第23話 結婚するって本当ですか?(1)
「皇后になれ」というペトルスの爆弾発言にも、テオドラは思ったより冷静に受け止められた。
あんな変な夢を見ていたこともあり、『ああ、きたか』と思うくらいの余裕はあった。
病み明け寝起きで、あまり頭が働いてないこともあったのかもしれない。
「……それ、本気で言ってる?」
真意を探るべくペトルスをじっと見ていたテオドラだが、いつもの笑顔のままだ。娼婦なんかをやってると客の顔色を窺うのは上手くなるものだが、どうにも読みきれない。
ペトルスは仮面を張り付けたような作られた笑顔を崩さないまま、「もちろん」と返す。
「でも、あたしと結婚するメリット、ある?」
貴族にとり、結婚は政治であり打算だ。
どの家と結びつけば有利になるか。見返りを求めることもあるし、敵対してきた両家が和解の象徴として行うこともある。
ポシャったとはいえ、ペトルス自身メディア皇女と政略結婚を目論んでいたようだし、それが普通だ。
愛情の有無など、考慮されない。あとは義務的な性行為と、子供を成すことができれば夫婦関係は成立する。好きな相手がいれば、それは愛人として囲えばいいのだ。
もっとも女性側、妻には流石に愛人は認められない。生まれてくる子供の正統性に疑義が生まれるためだ。とはいえ、隠れて密通をする奥方の話もよく聞きはするが。
「貴族的なメリットは、ないな。確かに」
少し考えながら、ペトルスが答える。
「だがなあ、メディア帝国とならば政略結婚にも意味があるが、それ以外とでは逆に足枷になりかねない。青い血を誇る名門貴族からすれば俺など所詮成り上がりだし、中小貴族じゃ釣り合わん」
「メディア以外の他国の王女とかは?」
「西方の
表情も変えず、際どい話をするペトルス。
「でも、ドーラと結婚するなら充分メリットがある」
「そんなの、ある?」
テオドラ自身が懐疑的な声を上げるが、ペトルスは大きく頷く。
「ドーラは、俺を支えられる能力がある。忖度せず、客観的な視点から批判をくれる。それがとてつもなく貴重だ」
『青玉の酒場』では、ペトルスたち青派の立場に立った諸政策の宣伝や観測気球をあげているが、その説明の過程でテオドラはよく疑問を挟む。机上の空論というか、実際に生活している下々のことがよく分かっておらず、早晩行き詰まると予想できる政策もあるからだ。
しがらみのないテオドラが「それはおかしくない?」と指摘し、変更ないし撤回されたものもある。
娼婦風情が生意気言ってる、と思われてんじゃないかと考えたこともあるが、ペトルスがしっかり忠告を受け入れてくれることもあり、酔いに任せて言いたい放題していた。
「あたしは、ただ思ったことを言ってるだけだけど」
「それが得難いんだよ。そしてそれが嬉しい。執政官で次期皇帝後継者たる俺に、下心を持たずに接してくる奴は、まあいない。そうしないのはテオドラだけだ」
「あたしだって下心はあるよ?」
「それを堂々と言ってしまう潔さがいいんだよ。宮中の奴らなんか『下心なんてとんでもありませぬ。我が体は閣下への忠誠心で溢れんばかりでございます』とか、下心ありまくりの顔でいう輩ばかりだ。じゃなければ慇懃無礼に拒絶するか」
あまり内心を見せないペトルスの目尻にも、疲れたような色が浮かぶ。
「でもさ、うろ覚えなんだけど、貴族と娼婦は結婚できないっていう法律があるんじゃなかったっけ?」
「ある」ペトルスは大きく頷き、続ける。
「神君アウグストゥスの祖法だ。だが俺は、これを変えるつもりだ」
「そんなのできる?」
神君アウグストゥスは帝国民なら誰でも知っている英雄だ。内乱状態の共和制国家をまとめ上げて改変し、初代皇帝として帝政と安定をもたらしたとされる。死後、神に祭り上げられた彼の法律など、変えることができるのか?
