第24話 結婚するって本当ですか?(2)
「まずは確認なんだけど」
と、テオドラはペトルスの目を見据えて話し始める。
「あたしがバツイチで、子供も2人産んでいることは知ってるよね?」
「もちろんだ。ドーラ周辺のことは充分に調べてある。これでも帝国の諜報を預かる身だからな」
「離婚した理由は?」
「……教会には、妻、つまりドーラの不貞が理由とされていたが……」
「あー、まあそーなるよね」
正教会は基本的に離婚を認めない。そして離婚が認められる多くの場合、『妻の不貞』もしくは『妻に子が産めない』など妻側に問題があった時だ。
とはいえ、他の理由(夫側の乱交がすぎるとか、夫の子種がないとか)の場合も、教会には認められやすい『妻の不貞』を理由にしている事もあるため、鵜呑みにはできない。
「事実とは違うんだな?」
「そうねぇ……。そのあたりも含めて聞いてもらえる?」
そう言って、テオドラは話し始めた。
♢♢♢
どこから話したもんかねえ。やっぱり結婚のとこからかな?
結婚決めたのは19歳の時さ。この帝都で、娼婦としてそれなりに売れていたと思う。
たださあ、なまじ売れてたから貴族の引き合いも多くてさ。
お貴族さま、金払いはいいんだけど、変態的プレイを要求する奴も多くて。
いつだったか、大金で貴族の館に出向いた時なんか、真っ裸で長机の上に手脚を縛り付けて寝かされ、アソコとか乳首に鳥の餌を置いてさ、連れてこられた白鳥がくちばしで餌をついばむたびに、あたしが悶える姿を見て笑い転げるなんてのもあった。
知らないだろうけど、鳥のくちばしってけっこう硬くて痛いんだよ。だからあたしは痛さでもがいていたんだけど、お貴族さまは『太陽神が生まれるぞ‼︎』とか言って悦にいってるし。
あれでしょ?古代神話で、天神が白鳥にばけて夜這いし、太陽神と月神の双子を産んだっていうお話でしょ?アイツらは教養ひけらかした遊びとか思ってんでしょうけど、それくらい娼婦だって知ってるから。
そんな事も多くてさ、もう娼婦なんてやめようかなんて思っている時に、あの人、パウルスが『結婚しよう』と言ってきて。潮時かなと思ってさっさと結婚したんだ。
パウルスの実家ヘゲボロス家ってのはさ、リビアで徴税官をやっていてめちゃくちゃ金持ちなのは調べてあるよね?貴族でもなく
それにあの人、あたしにベタ惚れだったしねぇ。あまりの一途さにほだされた面もあったかも。
結婚OKしたら、あとは一気だったなあ。
リビアのあの人の自宅で盛大な結婚式を挙げて、むこうのご両親にも迎え入れてもらって。元娼婦と知って多少は困惑していたようだけど、思ったよりは邪険にされなかったな。全く知り合いのいない地だったから、最悪、パウルスしか頼る人がいない状態になるかもって思ってたから、まあ良かったよ。
妊娠はすぐだったよ。結婚後3ヶ月。
これは当然かなあ。なにしろ娼婦は妊娠すると仕事にならないから、生理周期には注意してるからね。逆にいえば、孕みやすい時期はよ〜く分かっている。そこに合わせて旦那に協力して貰えばいいんだからね。
そりゃあパウルスは喜んだよ。家の人々も。
結局、金持ちの家では奥さんの価値は子をどれだけ産むか、跡継ぎを残せるかだからね。だいたい貴族ってのが、代々財産を受け継いでいくだけで自然と箔がついた存在じゃない?つまるところ、『青い血』ってのも何代血統を繋げたかの勝負だしね。
まあ、こうして早々に自分の居場所を作れたから、待遇は悪くなかったんだけど……。
でも、これからがキツかった。自分にはね。
つわりがね、重いタイプだったんだ。
もともと月のものも重かったから、その傾向はあったんだろうけど。いや、キツかったなぁ。
娼婦時代にも『受精したかも?』って時はあったけど、すぐ堕胎薬飲んだからね。ここまでキツいとは思わなかった。
何もしてないのに気持ち悪いし頭が重い。ご飯は何食べてもすぐ吐いちゃう。胃液だけになってもえずくし。『なんでこんな目に……』って、ずぅっと思っていたよ。
まあ、何言っても男の人にはわかんないよねー、こればっかりは。所詮は自分たちは経験しない、他人事だもの。
女同士だってそうなんだから。月のものもつわりも、人によってかなり違うからねぇ。
つわりがキツいと言っても、『わかるわぁ〜』と言う人もいれば、『そう?』『みんな経験することよ』と返されたりもした。『病気じゃないんだから』『平民ならどんなに重くても家事してるわよ』とかも言われたなあ。
あれってなんだろうね。あんたより大変な人もいるんだから、それくらい我慢しろっていう理論。そんなこと言われても、あたしのつわりが改善されるわけでもないのにね。イラついて『だから何?』って返しそうになったわよ。……せっかくあっちでできた知り合いだから、グッと抑えたけどさ。
安定期に入って、少し良くはなった。ご飯食べても吐かなくなったし。お腹もどんどん膨れてきて、『順調だねー』と周りからも言われて。
でも、さ……。
これは女の人にも理解されにくかったんだけど……、あたしは怖かった。
何がって、身体が変わっていくことよ。
あたしは踊り子だったから、体型の変化にはいつも気を配っていたし、変わるのが怖いんだよ……。なんか自分が自分でなくなってしまう気がして。
……あたしらしくないって?それはあの時も言われたなぁ『もう踊り子をやる事もないんだから』って。でもそういうことじゃないんだけどな。
まあ、理解されようとは思ってないけど。あたしの個人的な想いだし。
でも、嫌なものは嫌なんだよ。なんかむずむずして落ち着かなかったわー。
そして、月満ちて出産。
もー、痛いなんてもんじゃないよ、あれは。
痛みが波のようにやってきてさ、だんだんその間隔が短くなって、最後は激痛オンリー。
あたしもリックスと同じで、あまり他人の前では泣かないほうだけど、この時は流石に無理だったわ〜。
汗や涙、鼻水まで出てさ、『死ぬぅ〜‼︎』『ウギャ〜‼︎』とか叫んでさ、もう最後の方はよく覚えていない。
そのうちあたしに代わって甲高い産声が聴こえ、『あ、産まれてた…』と思ったくらい。
こりゃ、出産で亡くなる人が出るわけだと思ったよ。
男はいいわよねー。
穢れるからって産室にもおらず、産まれてから駆けつけて赤ちゃんを愛でるだけなんだから。
『よく頑張った』『待ってる方も気が気じゃなかった』とか言ってけど……、そんな言葉に反応できないくらい疲れ切ってたわ。
しかも、『女の子かー』『次は男の子だな』とか無邪気に言ってくるし。
……そりゃ分かるわよ、経験してない痛みを分かち合うことはできないってことはさ。
で、も‼︎
納得いかないんだよねっっっ〜!
