第41話 ……その後

「いただきます」

 そう呟いてから、僕はうどんをすする。


 このうどんは食堂のおばちゃんの自信作らしい。

 いつの間にこんなものを作っていたのだろうか……。


 新メニューなんて、滅多に増えないのに。

 しかも滅多に増えないメニューの新メニューがうどんって……。

 新メニューというよりは、新フォルムみたいな感じだ。


 さすがに僕好みにしろとは言わないけど、しかしうどんとは――、

 僕も少しがっかりしたものだった。

 だが、おばちゃんが、

「まあ食べてみなよ。食べてから決めな」

 と言ってくるので、確かにそれもそうだな――と思い頼んでみた。


 そして今、食べてみた。


 美味かった。

 満点だよこれ。


 普通のうどんに思えるけど、しかし違う――なにが違うかは、説明できないけど、出汁が違うのかな? 麺? その両方かもしれない。

 とにかく今までメニューにあったうどんとは、見た目は同じだけど、中身が圧倒的に違う。


 質が違い過ぎる。


 なのに値段は同じって……。元祖うどんの存在価値は?


 それはそれで需要はあるのかもしれない。まあ、食堂の経済事情など、知ったことではないので、さっさとうどんを食べ、昼を終わらせよう。この後は用事もあることだし。


 勢い良く麺をすすっていると――目の前に人影。


 女性だった――彼女は僕の前の席に座り、おぼんを置く。


「……? ――えっと、誰ですか?」


 僕は聞いた。


 ――殴られた。


「馬鹿にしてるのかしら? 私よ、私」


 すると女性は、カバンからメガネを取り出し、かける。


 そこで理解した。

 見慣れないから気づかなかったけど、


「――なんだ、斬子か」


「なんだとはなによ」

「いや、斬子とは思えないくらい綺麗だったから」


「うぐ……、――ってちょっと待って。

 それは褒められているの? 貶されているの? 怒りづらいんだけど」


「褒めてる褒めてる。今までで一番、綺麗だって」

「そう、かな……」

 そう言ってメガネをはずした斬子。


 うどんと同じく、斬子もフォルムチェンジを果たしたらしい。


 それにしても、メガネなしの斬子は、破壊力が凄かった。


 今までとは印象が、がらりと変わる――心、動かされそうになる。


 祐一郎はこれを見ていたのに――なのにメガネをかけろと斬子に言ったのか……。


 なにを思って言ったのか――なにも思っていないのかもしれない。

 なににも興味がない――なにも思わない。 


 でも斬子にそういうアドバイスをしたということは――、

 テキトーながらもしかし、きちんと目を向けていたということか。


 遥が語ったほど、人間味がない人間ではなかったということか――。


 全て、僕の想像で、妄想だけど。


「あ……、――祐一郎もそのうどん?」


「ああ、おばちゃんに勧められてね……。

 ――にしてもこれ、四日前くらいから出してたんだな……」


「うん。私、四日前から今日まで、連続でこれ頼んでるわね」

「…………」


「――だって美味しいもの」

「……あ、そう」


 斬子、満面の笑み。


 四日、連続うどん――僕だったらもう、うどんのこと嫌いになりそうだ。


 しかし斬子は笑顔で、美味しそうに食べている。そこまで幸せそうに食べてもらえたら、うどんも満足だろう。おばちゃんだって、満足だろう。僕だって、見ているだけでお腹一杯になる。


 斬子をちらちらと眺めながら、食事を再開――当たり前だけど、斬子よりも早く食べ終わり、やることがなくなった。なので斬子を眺めること、一つを集中させることにした。


 じーっ、と見る。


 すると僕の視線に気づいた斬子が、分かりやすく嫌な顔をした。


「……あの、あまり食事中の姿を見ないでほしいんだけど……」


「ん? ああ――ごめんごめん。暇だったからついつい」


 そう言って、おぼんに手をかける。


 斬子に用もないし、この後も、出かけるところがあるし――まだ少し時間はあるけど、早めに行っても損はないだろう。予定の時間よりも早いから、あいつはびっくりするだろうけどな。


「って、なにしてるの?」

 斬子が僕の手を押さえ――動きを止めてくる。

「私を置いて行く気なの?」


「その気満々で、その気しかなかったんだけど」

「酷いわね。待ってくれてもいいじゃない」


 いや、待ってろってお前……。


 ただでさえ食事が遅いのに、うどんということで、きちんと味わって食べてるから、いつもより倍の時間がかかってるんだよ。そんなスローペースの食事を待つのも、簡単じゃないんだぞ――精神的に、重く圧し掛かってくるんだよ。