「500年前の法律だぞ。一部には『伝統だから』と、その歴史のみを理由に反対する保守派もいるが、法は今生きている人のものだ。不都合があるなら変えるべきだろう」
帝政開始時の頃は風俗が乱れていたようだし、皇帝や元老院貴族の権威づけのために必要だったのだろう。
だが、それから500年。貴族の権威づけが効きすぎて血統原理が強くなりすぎた。本人の能力よりも、家柄で出世が決まる今の形は決して健全ではない。それを多少なりとも揺らがせたい、とペトルスは力説した。
「でもさ、教会の横槍もあるんじゃない?」
娼婦を蛇蝎の如く嫌うのが正教会だ。事実、元娼婦のコミトの結婚の際にも散々焦らされた。
だが、ペトルスは「だからこそだよ」と、笑いを深くした。
「コミトさんの結婚を認めさせた今がチャンスだ。娼婦でも悔い改めれば正教会に迎入れるという先例を出したばかりだからな、筋論として拒否は出来んだろう。
そもそも、職業や家柄で差をつけることが正教会の教義として間違っているんだ。
神の前では皆平等のはずだろう。罪を犯した者も反省すれば赦されるのは、開祖イイスス=ハリストスの故事にもある」
姦通をした女がイイススの前に連れてこられ、法に従い「石持て打つ」べしと民衆が要求した。石といっても小石ではなく、殺傷できる大きさの石を皆で投げつけるというなぶり殺し、公開処刑だ。
だが、女は罪を認め反省しているのを見たイイススは「罪なき者だけが石持て打て」という。罪、すなわち一度も嘘やサボりや親への反抗をしたことがない者だけが、この女に石を投げる資格があるというのだ。
そう言われてしまうと、一度も嘘をついたことがないと断言できる者はほとんどいない。罰を求めていた民衆は1人去り2人去り、最後に残ったイイススも「我も罪人である」として、その女への刑は執行されなかった。もちろん、そうなることが分かって言った言葉だろう。
教会嫌いのテオドラでさえ知ってる有名な話だ。他にもこの手の悔恨すれば許される話はたくさんあり、本来それが正教会のあるべき姿と言いたいのだろう。
「……そこまで考えているんだねー。やっぱ執政官てスゴいわ」
「元老院議員も教会も、弁だけは立つ奴らが多いからな。理論武装は完全にしておかないと」
「でも、だったらあたしとの結婚は必要なくない?このまま堂々と主張すれば……」
「それじゃあ、だめだ」
ペトルスはテオドラの言を遮るように言う。
「多くの元老院議員は、自分には関係ないと考えている。娼婦や平民と結婚したがる貴族は少ないからな。なんで法律を変える必要がある?と思うだろう。
だが『執政官が娼婦と結婚したいから』が理由となれば、とてつもなくわかりやすい。みんな下世話な話が大好きだからな。興味を持って議論してくれるはずだ」
それはその通りだろう。いつの世も他人の色恋沙汰ほど盛り上がるものはない。それが為政者のものなら尚更だ。
だが。
「はあ〜」とテオドラは感嘆とも、ため息とも取れる声を上げる。
「自分の結婚までも政治のネタにするって、やっぱ政治家っておっそろしいわあ〜。それともそれが為政者のあるべき姿なの?」
「どうだろう?確かにどんなことでも政治的影響を考えてしまうところはあるが、でも多かれ少なかれ、誰しもそういう面はあるのではないか?」
「まぁねぇ〜」
考えてみれば、テオドラも『青玉の酒場』をやっていくには様々な方面に目を配る必要があるし、Aを叶えるためにBをきくなんてのもよくある。それも政治というべきなのか。
少し会話が途切れる。
「もちろん、今すぐ答えをもらおうとは思ってない」
沈黙を嫌うように、ペトルスが言う。
「ドーラにも仕事があるだろうし、こちらも準備がある。充分に考えてもらっても……」
「あたし、結論先送りって好きじゃないんだよね」
そんなペトルスの言葉をばっさりと遮るテオドラ。
「いろいろ考えたところで、答えは『はい』か『いいえ』しかないわけだし。だったらさっさと結論出したほうが無駄がないよねぇ」
「それは、そうだが……」
ペトルスにしては珍しく、困惑気味の表情を見せる。
「それってつまり、ドーラの中ではすでに答えが決まっているってことか?」
「うーん、そうね……」
だいたい決まっている。だが、もう少し確証が欲しい。
「その前にいくつか質問、というか確認したいことがあるんだけど」
テオドラの言葉に、ペトルスの表情が改まる。
「なんでも聞いてくれ。答えられる範囲で答える」
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