第50話 ニカの乱 3日目(4)
しばらくして。
「おい、聞こえるか?」と貴族の1人がいう。
耳をすますと、大合唱のニカの歌に交じり、悲鳴や唸るような声が競技場から聞こえてくる。甲高い金属音も聞こえ、撃剣の音と思える。
その後、尻切れとんぼに終わったニカの歌に変わって、悲鳴や怒号、兵の歓声が占めるようになる。突入部隊が攻撃を行なっている証拠だ。
さらに「申し上げます‼︎」と汗だくの伝令兵が駆け込んでくる。
「述べよ」
「はっ!ベリサリウス将軍は無事に軍港到着!直ちに援軍2000と共に競技場に進軍を開始するとの事です!」
先ほど、偽の都落ちを演じたベリサリウスは、その船首を一旦は海峡に向けたがすぐに反転し、帝都の北にある金角湾に入ることになっている。そこには軍港があり、呼び寄せたヴァルチの守備隊はその軍港で待機しているのだ。
軍港は少数の守備隊により防備されていただけだが、競技場から見て皇宮とは反対の北方に位置するためか、攻撃も受けずに放置されていた。
これを使わぬ手はないでしょう、というのが知恵者ナルサスの提案で、暴徒側が無警戒の北側から突入させる手筈になっていた。
「良いタイミングです」
伝令の報告を聞いて、立案者のナルサスは頷く。
「行動の速いベリサリウス将軍のことです。伝令を出すとともに速やかに進軍をしているでしょう。伝令兵がここに到達する時間を加味すれば、もう間もなく競技場正面から討ち入りを……」
そう解説するナルサスの言葉を遮って、競技場からより大きな歓声、というか雄叫びが上がる。撃剣の響きも大きくなり混乱が広がってるのが感じられる。
やがて。
「物見より伝令です!ベリサリウス将軍は投石兵の妨害も受けず、突入に成功した模様です!」
「よしっ」「通用門の部隊との挟み撃ちだっ」「これは、勝った」
その場の貴族たちから歓声上がる。
「余も出よう」
不意にペトルスが立ち上がった。
「ここにいる護衛兵を連れて、空中回廊から貴賓席に入る。事ここに至れば暴徒どもが空中回廊に兵を回す余裕はなかろう」
「危険です」
ナルサスが反応する。
「もう勝敗は決しております。陛下の出陣は兵の士気をあげますが、戦場では何が起こるかわかりません。不意な流れ矢が陛下に当たれば、全てが無意味になります」
「その心配はわかる。だが、兵のみに危険を負わせ、余が安全のところで命令するのは性に合わぬ。
それに策がはまったとはいえ、我が方と暴徒どもの人数差は大きい。数の力で押しつぶされないためには、もう一押し必要であろう」
いきなり武ばったことを言い始めたペトルスに、正直テオドラは驚いていた。
皇帝出陣の話は側近会議でも全く出てこなかったし、第一戦いを好む性格ではないと思っていたからだ。
だが、ペトルスの表情を見れば本気で言っているのがわかる。確かに皇帝臨席となれば兵の士気は上がるだろうし、メリットはある。流れ矢の危険も確かにあるが、元々貴賓席は他より高い所にあり、低い位置からの投射物は勢いをなくす構造になっている。
「よろしいでしょう」
同じ結論に達したのか、ナルサスは無表情のまま頷いた。
「護衛兵は大楯を持て。高く掲げ陛下の御身を守ることを第一とせよ」
すぐさま兵たちに指示を与えるとともに、その場にいる貴族たちにも呼びかける。
「諸賢諸侯の皆様も、陛下のお供をお願いします。勝利の瞬間を陛下と共に過ごせられましょう」
『おおっ!』と声が揃う。
年老いたとはいえ、帝国貴族は若い頃に軍役をつく場合がほとんどであり、今もまた、鎧を付け刀剣も腰につけている。すなわち戦場に出ることに抵抗感が少ないのだ。
戦意も上がっているし、勝機ある戦いなら参加しない手はない、というのがその場の雰囲気であったのだろう。
「陛下。
すすっとペトルスに近づき、テオドラはにっこり笑う。
「それはだめだ!」
驚いた顔で、反射的に拒否する皇帝。
「何ででございますの?」
笑いを深めて問い返す。相手を驚かすと内心『してやったり』と思うのは、自分でも子供っぽいと思うが、性癖はなかなか変わらない。
「もちろん、危険だからだ!この先は戦場だぞ⁉︎」
「承知の上ですわ」
余裕をもってうなづくと、ペトルスの口の前に平手を向けて反論を封じる。
「先ほど妾が言った言葉は覚えてらっしゃいますわね?
『帝位こそ、最高の死装束である』と。
陛下と妾がこの緋色の帝衣を纏い、戦場に立つことに何の不安がありましょうか?」
きっぱりと言い放つと、テオドラは身を翻して青党貴族の方へ向く。
「諸賢諸侯の皆様方も、そうは思いませんか?」
「御意にございます!」「どこまでもお供しますぞ‼︎」「この老体の身を賭しましても、陛下の御身を傷つけることはさせませぬ!」
多くの貴族が跪拝して答える。
先ほどの演説でその場の者を盛り上げ、たらし込んだ影響はまだ充分に残っていたようだ。テオドラ言葉には無条件で従ってくれる。
その盛り上がりを見て、ペトルスも早々に抵抗をやめたようだ。
「わかった。我が賢妃の申し出を受けよう」
「ありがとうございます」
貴族の前だ、鷹揚に答えた皇帝とそれに感謝する皇后の姿を見せたが、頭を上げたテオドラが見たペトルスの表情には『まったくお前は……』というような、多くの諦めと少しの心配を混ぜ合わせた感情が読み取れた。
それに対し、ちろりと小さく舌を出して返したテオドラだった。
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