――おまけ読み切り/トライアル・バーサス
第43話 卒業式 その1
「妹が家にいてエロい気持ちになったりしないの?」
興味と確認の意味を込めて、クラスメイトに聞いてみる。
「ならねえよ。自分にそっくりな顔を見て、可愛いなこいつ、とか思うか?
妹を持たないやつはそういう幻想を持ちやがる。
実際に妹がいるやつなら決まって鬱陶しいって言うだろうさ。
同じ空間で生活してると嫌な部分ばっかり見つけちまうしな」
「ふうん、やっぱりそうなのか……」
「なんだその反応……。母親に恋愛感情を抱くか? とか聞かれたらお前だって想像して気持ち悪いって思うだろうが。……ちょっと待て、というかお前には、妹がいたよな?」
「ああ、いるよ。身内びいきだろうけど、めちゃくちゃ可愛いのが一人」
スマホを取り出し、ロック画面に設定している妹の画像を見せる。
プリンを食べている途中で、
スプーンを口に咥えたまま、カメラを手で塞ごうとしてくる焦った妹の姿だ。
「……おれから見たら他人だから全然ありだが、
兄のお前から見てあの妹のことをどう思っているんだよ」
「だから聞いてみたんだよ」
俺の一言に、クラスメイトは察したようだ。
「……まあ、引いたりはしないよ。あの容姿なら仕方ないもんな。
それにお前らって、全然似てない
おれとは感覚が違うんだろうな」
俺に似ても似つかない妹。
確かに、自分を見ているという感覚にはならない。
「好きなのか?」
「ああ」
「異性として、だよな? ……で、告白は?」
「卒業式の日にしようかと思って。
卒業すれば、兄妹で付き合っていても、学校で噂になることもないだろうし」
「あと一週間もないな……。
それにしてもやけに自信があるんだな、告白が受け入れられる前提で考えてるじゃないか」
「そりゃそうだろう、告白するなら、成功をイメージするだろ普通」
もちろん、気持ち悪がられて、フラれる可能性もある。
あるにはあるけど……。
「天地がひっくり返りでもしなければ、断られそうにもないと思う」
―― ――
玄関を出て校門を抜ける。
「あ、兄さん」
と、俺の斜め後ろの死角から声をかけてきたのは、妹だ。
振り向くと、二歳離れた小柄な体格の妹が、頬を膨らませているのが見えた。
……ご機嫌は、少なくとも良くはなさそうだ。
「けっこーな時間、ここで待ったんですけど……」
「ごめんごめん、クラスメイトに捕まっててな――」
嘘じゃない。
個人的な相談事もあったが、本来は卒業旅行の打ち合わせのために(自由登校なのだが)学校に集まったのだ。
予定していたよりも打ち合わせが長引いてしまい、
妹を待つタイミングを過ぎてしまったのだ。
そうは言っても、細かく約束していたわけではない。
妹のクラスは普通に授業があるので、終わった段階で連絡してほしいと言っていたし、時間が合わなければ、先に帰っていてもいいと事前に伝えてある。
妹がここで待ちぼうけな目に遭うことは避けたはずだけど……。
「……兄さんとお友達の貴重な時間を邪魔するのはちょっと……」
「遠慮してくれたの? お前が?」
「……へえ、なんですか、空気が読めない子だと思ってます?」
「だっていつもなら、周りのやつを押しのけて、俺の手を引いていくじゃんか」
「わたしだってタイミングや場を弁えるのっ!」
もう知らないっ、と先にいってしまう妹を立ち止まって見送る。
しばらくすると妹が、振り向く、まではしないが、
ちらりと視線を向け、俺と目が合って、慌てて視線を前に戻した。
……分かってるって。
妹の背中を追い、隣に並ぶ。
様子を窺うと、口元が緩んでいたので、ご機嫌を直してくれたようだ。
「ほら、かばん、持つよ」
「点数稼ぎですか?」
「両手が塞がっていたら危ないだろ? だから俺がそのカバンを持つよ」
「カバンを渡したら両手が空きますけどね」
「その片手をこれから塞ぐんだよ」
妹の小さな手を握り締めるように、手を繋ぐ。
びくんっ、と妹の肩が跳ねたが、嫌がって離すどころか、ぎゅっと握り返してきた。
「兄さん」
「ん?」
「待ってますからね?」
どういう意味なのか、聞き返すまでもなく、答えは既に手の中にある。
時間が解決してくれることだ。
そう、
天地がひっくり返らなければ、だ。
―― ――
卒業式が無事に終わる。
校門を抜ける前に、俺を待っていてくれたのは、妹だ。
薄い
喜ぶとぱっちりと開く瞳が、今は薄く細められていた。
口元が微笑み、お疲れさま、と全身を包み込んでくれそうな母性を感じられた。
距離が詰まる。
「おめでとう、兄さん」
「ありがとう、
髪色と同じ名前を持つ妹が、期待した目で俺を見上げてくる。
あとは言うだけだ。
でも、少し人目が多いのが気になる。
「あー、……そうだ、母さんと、父さんは?」
「先にファミレスにいってるって。
だからわたしと兄さんの二人で、待ち合わせ場所に合流すればいいだけだよ」
厄介払いは出来ているらしい。
学校を出てしまえば、クラスメイトとは鉢合わせないだろう……、
まだ学校に残っているのが大半だ。
お膳立てはされている。準備は万端……か。
残るのは、俺の覚悟のみ。
「……そうか。じゃあ、いこうか」
妹の手を引き、校門を抜ける。
もう二度と学生としては通らない道だ。
そんな最後の景色は、よく覚えていない。
―― ――
待ち合わせのファミレスまでの道中、俺たちの間に会話はなかった。
人もそれなりにいるのに、周囲の喧騒が一切、聞こえない。
聞こえてくるのは自分の鼓動の音だけだ。
ファミレスは駅前にある。
なのに、俺たちの足は自然と、真逆の方向にある自宅に向かっていて……、
家の門に手をかけたところで、はっとして気付いた。
「……間違えた、なにやってんだ俺は……」
緊張し過ぎだ。
行き先を間違えていることにも気付かないなんて……。
「荷物を置きにきた、わけじゃないの?」
妹が首を傾げながら。そういう解釈も、できなくはないか……。
妹が、道を間違えた俺に声をかけなかったのも、一応は納得だ。
「荷物、か……」
一応、カバンは持っているが、中身は卒業証書くらいだ。
後輩から慕われていたなら、寄せ書きの色紙一枚二枚は貰っていただろうけど、
俺は帰宅部だし、後輩との繋がりもない。
縦の繋がりも横の繋がりもなく、交友関係なんて、座席の周辺くらいなものだ。
おかげで荷物が軽い。妹につけられた胸の花もつけっぱなし。
卒業証書も親に見せるつもりだった。なので置いていく必要はない。
だから家に一旦、帰ってくる必要なんてなかったし、ファミレスまで遠回りになるだけ。
妹は聡明で、俺の人間関係、スケジュールまで把握している。
荷物の中身だって分かっているだろう。
家に戻る必要がないことくらい、もっと前に気付いていたはずだ。
なのに、なにも言わなかった。
「…………」
「はうっ!?」
手の甲を妹の頬に当てると…………熱い。
風邪でも引いているんじゃないかってくらい、熱を持っていた。
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