記録1 狙われた少年
第2話 妖精と少年
人の迷惑を考えないようなやかましくうるさい目覚まし時計の音が部屋に響く。
手が届く範囲にあるので、今まで眠っていて、音によって意識を覚醒させられた少年は、寝転がったまま手を伸ばし、目覚まし時計の頭を手の平で押す――が、なぜか鳴り止まなかった。
目を擦らなければ目を開ける努力さえもしないような精神状態なので、目覚まし時計の頭を一度押しただけでは音が止まらないという今の状態は、うんざりするものだった――、
と同時に、イライラも促進させてくる。
怒りマークを額に浮かび上がらせながら、
「――うるせえっつうの!」
少年は飛び起き、目覚まし時計を蹴り飛ばす。壁にがん、と当たり、衝撃によって外枠がはずれてしまい、中身が露出されている。
中身の部品のどれがどれなのか分からないくらいにはぶちまけられてしまっている。
ベッドから足を降ろして地面に足裏を着ければ、異物の感触がするくらいには、どこに足を降ろしたところで避けられない――それくらい、広範囲にぶちまけられていた。
「――ちょ、毎日毎日――いい加減にしてくださいっ!」
すると、少年の目の前に、猛スピードで寄って来たのは、手の平サイズの少女だった。
少女の背中には羽――綺麗な、輝く薄緑の羽。そして茶髪のツインテールが、急ブレーキによって揺れていた。白いカチャ―シャ――、同色のエプロンを身に着けている。
少年が今まで見てきた、緑色の、お姫様のようなドレスは、今日は着ていなかった。
なので少し戸惑った――目の前の少女は誰なのだろう、と。
それは眠気のせいもあったが――、しかしいつも通りにこうして叱られてしまえば、この少女が一体、誰なのか、ということは簡単に分かる。
「なんだ……フェアか――ってか、その服装、なんなんだ?」
へっ!? と両手を中途半端に上げて、ばんざいの途中のような、お上品な(?)驚きのポーズを取りながら、フェアと呼ばれた少女が自分の姿を確認する。
頬を赤くしているということは恥ずかしい気持ちはあったのだろう――、ならやらなければいいのに、と思うが、しかし次の瞬間には、フェアが胸を張って、それがなにか? とでも言いたそうに、吹っ切れていた。
「これはメイド服です――その、
「……誰情報だよ、それ」
「ええっと……確か、
「よーし、あの野郎すぐにぶっ殺してやる――いつもいつも俺をメイド好きにしようとしやがって! フェアにまで言うとは約束が違うじゃねえかよ!」
「あ、それのことですけれど――」
と、フェアが言葉を挟んだ。
「登張様からの伝言です――、
『お前の保護者ちゃんにお前がメイド好きだと教えたのは、別に約束を破ったわけじゃねえ。
オレとお前、対等のリスクを考えてのことだ。この前、暴走族から逃げる時、オレのことを囮に使っただろ? その時の借り、みたいなもんだ。
メイド好きだと言えば、お前の保護者ちゃんはお前に甘いから、メイド服を着てくれるだろ? 広められたくないお前の秘密を暴露して、お前の照れを刺激しながらも、お前の好きなものを家で味わえるようにさせてみた……、
少し高難易度なことをしてみたんだが――嬉しいか? 親友よ』――だそうです」
「嬉しいねえ……っ、ただ減点するとすれば、
それをどうしてフェアに言っちゃうのかなー、ってことなんだけど!」
「あ、いえ……直接、言われたわけではないんですけど――、その、紙を渡されまして……私が、その、悪いとは思っていたんですけど、中身を、見てしまって……」
「だとしても紙をフェアを渡したところに悪意を感じる! あいつのことだからどうせ見るんじゃねえぞ的なことを言って、見たくなるように仕向けたはずだし!」
「登張様は見てもいいぞ、と言ってくれましたよ?」
「そこはオープンなの!? 色々と策を仕掛ける前に早くもネタバレをしてたの!?」
なんにせよ、登張は、少年――蒼に嫌がらせをしたかったらしい。
フェアから伝え聞いた情報を分析すれば、そうとしか思えなかった。そこになにか隠された意図があったのだとすれば、不親切過ぎて、絶対に見つけられないレベルだ。
まあ、ないのだが――。
それに、登張ならば直接、そう言ってくると蒼は分かっている。
「……メイド好き、なのは本当なんですね――」
「あのさ、ドン引きしないでくれない? こういうのが嫌だから、あまり言ってこなかったんだよ……少しは気を遣ってくれないかな?」
「ご、ごめんなんさい……。あの、メイド服を着ている私のことを――」
「――なんもしねえよ! 同室利用の家族同然の相手になんもしねえよ!