なんで女子ばっかこんな苦しみを味合わなきゃいけないわけ⁉︎
月のものもそう、つわりに陣痛もそう!神サマは人を平等に作ったっていうけど、ありゃ嘘だねっ。明らかに男の方が有利に作ってるよねぇっ⁉︎
教会のお偉いさんに聞いても、『主の意志は、人間ごときでは測れません』とごまかされるばかりでさ。しかも男の司教が!憐れみの目で!
人が平等だってんなら、男も子供産めるようにしとけよ!生理もつわりも体験できるようにしろよ!
全知全能、この世の生命を全て創れる能力があるなら、それくらいできるだろっ!って、思わず神サマに悪態ついて、教会から追い出されちまったよ。
だからホント、教会って嫌いなんだ。
‥‥っと、思わず熱くなっちゃった。今の教会の件、内緒にしといてね。コミ姉の結婚で少しは教会との関係が良くなってる中、こんな話を聞かれたらまた冬の時代に逆戻りだから。
それにしてもリックスって聞き上手よねぇ。こんなのあんまり人に言ったことないけど、あんたの前ではぽろぽろ喋っちゃう。こうして相手をほださせてその人物を見定めてんだねぇ。やっぱ政治家だよ。
……えーと、どこまで話したっけ。
そうそう、1人目の女の子をなんとか産んだんだけど、うちの主人、まだ産後の疲れも取れてないうちから『じゃあ、次は男の子を』なんて言って身体を求めてきてさぁ。
ちょっとそれは、って断ったら、次の日は義母が怒鳴り込んできてさ、『息子の求めを断るとは何事ですか‼︎』『あなたは妻としての自覚が足りない‼︎』てさ。
あの人、優しくて温和な人であったけど、親には逆らえずマザコン気味ではあったから。
もう、なんかどうでもよくなって身体を任せ、すぐに2人目を妊娠。
そしてまた苦しみの8ヶ月間さ。
それでも男の子が無事生まれ、跡継ぎができてパウルスも義父母も大喜びでさ、あたしもこれで義務を果たしゆっくりできるかあ、なんて思ってたんだよ。
そしたら『子供は多い方がいいよね』って、あきもせず求めてきてさー。
さすがにこの時は、はっきり断った。義母にも『義務は果たしましたよね?』と正直に思ってたことを言った。跡継ぎを産んだ今なら話を聞いてくれると思ったんだよ。
でも返ってきたのは離婚勧告。
夫や義母に逆らう妻はいらないってことだよねー。
で、あたしも気がついた。自分には結婚生活は向かないなって。
生活は安定してても、自分の意見も言えず夫に従うのが結婚なら、そんなのいらないって気がついちゃった。
あとは条件交渉だよね。産んだ子供たちとは一切関わらないことを条件に、それなりの手切れ金をもらって、別れた。
子供?もちろんあっちの家が貰った。まあ、向こうからすれば元娼婦の妻なんて『借り腹』なんだろうねー。産まれてすぐ義父母に取り上げられて、あたしはほとんど子育てに関わせてもらえなかったし。
……それ、よく言われるんだけど、子に執着はないんだよ。たとえお腹を痛めた実の子でも。
言っとくけど、子どもは好きだよ。コミ姉の子のソフィアなんてめちゃくちゃ可愛いいし、店のスタッフにも子持ちが多いしね。店でスタッフの子どもの誕生日会したりもする。
だから子どもは好きだけど、それが自分の子である必要はないかな、と思ってしまうんだよねぇ。なかなか理解してもらえないけど。
今言ったように、あたしは妊娠、出産にあまりいい思い出がないし、産まれた赤ちゃんもすぐ取り上げられちゃったからねー、実の子とのふれあいの時間がほとんどなくて。
血は水より濃いって言うけどさ、あたしは血より時間かな。一緒にいた時間の長さがその人との親密さを決めるんだと思う。
だから、強がりでもなんでもなく、子供たちのことは完全に関心の外だよね。気にもならないし他人だよ。
‥‥長々話聞いてもらったけど、あたしの言いたいことはわかってくれたかなぁ?
あたしは、結婚生活に向かないんだよ。
子どもだって欲しいとは思っていない。
でもそれじゃあ、皇帝後継者の妻には相応しくないでしょう?誰よりも跡継ぎを求められる立場なんだから。
だからさ、結婚してという気持ちは嬉しいけど、やっぱりそれには応えられないよ、あたしは。
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