――天空の会合

第3話 鬼人・ストロベリーショック

 東京――、

 スカイツリーを越える高さのビルが十を越える数、建っている。

 中でも最高の高さを誇るビルの中――、

 その最上階では、一人の人間と一人の魔人――【ジン】が向き合っていた。


 テーブルを挟んでソファが二つ……、

 座っている二人の内、一人は良識りょうしき総理大臣――。


 額から流れている汗を拭き取ろうとはせず、じっと、目の前に座るジンから視線を逸らさないように努力をしていた。逸らせば、いつ殺されてもおかしくはない――。

 そんな緊張感だったのだ。


 もう一人は――種族は【鬼人きじん】ストロベリー・ショック。

 人間と大きさも外見も変わらず、長い白髪が腰まで到達している。

 特徴を言えば、額の上の部分に、小さな角が二本、生えているだけか……。

 彼は、緊張によってなのか、恐怖でなのか判別できなかったが、がたがたと震えている良識総理を見つめ、そして微笑んだ。


 良識総理は、その微笑みで完全に、戦意が喪失していた――、いや、そもそも戦意など最初から存在などしていなかったが……。微かな、抗う心さえも、砕かれた。

 なにもできず、ただ従うだけの、操り人形になってしまっている。


「そう緊張しないでくれますかね……、なにも私は、あなたを捕って食おうとしているわけではない――あなたを殺しても、良いことなどないですからね。

 そういう無駄なことは、あまりしたくはないんですよ」


「は、はあ……」


「せっかく人間界――いえ、【基準世界】ですか――中でも日本のトップをこうして手中に収めることができたのですから。上下関係は私達『魔人』が上。人間が下――これは決まりです。

 あなたがそれを広めてくれましたからね。こちらとしても、あなたの権利や影響力は、利用したいのですよ……搾り取れるまで、搾り取りたいものです」


「……それで、今日はどんな御用なのですか……?」


「――そうですね、さっさと本題に入ってしまいましょうか。

 私が今回、望むものは、あなたの娘さんを、私達に貸してもらえないか、ということです」


「娘を――那由多なゆたを、ですか……?」


「ええ。彼女の情報収集能力は大したものです。たまに利用させてもらっていますが、すごく良い。使いやすい――自分の糧としたいくらいだ」


 ぺろりと、ストロベリー・ショックは舌を出し、唇を舐める。

 良識総理はごくりと、生唾を飲み込んだ。

 野生としての本能が訴えてくる――関わるな、と訴えてくる。


 だが、娘を簡単に差し出すわけにもいかない――。

 父親としての責任が、ここから逃げ出してしまえ、という本能に打ち勝った。


 良識総理は、恐る恐る、


「……娘には、危険なことはあまりさせたくないんです――ですから、悪いのですが……」

「そうですか――なら、娘さんの意見も聞きたくはないですかな?」


 は? という言葉は出なかった。

 出るよりも早く、部屋の扉ががちゃりと開き、一人の少女が姿を現す。


 ハーフなのかと思ってしまう程の、金色の長髪――、だが間違いなく日本人……染めたということを知っている総理にとっては、見慣れた姿だった。

 父親としてではなく、総理として会うからなのか、服装は学校の制服だった。

 いつもは私服で会うことが多いので、制服姿の娘を見るのは久しぶりだった。


 いや、それはともかく――、

 なぜここにいるのか、総理の頭の中に浮かぶ疑問はそれだけだった。

 娘である良識那由多を見つめながら、総理は小さく、「なぜだ……」と呟いた。


「――パパ、私、やるから――はい、これでこの話はお終いね」


 ぱん、と手と手を勢い良く合わせて、高い音を鳴らす。

 たったそれだけ――それだけの一言で、那由多がジンに力を貸すことが決定したらしかった。


 総理は父親として、なんだそれは! と叱りたかった。

 しかし立ち上がり、娘に駆け寄ろうとしたところで、足を、掴まれた。


 不気味な、手に――。

 それがなにか、判断する前に、目の前には、ストロベリー・ショックの顔があった。

 意識は全てそこに集約されてしまい、逸らすことができなかった。


「総理――、ここから先は私達と、彼女……那由多の空間となります。

 出て行ってもらえますか?」


「そんな、こと――」

「【イコール】、離せ」


 すると、掴まれていたという感覚がなくなり、足が思うように動けるようになった。

 それが合図――、ストロベリー・ショックは総理の背中を優しく押しながら、出口へ誘導する。総理は、抗えず、そのまま娘の横を通り過ぎ――彼女の顔も、近くから、真正面から見ることもできずに、部屋の外へ出されてしまう。


 扉が無情にも閉まっていく。

 中にいる娘は、最後まで振り返ってはくれなかった。


 ―― ――


 扉ががちゃりと音を立てて閉まった時に、初めて那由多は振り向いた。

 父親の姿は扉に阻まれてしまって見ることはできないが、気配を感じることはできた。

 扉の前で、まだ、父親は娘の事を思っているらしい。


 今すぐにでも扉を開けて娘を取り返したい、そんな心情なのだろう――、しかし総理という立場、ジンという強大な存在のせいで、動くことはできなかった。

 それに総理だとしても、一人の力など、ジンの前では無でしかない。

 無のまま突撃するのは無謀でしかない。


 そしてすぐに、気配が消える。

 父親は扉の前からゆっくりと、この部屋から去って行った。

 那由多は頷き、それでいい――と、扉から視線をはずした。


 そんな彼女の横を通り過ぎ、追い抜いたのは、ストロベリー・ショック――。

 彼はソファに座り、那由多に向かって指を向け、くいっくいっ、と、座れ、と促してくる。


 突き刺さる視線のせいで、それはもう命令のようなものだったが――、命令だったとしても、でなかったとしても、那由多は最初から抗う気などはなかった。

 ストロベリー・ショックに行動を先読みされて――、つまり、『ストロベリー・ショックが命令したから那由多は座った』という状況を演出しただけだろう。


 そんな自己満足的な演出など、されたところで問題はない。

 逆に、ここは調子に乗らせておいてもいいかもしれない。

 油断は、大きな隙を生むのだから。


 反応は示さずに、那由多はソファに座り、


「……約束は守ってくれるんでしょうね……?」


「ああ、それは守るさ。私は守れる約束しかしない主義でね。

 ただそれはお前の方が守れば、の話さ……もしも、お前が私達を裏切るようなことがあれば、すぐに総理を殺す。すぐにでも東京にいる人間を、一人残らず、殺す」


「――ならいいのよ。

 それだけを確認したかっただけ――。あなた達、ジンはすぐに人間を騙してくるからね、油断ならない。まあ、力が圧倒的に違うことを考えれば、その思考回路も納得だけど――。

 それで、今日は、なんの用なのかしら? いきなり呼び出されて、従わなければ総理を殺すなんて脅しをされたから、こうして仕方なく従っているし、さっきも、パパの前ではああも話を合わせたけど……。一体、なんなの?」



「【ログイン・ライン】――知っているはずだろう?」

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