第9話 2人の時間(3)
「あたしの知ってるところだと、こんな感じ」
そう言って長い語りを終えたテオドラに、ペトルスは拍手で称えた。表情には純粋な称賛の色がある。
「すごいな……。即興なのに、話しが上手いな。しかも、筋書きはだいたい合ってる」
「お褒めの言葉、恐縮ですわぁ」
少しおどけた感じで言葉を返す。
「いやいや、理路整然と説明って、誰もができる事じゃないから。物事を把握する能力が高いんだな」
「お客の話を、耳学問でまとめただけなんだけどねえ」
「まとめただけって、それが難しいんだよ。それでいて当事者でもないのに、ほぼ事実を言い当てている。情報の取捨選択が出来てるってことだ。得難い資質だよ」
綺麗とか美しいとか、容貌で賞賛されることには慣れているが、頭の良さを褒められる事はあまりなかったテオドラだ。背中が少しむず痒い。
「このテオドラの能力を見込んで、協力をおねがいしたい」
杯を卓に置いたペトルスが、やや真面目な表情を作ってテオドラを見る。
「……協力?」
テオドラの眉が自然と寄る。嫌な予感がする。
「これから定期的にこの店に来るから、テオドラが耳にした世間話やお客のことなんかを、さっきのように話して欲しい」
「……お客の情報を話せって?『物言わぬ葦』って言葉、知らない?」
アイソーポスの寓話だ。
王の秘密を知った理髪師が黙っていることに耐えきれず、川辺で穴を掘って独り言。誰にも聞かれてないと思ったが、そこから生えた葦が風に吹かれてこう歌う。
『王様の耳はロバの耳』と。
帝国民なら子供でも知っている話だ。この話を下敷きに、『物言わぬ葦』とは客の秘密を知っても話さない事を指す。
この時代の職業倫理、守秘義務といったところか。
まあ、それを守っている者ばかりではない、というか金で怪しげな情報まで流す者のほうが多数というのが現状ではあるが。
「知ってるさ」
ペトルスはこともなげに言う。
「別にお客の秘密じゃなくてもかまわない。さっきみたいな一般的な噂話でも、たわいないことでも。テオドラが話して問題ないと思う話題で、無理強いはしない」
「ても、そっちは権力者だからさあ。協力とかお願いって言って、結局強制ってことにならない?」
「しないしない」
ペトルスは手を振って、ないないのしぐさをする。
「第一、この店の名前からして青党の店だよな。ここの資金だって、蒼青のマクシムスから出ている」
マクシムスの名前が出たことで、テオドラの眉がピクッと動く。
「……知ってたんだ」
「権力者だからな、これでも。事前に少し調べさせてもらった。でも、戦車競技関係者には有名な話らしいじゃないか、鉄人とコミトさんの恋愛話は」
マクシムスは戦車競技のドライバーである。
チーム『蒼青』不動のエースドライバーであり、勝っても表情を変えず、軽いガッツポーズでウィニングランすることから、古代神話の動く鉄人像になぞらえて『鉄人』の異名を持つ。
精悍な顔立ちに加え、巧緻なテクニックと勝負強さを併せ持ち、老若男女に幅広い人気がある。彼のレースは人気が一本被りするので、賭け屋泣かせとも言われているらしい。
もしかすると執政官のペトルスよりも、エースドライバーのマクシムスの顔のほうが帝都民には知られているかもしれない。下手な貴族より金も稼いでいる。
そして、テオドラと1つ違いの姉コミトと夫婦関係にあり、子供もいる。テオドラ、アナスタシア共に同居し、幼馴染であり恩人でもあり、そして家族でもある存在、それがマクシムスである。
「帝都の華」と言われても、所詮は20代の娼婦に過ぎないテオドラがこんな大きな娼館を経営できているのも、マクシムスが資金を融通してくれるためだ。
「誰がみても青党のこの店で、緑党のお客はもともと多くはないだろう。赤党はいるかもしれないが」
「まあ、そうね。でもなおさらうちで情報収集する必要がある?」
「だから、一般的な噂話でいいんだ。忖度された情報より、ズバズバ言ってくれそうなテオドラの話の方が、世情をよく表していそうだ」
そんなもの?とテオドラは小首を傾げるが、ペトルスは本気で言っているようだ。
帝都の戦車競技は4つのチームで争われるが、その運営は皇帝や貴族といった為政者が出す資金によってまかなわれる。いわゆる「パンとサーカス」のサーカスに当たり、庶民への施しや公共事業、広告売名といった側面を持つ。
だが、貴族たちはお気に入りのチームに出資するので、自然と近い主義思想をもつ貴族たちがそろうことが多く、それは派閥という形を取りやすくなる。
現状、蒼青は現皇帝ユスティヌス帝がタニマチになっているため、皇帝支持派が多く出資しており、青党といえば皇帝支持派のことを指す。執政官であるペトルスも当然青党である。
一方、翠緑は皇帝代替わりで政権中枢から離れた貴族や、皇帝の政策に批判的な者が多く集う。すなわち緑党といえば前皇帝派、反皇帝派をひっくるめたいい方となる。
あと、赤党はどちらにも偏らない中立派を指すが、派閥をまとめるような強い指導者がおらず、日和見的な中下級貴族ばかりで大した発言権はない。白はかつては教会派とも言われていたが、いま正教会は皇帝支持に回っており、白は派閥を形成していない。
すなわち、今の帝国上層部は青党と緑党の二大派閥がしのぎを削っている状態で、戦車競技がその代理戦争と目されている状態だ。
重要なのは、これらの党派色が帝都民にも影響を与えている点だ。
もともと、戦車チームにはそれぞれ私設の応援団があり、息のあった応援のみならず観客の誘導、出店の確保、競技後の清掃など運営にもかかわっている。テオドラたちが競技会のインターバルで余興を演技できたのも、マクシムスを通じて蒼青の応援団にコネがあったからこそだ。
そしてその応援団員の手間賃もそれぞれの派閥から出ていることもあり、事実上の各派閥の政治団体のようになっているのが現状だ。
庶民の多くは、帝国統治のあり方などに興味はない。だが、戦車競技で出店を出したいと思えば、いずれかの党派のコネがなくてはできないので自然と党派色がつく。また、単純にファンのチームを応援しているだけであっても、「蒼青がんばれ!」が「皇帝万歳!」につながり、「翠緑負けるな!」が「皇帝引っ込め!」とイコールとみなされる。
かつて共和政を行なっていた時代は、指導者は民衆の支持を受けて初めて統治者になり得た。帝政に変わってもその伝統はのこり、皇帝臨席の戦車競技場で民衆が皇帝に歓声、あるいは罵声をあげるのは容認されていた。
戦車競技とは、サーカスであると同時に、多分に政治色の伴う国家行事なのだった。
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