまごろしをしてくれているのに、そんなあつかいはかわいそうだなって。

 いつもいつも、なここをみてて、おもってたよ」


「…………今日はなんだか、攻撃的じゃない? ――夏理なつり


 夏理と呼ばれた少女・飛沫屋しぶきや夏理なつりは、そうかな? と自分の言葉に疑問を覚え、そう呟いた。

 会話はそれで終わり――、なんだか喧嘩の一歩手前のような空気が流れてしまったが、しかし毎日毎日、これに似たような空気は出現しているので、奈心も夏理も慣れたものだ。

 慌てる様子は微塵もなかった。


 ただ――、もう一人の少女・亜希あき香奈美かなみは別で、彼女は、あわわわわ、と口を開き、両手で口を覆うようにして、焦っていた。

 喧嘩を止めたい気持ちはあるのだろうが、しかし、止めるための一歩を踏み出せない。人前に出るのが苦手な少女に必ずと言っていい程ある、その一面が、ここで顕著に出てしまっていた。


 まあ、これもいつも通りなので、特別、慌てる様子もないのだが。


「……だいじょうぶだよ、かなみ……だからおちついて、ゆっくりしんこきゅうをしよう」


「うう……だって、だって、喧嘩になったら、どうしようって、考えてて、夏理と奈心ちゃんは二人とも友達だから、そんなの絶対に嫌で……それで、それで――」


「はい、のみもの――どばー」


「――っ、ぶごはあ!? ちょ、夏理!? いきなり飲み物を口に押し付けないで! 

 深呼吸できないし、そもそも、呼吸すら危ないから!」


「うん――でも、げんきでた」

「……それは、そう、だけど……」


 そんな、夏理と香奈美のやり取りを背中に感じながら、奈心は着替えを始める。

 訓練室を出たこの場所は休憩場所――、奈心、夏理、香奈美の三人の専用の場所なので、女同士で恥ずかしさもない奈心にとっては、ここで着替えることに抵抗はなかった。


「奈心ちゃん!? どうしてここで着替えるの!? 全部、見えちゃうよ!?」


 香奈美は過剰に反応していたが、


「見なくていいわよー。

 目を塞ぐとか、視線を逸らすとか、やりようはいくらでもあるんだからー」


 と、奈心はそうアドバイスをしておいた。

 見なくても分かるが、香奈美はきっと正直に言われたことを全て実行しているのだろう。

 目を塞いで、加えて視線もはずしているはず……、ここまで素直な子というのも珍しい。


 この世界――、敵対種族が存在しているこの世界では珍しい、貴重な子だった。


「かなみはね、あぶのーまるだよねー」

「むう? ……どういうことなの?」


 そんな夏理と香奈美の会話はさておき――、

 奈心は夏なのにもかかわらず着ている冬服を脱いだ。

 生地は厚く、体の中はまるで蒸されているように火照っていた。


 ――なんでそんな厚着してやがんだよ……。

   枠外の冷え性ってわけでもねえんだろ?


「ジンが私に喋りかけないで。言ったはずよ――、私とあなたの関係は、ビジネスだって」


 ――……こっちは必死に働いているってのに。

   お姫様は容赦がねえなあ……。


「容赦なんてするはずないでしょう……。

 あなた達ジンは、私の復讐の相手なんだから」


 ――別に、オレは殺してねえんだがな……。

   ま、そういうレベルはとっくのとうに越えちまってるのは、分かってはいるが――。

   しかし、理不尽じゃねえか? 

   お前の家族を殺したのは、オレの種族じゃねえんだろ?


「何回も話し合ったはずよね? 種族がどうとか関係ない。

 私は、ジンという存在を世界から失くしたいだけ……絶滅させたいだけ」


 ――……まったく、お似合いな組織だぜ、ここはよ。

   お前には、な。


 冬服を脱いだことによって素肌を晒している奈心――、彼女の体には、少なくない数の傷があった。見ているだけで痛みを共感してしまうような傷ばかりだった。

 しかし実際に、同じ痛みを想像することは、不可能だが。


「さすがに、慣れている訓練とは言え、汗はかくわよね……」


 ――そりゃ、熱が服の中にこもるからな。


「黙れ」


 ――へいへい。

   【お喋り刀】のシナリクビちゃんは黙ってますよーだ。


 いじけているように見えて、しかし嬉しそうにしている【妖刀】シナリクビは、それからは黙っていた。奈心の殺意が伝わったのだろう。実際、奈心は、次にシナリクビが喋れば、その刀身を叩き折っていたところだったのだ。

 別に、刀の――そう、妖刀の一本や二本、なかったところで、代わりのパートナーはいくらでもいる。いなかったとしても、奈心が困ることはないのだから。


 代えの冬服――、フード付きのパーカーを着てから、服の内側に入ってしまっていた長い黒髪を引っ張り出し、外気に触れさせる。

 大胆に頭を振って、髪を躍らせ、垂らす。

 そして長過ぎる前髪を横に寄せるように、彼から貰ったヘアピンをつけて、準備完了だった。


 とは言え、別にデートに行くわけでもなく――、今日もまた、出撃するのみだ。


 ジンを殺しに――絶滅させるために。

 その手を赤く、染め上げるために。


 服の代えは、また買ってこなければ。

 赤く染まった服をまた明日も着るのは嫌だった。


 シナリクビの入った鞘を取り、腰に差す。たった少しだが、冬服のおかげで刀は隠しやすい……、まあ、夏に冬服を着ているので目立って仕方なく、同時に腰に差さっている刀にも視線はいってしまい、結局、ばれてしまっているのだが……。

 まあ、一般人にばれたところで、任務に支障はなかった。


 政府にばれたら厄介だが――、

 厄介なだけで、困ったことにはならないだろう。


「――あ、なここ、そういえばさっき、じょうしさんからでんわきてたよ。

 いちおう、でて、あいてしたけど、

 やっぱりなここがでてくれっていってたから、かけなおしてあげて」


「上司……どの上司なのか、ね。

 仕事があるのは嬉しいけど、あのハイテンションは苦手なのよね――」


「うん、そのはいてんしょんのひとだった」


 夏理の報告にうんざりしながら、しかし電話をかけ直して仕事を貰わないことには動くことができないので、仕方なく、重い足を動かした奈心だった。

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