第8話 2人の時間(2)

 6年くらい前になると思うけど。


 前皇帝アナスタシウス様が崩御されたのよね、確か。軍旅の途上で。

 80歳も半ばっていうんだから、普通だったら大往生ってなもんだけど、これから戦争に向かおうってとこだったから、混乱するわそりゃ。

 しかも、前帝には息子がいなかった。だから後継指名するのが筋なんだけど、それもしてなかったらしいじゃない、これが。

 80越えてたってのに、流石に無謀だよねぇ前帝。老いてなおピンシャンしてのかもしれないけど、それでも、ねえ。

 あ、でもこれは最近になって『ここだけの話』って聞いた事なんだけどさ。後継候補として甥が3人いたんだけど、それぞれに能力とか人望とか血統とか?一長一短があって決めかねていたって言ってたんだけど、合ってる?

 で、この戦いに3人の甥を連れて行って、誰が1番手柄を立てるかで後継を決めるっていうのが、もっぱらの噂だったらしいのよ。


 まー、そんなことで戦争されるなんてたまったもんじゃないわよねー。

 戦争になると社会が自粛モードになるっていうか、娼婦なんて商売上がったりだしさあ。そんな戦いで戦場に倒れた兵士の家族なんてのも、やりきれないよねぇ。

 もちろん、他にも戦争の理由はあったんだろうけど。あたしら庶民には迷惑なだけさ。


 あー、話逸れた。

 で、そんな後継指名試験を兼ねた戦争直前での崩御。残された3人の皇帝後継候補とその取り巻きたちは、前皇帝の柩を前にして主導権争いを始めちゃった。

 まあ、気持ちはわかるけど。ここで他の2人の上に立てれば、そのまま次期皇帝が見えてくるだろうし。で、軍隊は立ち止まってしまった。

 本国のお偉方も困っただろうね。

 軍を起すだけで金はかかってるし、無駄に停止してても軍需品は減っていく。奇襲攻撃を考えていたのに、メディア人の帝国も察知して防御体制を整え始めるし。


 頭抱えた元老院議員たちが出した答え。それが、本国にいた近衛軍の軍団長ユスティヌス将軍の皇帝指名だったってことだよね。

 当時すでに70歳近く、軍務一筋で宮廷にも議会にも地盤なし。さらに実子もなし。

 なぜこの将軍が選ばれたかわかるかい?って、その物知りさんにしたり顏できかれたなあ……。「わかんなーい」とその人の顔をたてて、わからないふりしたっけ。

 言っとくけど、政治に興味ないあたしだって、なんとなく理由わかるから。


 繋ぎよね、要するに。

 老齢で跡継ぎがいない皇帝を一時的に据えて、後継者レースを一旦休止させる。そして軍人出身の皇帝に、戦争を無難に収めてくれればそれで十分。

 老皇帝なら幾ばくもなく、崩御?してもらえそうだし、後腐れないし。その頃には後継レースにも勝ち馬が見えていそうだし。

 わずかな側近とともに、軍隊と合流した新皇帝を3人の皇帝候補者たちがすんなり認めて、臣下の礼を取ったのはそういう事だよね。


 新皇帝の行動は早かった。

 噂では3人の後継候補を前に一席ぶったそうじゃない。

『先帝に成り代わり、諸君らの働きを見させてもらおう。存分に手柄を立てよ』

 …今の声、皇帝の声色に似てない?ダメ?競技場で聞いた声は、こんな感じだったと思うけど。

 まー、そんなことはおいといて。ハッパかけられた3人のうち1人はメディア防衛隊を破り、のこり2人はそれぞれメディア領の都市を陥落。三者三様に武威を示した。

 そして、召集されてきたメディア軍本隊と対峙したかと思うと、停戦を呼びかけたんですってね。

 どんな話し合いになったかは、流石の物知りさんも知らなかったけど……、あなたの方が詳しいんでしょうね、多分。


 でも、結果は知ってる。大々的に布告されたからね。

 奪った2都市はメディア帝国に返還するかわりに、メディア側から貢納金を得る。そして両国は末長い友好を誓い合う。

 貢納金になってるけど、実質は賠償金だろうから、客観的に見てこっちの勝ち。和平を結んで戦争も終わらせて、鮮やかな手腕に驚いたのを覚えてる。

 それは皆も同じ思いだったと思うよ。だって、皇帝凱旋後に開かれた、戦勝を祝うための戦車競技会は立ち見が出るほどの大盛況だったもの。みんな新しいやり手の皇帝を一目見たかったんだと思う。私もその1人だったわ。


 皇帝万歳の歓声で溢れる中、皇帝就任と戦勝報告を競技場の貴賓席で行った皇帝。

 でも何より驚いたのは、老皇帝の横にいた男の存在よねー。

 そう、リックス、あなたのことよ。

 あの時は遠目で見てたから顔もよくわからなかったけど、新皇帝ユスティヌス様の甥で執政官に任命されるっていう宣言はよく聞こえたわ。

 あの時は「へー、そうなんだ」ぐらいにしか思わなかったけど、即位の事情を知ってしまうと、結構大胆な人事だってのは、今ならわかる。

 3人の武功ある皇帝候補を差し置いて、皇帝の甥ってだけの無名の男を後継指名したってことだからねー。この幸運者フェリクスという呼び名も、この頃あたしたちの間でちょっと流行った二つ名なんだよね、実は。


 でも、あたしは新鮮な気持ちで新皇帝と新執政官の誕生を祝ったわよ。周りもそう。

 あたしら庶民にとって1番大事だったのは、戦争を終わらせてくれたこと。

 これは追従でもなんでもなく、素直にそう思ってる。

 自粛モードから一転、戦勝お祭り気分になって客もバンバンくるようになったし。

 愛と平和、だよね。


 でもさ、あなたがただの幸運者ではない事は、私も知ってる。

 ウチに来るお偉いさんはリックスを恐れ、敬っているわ。割合的には恐れ7、敬い3ってとこだけど。

新しい執政官サマは、地位に着くと間をおかず帝都の元老院議員の大物を次々と逮捕、投獄していった。返す刀で前皇帝の甥たちの側近も。事前に準備してても、こんなに次々と捕まえられないだろうってくらいだった、って言ってたけど、本当?

 罪状は皇帝への不敬罪、反逆未遂、抗命行為……まあ、証拠なくても証言で裁けるやつばっかりよね。

 貴族たちは戦々恐々としてたみたいだけど、あたしら庶民にはあんまり影響はなかったねぇ。「あれ、あの貴族さん、最近見ないな」くらいでさ。


 実際、皇帝は操り人形で、帝国の実権は執政官ペトルス=サッバティウスが握ってるって、もっぱらの噂。

 でも、まあ5年も大過なく治めてるんだから、有能なんだよね、多分。

 ……本人を前に言うと、ちょっと言いづらいけど。

 見えすいた追従って、バカにされてる気にならない?分かってくれる?一応、素直なあたしの評価って事で。


 …でも、先日、競技場で仰ぎ見ていた人と、今一緒の部屋にいるなんて。

 思いもしないよね…。









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