ログイン・ライン:異世界接続術と大混戦
渡貫とゐち
記録0 【 】の復讐
第1話 大混戦の火種
「お肉よし、お魚よし――お野菜もよし!
ねえねえシャイナー、これの他に必要なものってあったっけー?」
「いやー、調味料とかはあったと思うし……、家を出る前に冷蔵庫の中を見てみたけど、色々あったから、足りないものはないんじゃないかな?
それに、そのメモ用紙だって、おばあちゃんが書いてくれたものでしょう? 買い忘れがなければ、忘れたものはないと思うけどねー。あと、これは個人的なことなんだけど、お魚とお肉が混在するメニューって、なんだか許せないんだけど……」
「そんなことないよー、おばあちゃん、いつも作ってくれるしー。唐揚げと、焼き魚!」
「そのメニュー、何日目だっけ?」
「確かねー、三日目!」
指を三本、ぴんっと立てて、自信満々に言う八歳の少年――。
そんな少年を見て、シャイナと呼ばれていた少女は、苦笑いをしながら、少年のこと優しく見守っていた。
少年の肩の上で――、足をぶらぶらとさせた座り方で。
シャイナの大きさは手の平サイズしかない――、外見は人間とほぼ変わらない姿をしている……、基本構造は変わらないのだが、しかし部分的に、拡張された部位を所有している。
羽だ――薄く、背景に羽をかざしても、向こう側の景色がなにも問題なく見えてしまくらいには、薄い……、美しい、羽。人間と違う特徴。外見的な特徴を挙げれば、その二つだけなのだが、しかしそれは人間と分けるには充分過ぎる要素だった。
シャイナは妖精と呼ばれる種族――、大きな枠組みに入れれば、名称は、【魔人】になる。
または、【ジン】――と呼ばれる存在。
魔人という名称のせいで、人間に害を及ぼす存在だと受け取ってしまいがちだが――とは言えジンの中には人間に危害を加える存在もいるにはいるのだが――少なくともこの少女……、妖精の少女・シャイナは、好んで人間に害を加える存在ではない。
性格的に、シャイナはそういう性格ではないのだ。それに、この少年の保護者役でもある……どちらかと言えば、人間のことは、守るべき存在として見ているのだ。
害を加えるなど、あり得ないの一言に尽きる。
だが、見た目はと言えば、挑戦的な、挑発的な、真っ赤な髪の毛、服装をしているのだが……それはシャイナ自身、やっていたくてやっているわけではなかったので、彼女に落ち度はない。
赤を表しているのは、炎を司る妖精なだけで、だからと言って、好戦的な人格があるわけではない。いや、だがしかし、おっとりしているわけではないのだが――。どう表していいものか……言い方がマイナス方面に受け取られてしまいそうだが、言葉で表すとしたのならば、そう、尖がっていない、中途半端な、普通な人格だった。
熱くはなく冷めてもなく、どちらも平等に持っているような、そこら辺に溢れているような、悲しい映画を見て悲しみ、サプライズパーティをされて喜び――、
そんな、人間となにも変わらない少女だった。
違うのは見た目だけ――種族の違いなど、おまけでしかなかった。
そんな彼女――シャイナは、
「……ほんとに、もう。でも、同じメニューを毎日食べてて、飽きないの?」
「飽きないよー。だっておばあちゃんのご飯は全部おいしいもん!
ぼくの好みに合わせてくれてね、嫌いなものはどかしてくれてね、ぼくの言う通りに全部のメニューを作ってくれてるんだよ? いいでしょー」
ふふん、と威張る少年――シャイナはすぐに、威張ることではない、と訂正を入れたくなったが、しかし相手は八歳の少年である。いま言う程のことではなかった。
ちなみに少年は気づいていないのだが、シャイナは知っていた――少年の嫌いなものはどけてくれているおばあちゃんだが、実はおばあちゃんはこっそりと、少年の嫌いもの……、野菜全般を、どうにか工夫して少年に食べさせているのだった。
なのできっちりと栄養は取れている――が、ずっとこのままではもちろんダメなので、どこかでしっかりと好き嫌いはなくすべきなのだが……しかし、シャイナの言葉は少年には届かない。
前例があるので間違いではない。無理やりに聞かせても、それは結局、少年の自発的な行動を抑えてしまうことになるので、シャイナは動けなかった――。
ここは、これから先、いつまでかは分からないが、おばあちゃんに頼るしかないのだろうか……と、シャイナは他人を頼ることしかできない自分を責めたくなった。
いや――食べさせてみせる、今日こそは!