つーか、そんなことをしたら後々気まずくなるだけだろうが!
それに――、別にお前のことなんてそんな目で見てねえっつうの!」
「今のは、かちーん、ときました。これでもですねえ、こんな小さな体をしていますが、女の子ですからね!? 女心を分からないと、蒼――あの子に嫌われますよ?」
「……あの子って?」
「――分かってるくせに」
フェアは蒼の頬を肘でつついてくる。人間と同じサイズならば、脇の下辺りをつつかれるものだとイメージで分かり、鬱陶しいと感じるのは分かるが――、それは頬であったところで変わらず、同様に鬱陶しかった。
メイド服を着た小さな妖精・フェアを、蒼は片手で雑に掴む。
じたばたと暴れるフェアを無視して、軽く投げ飛ばす。
空中で羽を羽ばたかせて、空中でなんとか止まるフェアが、
「なにするんですか!」と吠える。
「もう、なんでもいいから飯を作ってくれよ――腹が減って仕方ねえんだからよ、こっちは」
「…………」
フェアの沈黙の意味が分からずに、蒼はもう一度、言葉を繰り返そうとしたところで、フェアが目を逸らしていることに気づく。
あの行動は――あの癖は、覚えがある。
確か、言いにくいこと、失敗をした時は、決まってあの行動を取る。
なにか、やましいことでもしたのだろうか――と、思い、ベッドから移動して、
「待ってください!」
と止めてくるフェアの声も振り切り、台所に向かった蒼は、驚愕した。
殺人現場みたいだった――みたい、なので、当然のように殺人現場ではなかったが。
床も壁も赤く染まっている――指につけてペロリと舐めてみれば、ケチャップだった。
「あの、あの、その――メイド姿で料理するのにテンションが上がっちゃって……、蒼になんて言われるかなとか想像してたら、恥ずかしくなってきちゃって……。
そしたら無駄に力が入っちゃって……それで……それで――」
まあ、言いたいことは分かる。
いつもと違う格好や、いらない想像をしていたら無駄に力が入り、料理に失敗してしまったと、そういうことなのだろう。
分からないことがあるとすれば、ここまで派手にケチャップをぶちまける料理があるのかどうかだったが――、料理に失敗したところで、こうはならないだろう、普通は。
普通の料理ではない――ということか。
だとすればこっちの世界ではない料理を蒼に食べさせようとしていた、とでも?
問題があるとすれば、そっちなのだが。
「……材料は、あんのか?」
「…………」
沈黙が答えだった。顔を伏せてしゅんとしているところを見ると、どうやらもう材料はないらしい。はあ、と溜息を吐き、蒼は部屋に戻って着替えることにした。
「ご、ごめんなさい蒼……すぐに、私っ、買って来ますから!」
「いや――いいよ。じゃあ、どうすっかってことになるけど――そうだな、今日は日曜か……、少し混んでるかもしれないけど、たまには外食でもすっか?」
「外食――ファミレスがいいです!」
「なんだよ、人間専門の飲食店でいいのか?」
「いいんです! 私、人間界の食べ物っ、好きですし!」
目をキラキラと輝かせながら、フェアがそう言った。蒼は元々、ファミレス以外の飲食店にするつもりはまったくなかったが、フェアの顔を見て、あらためて強く決めた。
フェアは、「準備してきます!」と言って台所から、蒼を追い抜き、部屋に向かった。
フェアは恐らく着替えをするのだろう……だとすれば、終わるまで蒼は部屋に入れないことになるのだが――そこでちょうど目についた、畳み終わっていた青色のジャージとズボンを見つけて、これでいいか、と着替えを済ませる。
ジャージを羽織り、膝まである丈のズボンに履き替え、それから玄関で待つ。
すると蒼が玄関に着いたのとほぼ同時に、フェアも玄関に辿り着いた。
そして蒼がフェアを見て、まずこう言った。
「……なんでまだメイド姿なの?」
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