第10話 2人の時間(4)


「でもさ、それってウチにメリットなくない?情報をはした金でまわしても、ねえ」

 大体の事情は把握したテオドラは、あえて不満を申し立てた。

「協力」とは言うが、帝国指導者であるペトルスの言に逆らえる者はなかなかいない。なら、少しでも抵抗して好条件を勝ち取るべきだろう。

 金貨1枚は端た金じゃないけどね、と内心では思うのを顔には出さず、納得いかない顔を作るテオドラ。

 だが、ペトルスは余裕ある表情で答える。

「金で買おうとは思ってない。目には目を、情報には情報を、さ」

「……どういうこと?」

 だがそれには応えず、ペトルスはぐるりと頭を回して、軽い口調で話す。

「いい店だな、ここ。下の酒場のお客も、筋が良い」

「えーと、ありがとう?」

 急に関係なさそうなことを話し始めたペトルスを訝しげに思いつつ、テオドラは言質を取られぬようそれだけ答える。

「何人かは俺も見たことがある顔だった。しかも元老院で。当然、向こうも見知っただろうな。この店は執政官が出入りしてるんだと」

「……」

「彼らは気になるだろう。帝国の舵取りをしている執政官が、この酒場で何を話したんだろうって」

「自分で、舵取りしてるって言っちゃう?」

「事実だから仕方ない」

 余裕あるペトルスの表情が、ちょっと小憎たらしい。

「そんな彼らに、ここだけの話なんだけどーってな感じで、情報を流してもよい」

「…‥いいの?」

 普通は、口外するな!だと思うのだが。

「当然。もちろん、そのネタはこっちで用意するし、色々条件をつける。まあ時にはオフレコ話もあるかもしれないが、それは部外秘を守ってほしい」

「……。うちの店をスピーカーにして、情報操作しようって事?」

「ご名答」ニンマリと、イタズラが成功したような顔で笑う。

「やっぱり理解が早いな、君は。俺の見込んだ通りだ」

「褒めても何も出ないわよ」


 でも、ペトルスが言いたいことは分かった。

 帝国の最重要人物といえる彼が定期的に来るなら、探りを入れたい貴族たちがこぞって来店する未来が見える。今まであまり来てない緑党貴族も情報収集しそうだ。

 それだけ『青宝の酒場』に金が落ちるということだし、箔もつく。

 だけどデメリットもあるか、とテオドラは冷静に考える。

 これに乗れば、一気に政治色に染まった店になる。店のスタッフが情報目当てに襲われる、といったトラブルも起こるかもしれない。

『けど、なんのリスクもなく利益を上げることはできないわよね……。ほんとに危なくなりそうなら、警護兵を頼むこともできるかな……』


 これらのことをテオドラが考えていた時間は、正味10秒ほど。

「ねえ、……なんでうちの店なの?」

 顔を上げたテオドラがペトルスに尋ねた。

「うん?」

「他にも同じような店はあるわよね?貴族が通う店も。その中から、なんでうちが選ばれたの?」

 今の条件なら、どこの店も喜んで情報提供に応じるはずだ。この青宝の酒場である理由が、何かあるのか。


「そりゃ、決まってる。この店とテオドラが気に入ったからさ」

 笑いを深くしたペトルスが、さも当然のように答える。

「『執政官』なんていってもさ、書類パピルスの山に毎日埋もれて自由なんてありはしない。息抜きにおしゃべりしようとしても、青い血を誇る貴族サマは家柄自慢と売り込みばかりでさ、さらに疲れが増すばかりなんだよ」

 青い血とは、代々の名門を表す貴族たちの自称だ。この店にもそういう言い方をする客はいる。

「その点、テオドラとの話は心地よいな。話が合うというか。情報収集を理由にすれば、小うるさいベリサリウスも仕方なく娼館通いを許してくれるとおもうし」

 これぐらいの楽しみ、あってもいいと思わないか?と、ふざけた感じでテオドラに同意を求めてくる。

「ベリサリウスさんはあなたの部下なんでしょ?そんなに気を使わなくても」

「あー、あいつは叔父さん、現皇帝ユスティヌスの直属でな、監視役なんだな、これが。真面目で頑固で、いいやつではあるんだけど」


「でも」テオドラはクスッと笑う。

「もしかするとベリサリウスさんの方がうちの店にハマるかも?今日の様子を見ると」

「ああ、それな」ペトルスもニヤリとする。

「あいつが、女性と絡んでいるのは初めて見たな。あの朴念仁にも春がきたかも」

 聴こえてはいないだろうが、なんとなくベリサリウスとアントニナがいる隣の部屋の方を見る。人目も憚らず、アントニナが「筋肉さん」の身体を撫でまわし、堪能している図が頭に浮かんだ。


「で、どうだろう」

 ペトルスは姿勢を正して聞いてくる。

「協力してもらえるだろうか。配慮もするし、悪いようにはしない。もし何か問題があったら、その時点で打ち切ってもいい」

「……うまいよね」

 テオドラは諦めたように答える。

「権力者にここまで配慮してもらって、断れるわけないでしょ」

 言葉だけかもしれない。だが本来貴族という人種は、平民のことを配慮すること自体が基本的にない。ただ命令するだけで、それが当然と思っている。

 そんな中で、配慮する気がある、と思わせてくれるだけでも好感度は上がるし、それがわかって言っているなら、なかなかの策士でもある。

「でも、今の言葉に偽りがあると見たら、デマ情報でかき回すわよ?」

 これぐらいは言わせてもらう。

「おお、怖いな」

 しかし、ペトルスの表情は楽しそうだ。

「貴族相手に、唯々諾々と従うだけではなくちゃんと条件をつけてくる。『帝都の華』はただ綺麗なだけではないな」

『帝都の華』はここ最近テオドラにつけられた二つ名である。他にも『夜の女将軍』『蜘蛛女』などいろいろある。

「俯いて萎れている華は、美しくないでしょ?」

 テオドラは自信たっぷりに言う。


「それに」不意にテオドラが体を寄せる。

「ちょっとしゃべったくらいで、あたしのこと分かったつもりでいる?」

「それは、どう」

 ペトルスの言葉が中途半端に途切れる。テオドラが懐に飛び込み、唇をつけてきたからだ。ペトルスの目が見開かれ、反射的に身を引こうとするも、テオドラの腕が素早く後頭部と背中に回り、逃さない。

 たっぷり時間をかけたキスのあと、唇が離れる。

 呆然としているペトルスの唇に、テオドラの口紅がべっとりついて、ぬめった光を反射している。

「ベットの上での評判もいいのよ、あたし」


「…なるほど」

 最初こそ驚いた顔をしていたペトルスだが、すぐに余裕を取り戻した。

 この地位、この年齢、この顔だ。ペトルスも立派な大人の男なのだ。

「これからは大人の時間、というわけだな」

「そうね」満足気に自らの唇を舌で濡らしたテオドラが、ペトルスの耳元で囁く。

「夜は、まだ長いわ」

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