第4話 ログイン・ライン

 那由多は表情を変えなかった。

 しかし、心の中では感情が、迷いが、渦を巻いていた。

 確かに知っているが――、だが簡単に言っていいものなのか……。


 ジンである彼らが【ログイン・ライン】という言葉を知っているのならば、当然のように、それに付随している『あれ』のことも知っていることになるのだが――。

 だとすれば、なぜ那由多は呼び出されたのか。


 隠してもどうせばれるだろう――悪印象を植え付けてしまうくらいならば、最初から言ってしまった方が気が楽だ。もしも彼らが『あれ』のことを知らないのだとしても、いずればれることである。言ってしまっても問題はなかった。


「ええ、知ってるわ――、

 ログイン・ライン……『架け橋』とも呼ばれている能力のことでしょう?」


「所有者のことは?」

「……知っているわよ」


「少し間があったな……もしかして知り合いだったのか? 

 もしもそうなら、少し今回の手伝いは酷なことになるかもしれないな――」


「なにをするつもり? 命を奪う、とでも言うつもりなら、さすがにパパを人質に取られている私でも、躊躇いはあるわよ? いつも以下の動きになってしまうかもしれないわよ?」


「いやいや、命を奪うことはしないさ――能力を最大限、引き出したいだけさ。

 殺すなんてもったいない。彼にはもっともっと、活躍してもらわなければいけないのだから」


「…………」


「人間の中で、唯一の能力者だろう――彼は。探せば他にもいるかもしれないが――、あそこまでオープンにしているのは彼だけだろう。

 とは言え、彼も【無自覚能力者】なのだから、

 彼自身は、自身の能力のことなど知っているわけがないのだがな」


「能力ではあるけど、あれは自然に起こる【現象】のようなものでしょう? 

 どうすれば能力が発動するのか、分かっていないはずだけど――、

 最大限に引き出すって、あなた達、使い方を分かっているとでも?」


「逆に聞くが――お前は知っているのか?」


「……一応は。――って、色々と聞いてくるってことは、あなた達、なにも知らないってことじゃないの? 今から情報を集めているんじゃあ、作戦もがばがばになるわよ」


「知っているさ――ただ、お前のログイン・ラインについての知識を知りたいだけさ」


「……分かったわよ。

 ログイン・ライン――あなた達【ジン】が異世界からこの世界に来た原因になっている能力。

 今から十六年前ね。正確な能力の仕組みは明らかになっていないけど、どうやら私達の世界、【基準世界】とあなた達、ジンの世界――【異端世界】を架け橋のように繋げて、

 異端世界のジンをこちらに呼び寄せている――とまあ、こんな感じだとは分かるけど」


「私達を人間界に召喚した、とも言えるな」


「『基準世界』よ。いや、まあ、それはともかくとしても――、

 十六年もの間で、ジンは劇的に増えた。今では人間の権利が剥奪されているわけだしね。

 今でこそあまり新しいジンは出てきていないけど、昔は――十六、五、四年前が、一番酷かったんじゃないかしらね? 最初だからこそ、かもしれないけど――。

 強力なジンが圧倒的に多かった。

 あなたみたいな鬼人や岩人がんじん――手のつけようがないジンが多かったからね」


 そして、ここまでが私の知っていることよ――と、那由多がそう締める。


 すると、ストロベリー・ショックが、


「――なら、能力の発動の引き金が【感情】だということは知らないのか」


 と、那由多の情報収集能力でさえ手に入れることができなかった情報を言う。

 ばっ、と那由多はソファから腰を上げ、前のめりになる。


 引き金が、感情――、

 どうして、そんなことが? とでも言いたそうに、ストロベリー・ショックを見つめる。


「少し考えれば分かることだと思うがな――、十六年前に能力が発動した。能力者はその時、生まれたばかりの赤ん坊だったのだろう? 赤ん坊がなにを考えているのかはとてもじゃないが分からないが、必然、泣くだろう。

 そこに感情がないわけではない。

 大泣きする程の感情――、今ではそうそうないだろう。十六歳の少年の感情を高ぶらせることなどな。だからログインラインが効果を最大限、発揮していたのは、感情が高ぶることが多い、子供時代だったというわけだ。

 これで分かっただろう――感情が引き金なのは、間違いはない」


「…………」


 那由多は上げた腰をゆっくりと下ろした。

 ストロベリー・ショックの根拠に納得したからだ。そこまでの根拠があれば、反対意見を言うことなどはできない。

 それ以上の根拠を見つけることは、できない。


 正直――、那由多は情報収集能力で言えば、彼に勝っていると思っていたのだ……、しかし、相手の方が何枚も上手だった。なぜ、ここに自分が呼ばれたのか、疑問に思ってしまう。


「――感情がキーになっている。それは分かったわ――、それで、私はどうすればいいの? 

 私なんて役に立たないと思うけど――」


「いじけるなよ。私だって完璧じゃないんだ。お前の力が加わってくれれば、不完全が完全になる、ということなんだ――だからお前の力が必要なんだよ」


「――慰めなんていらないわ……いいから用件を言いなさい」


「それもそうだ。なら、人の感情を高ぶらせる――どうするのが一番、簡単だと思う?」


「……そうね――嬉しさ、喜び、かしら?」


「真逆だな――私が思うには、悲しみ……からの、怒りだ」


 そして、那由多は分かった。

 一体、ストロベリー・ショックがなにをしようとしているのか、分かってしまった。


「……まさか――ッ!」


「ログイン・ラインが大切にしている人物を拘束し、傷つける。

 それを見たログイン・ラインがどんな感情を抱くかくらい、分かるだろう?」


 言葉を失った那由多は――、しかし、なんとか声を絞り出して、聞く。


「……悲しみを抱かせて、能力を発動させて――、なにが望みなのよ?」


「我々の王の召喚。【魔王】の召喚だ」



 那由多に任された手伝いはたったの一つ――。

 リアルタイムで、ログイン・ラインの居場所を突き止めること。

 そしてそのまま、追跡すること。


 直接、戦うことはなく、傷つける役割ではないのだが――、

 だが、裏で動き、逃げられるという希望を潰しているこの作業は、誰よりも酷なのではないか、と思えてくる。


 彼を――、彼の大切な人を傷つけるきっかけを作ってしまっている。


 でも、ここでやめるわけにはいかなかった。

 那由多は総理大臣、そして全国民の命を握っているのだ。

 たとえ友達でも、全国民と一人や二人、比べられるわけもない。


「やってくれるだろう? ――那由多」


 そして那由多は――心を殺す。


 その瞳は青く、蒼く――冷え切っていた。

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