「――ねえ、今日こそはきちんと野菜、食べなくちゃダメだよ?」
「嫌だ――シャイナはそうやってぼくに野菜を食べさせてくるから、嫌い。
ぼくの味方はおばあちゃんだけだもん! 敵は――あっちに行け、だ!」
肩に乗っていたシャイナは、少年の手の甲によって、吹き飛ばされた。
羽をはばたかせて飛び、宙を浮いている状態なので、怪我はなにもなかったのだが――、
外見的な怪我よりも深刻なのは、精神的なダメージの方だった。
「嫌い」と言われた――心にぐさりと矢が刺さった気分だった。
しかも、抜けずにじわじわと深く、深くに、めり込んでくる。時間が経つにつれて、痛みが激しくなってくる――。
自分で今の状況を振り返ることで、さらにダメージを負ってしまう。悪循環だった。
「そ、そんなこと言わないで……っ。じゃ、じゃあ野菜は食べなくていいから、そんなビーム光線発射! みたいなポーズを取らないで! あたしは敵じゃないからねっ!?」
少年は、むー、と猛獣の子供のように唸ってから、ポーズを取るのをやめてくれた。
なんだか納得がいかないような表情をしていたが、だけど肩を出してくれたということは、シャイナを敵の項目からはずしてくれたらしい。
ほっとしながら、シャイナは少年の肩に再び座る。
そしていつも通りの、中身のない話をしながら、二人は家に帰るまでの道の途中で――、まるで閉店間際のセールと思ってしまうような人混みを発見した。
興味を持った少年は、シャイナの制止の言葉も聞かずに、その人混みの中に入っていく。
シャイナは振り落とされないように少年の首を掴み、なんとか堪える。
体が小さいからこそ、人混み――大勢の大人の間を抜けきり、一番前に飛び出すことができた少年……そしてシャイナは、そこで見る。
燃えたアパート――ここは火事の現場だった。
既に消防車が来て、消化は済ませてあるみたいだが、しかし結果は良くない方向へ転がってしまっていたらしい。
「……あの子」
少年の声に反応したシャイナは、少年と同じものを見つける――女の子だった。
火事が起き、燃え尽きたアパートの前で、涙を流している少女がそこにいた。
目の前には黒い物体――、
最初、それが一体なんなのか、分からなかった……しかし少女がその黒い物体に頬を擦りつけながら――「お母さん」と呟いているのを見て、ああ、親なんだな、と分かった。
黒い物体は二つ――、両親なのだろう。
火事であそこまで黒くなるということは、相当の時間、燃やされていたのだろう……。
それか、炎が強かったのか――自然な炎でここまで人間を黒い塊にさせることができるとは思えない……、となると【ジン】の存在ということになると思うのだが――、
そこで、シャイナは気づいた。
自分が今――どれだけ、危険な場所にいるのかということを――。
「――っ、まず……いッ!」
気づいた時には既に遅く――少年の体が、周りにいた大人たちによって、地面に抑えつけらえていた。その時の衝撃で、シャイナはなんとか、拘束されることなく抜け出すことができたのだが――、しかし少年が捕まっている今、このまま逃げるわけにはいかない。
空中を飛びながら――思う。
向き合うしかない――人間と。
ジンを嫌う人間と、向き合うしか。
「……お前、なんだろうが――」
野次馬の中、一人の男がそう言った。
「……てめえらジンの仕業なんだろうがッ!
人間を下に見やがって! 俺達はお前らの遊び道具じゃねえんだぞ!?」
「ッ――いきなりなによ! あたしがやったとでも? これを!?
――ふざけないでよ! ジンの中にはそれをする奴はいるかもしれないけど、あたしは今ここに来たばかりだし、そんなことをしようなんて思わないわよっ!」
「どうだかな――子供を使ってこっそりと現場を見に来たんじゃねえのか? あの炎の燃え上がり方は異常だった――、消しても消しても火は消えねえ。消防車でも苦戦したくらいだ。
こんな炎を作れるのは、お前らジンくらいなものじゃねえかよ。しかもお前は、炎を扱う妖精だろ? なんでそんなお前が、用もなしにこんな場所にいやがんだよ」
「帰り道に人混みがあれば、そりゃ見るでしょうが。
ご近所なんだし、問題があれば解決しようと乗り込もうとするのが普通でしょうが!」
「人間っぽくするんじゃねえよ……お前はジンだろうが……ッ!」
男になにを言ったところで、これは逆効果だとシャイナは悟った。
そして、それはその男に限っての話ではなく、周りの大人、全員だ――、それに、最大の被害者とも言える少女、彼女までもが、シャイナのことを見ていた……睨んでいた。
敵意だけが、三百六十度――逃げ場がない。
完全に犯人扱いだった――どうすれば、無実を証明できる?
嫌な汗が垂れてくる――現時点で、無実を証明できる可能性を言えば、ゼロだった。逃げればさらに状況は最悪になる。だが、話し合いで解決できるとは思えなかった。
どれだけの希望を並べたところで、絶望が勝る――どうしようもなく。
でも、どうしようもなくとも、不安な、今にも泣きそうな少年の顔を見てしまえば――守りたくなってしまう。守りたいと思ってしまう――足掻いてしまう。
切り抜ける策はないけど――動かなければなにも始まらない。
シャイナが口を開いた。
人間の信頼を得るために、まずは――口を開く。
言葉で、気持ちで、ぶつかり合うために――。
しかし――、
たった一つの銃声が、シャイナの全てを台無しにした。
「が、あ……!?」
ぼとり、という生物に対して使うのには適さないような音が鳴り、シャイナの体が地面の上へ落下した。拳銃――、鉛玉が、シャイナの体を貫いた。
人間で考えれば鉛玉など小さなものでしかない。部位によっては致命傷になってしまうが、大半は死など掠らせない。
だが、シャイナは違う――小さな妖精……、彼女の体は、鉛玉の倍の大きさ程になる。
つまり、
シャイナにとって鉛玉が当たるということは、体の半分を消し飛ばされたことを意味する。
上半身と下半身を繋ぐ中心部分が吹き飛ばされた。下半身がどこにいったのかは、消えていく意識の中では、まったく分からなかった。
ただ――即死でなくて良かった、と思う。
即死だったら、最後の最後に、少年の顔を見ることなど、できなかっただろうから。
「――……野菜は……きちんと、……食べるの、……よ」
シャイナは、心の中で呟いた。
口パクさえも、まともに機能しない。
泣き叫ぶ少年の顔を――最後に見て、シャイナはゆっくりとまぶたを下ろす。
そして――その生命活動を停止させた。
一つの終わり――そして、一つの始まり。
少年がこの後、誰を恨むことになるのかは、言わなくても分かるだろう――。
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