「うわ、分かりやすい嫌な顔……じゃあ、なんでも――話でも振りなさいって」


「それ、僕の負担が多くない?」


 話を振れって――結局、話題を作れってことじゃないか。

 自分が思い浮かばないから人に任せただけか――、

 まあ、しかし、幸いにも話題があったので良かったが。


「じゃあ――鞠矢ちゃん、最近どう?」

「また妹のことを……」


「なんでそんな、親の仇みたいな目で見るんだよ……。

 別にいいだろうが。鞠矢ちゃん、友達なんだし」


「ふーん。私が紹介したとは言え、いつの間にか仲良くなってるし……。

 なんでそんなにすぐ仲良くなれるのよ――ああ、なるほど。精神年齢が一緒なのか」


「かもね」

「そこは否定して」


「鞠矢ちゃんと精神年齢が一緒……それは光栄だね」

「人の妹を高く見ないで」


 じゃあ低く見ろと……? 

 それはそれで文句を言うくせに。


「適度なところ――女子中学生として見てってことよ」

「了解。で、最近どうなの?」


「どうって――」

「仲良くなれてるの?」


「そりゃあ、今まで不仲だったのが嘘みたいに、仲は良いわよ。

 この前だって一緒に買い物したし――ヘアピンをお互いにプレゼントし合ったし」


「斬子、ヘアピンなんて使わないじゃん」

「部屋に飾ってるわ。使わない、保存用」


 ……うわあ。

 シスコンだあ。


 僕が言うのもなんだけど、こういうのを外側から見ていると、気持ち悪いな……。

 しかし、けれど微笑ましくもある。


 あんなに悩んでいて暗かった斬子が、ここまで明るくなってくれたのは、やはり嬉しい。

 そして鞠矢ちゃんも――、過ごすべき日常を過ごしていることに、嬉しく思う。


 記憶の件だけが少し不満だけど――まあ仕方ない。


 そういう風にルールとして定めたのは、僕なのだから――。


「一度決めた以上――変更はできないからね……」

「ん? なにか言った?」


「いや、なんでもないよ」

 そう誤魔化したら、首を傾げた斬子――まるで猫みたい。


 黒猫みたい――不吉過ぎるけど。


 まあともかく。


 さっき、一度決めたルールは変更できないとは言ったが、正確には変更できる――確かにできるのだが、しかし祐一郎に成り代わっていた反動で、僕はむるるとしての力の扱い方を、完全に忘れていた。つまり軽い記憶喪失状態。

 魔法少女監視員だけど、権限などはなにもない状態――力さえまともに使えない。


 ルール変更も当然、できない。


 僕は春希祐一郎としてしか、生きられない体になってしまったらしい――。


 だが僕が力を失う前、

 魔法少女を生み出すことについては、力をオートにしていたようで、

 僕が力を使えようと、使えなかろうと、関係なかった。


 魔女がいて、魔法少女がいなければ――、魔法少女は生み出されていく。


 どこかの少女を捕まえて。


 無理やりに交渉して。


 それはもう、強制的に。


 そして魔法少女が、誕生する。


 つまり遥の後任者は、既にいるはずというわけだが――、それが誰かは僕にも分からない。


 まあ、知りたいわけでもない――アイファを倒そうとする少女のことなど。


 そんな簡単にアイファがやられるとは思っていないし――、

 逆にアイファ担当の少女を心配してしまうくらいだ。


 ――あれから、アイファとは会っていない。


 あちらから声をかけてくることはないし――、僕も声をかけることはしなかった。

 そもそもで、まず見つけられていないのだ。あの人の姿を見ていない。


 謝りたかったのに。


 もっとたくさん、話したかったのに――しかしまあ、これから先、一生会えないわけでもないだろう。きっと、どこかで会えるはずだし。それまで、気持ちは蓄えておくとしよう。


「じゃあ、斬子。少し早いけど、あいつのことを驚かしたいから、もう行くよ」


「……遥ちゃんのところ?」

「――うん」

 僕は頷いた。


「昨日も行ってなかった?」

「毎日行ってるからね」


「そっか……」

 斬子は箸を置いた。

 うどんは、まだ食べ終わっていなかった。


「今度、私もお見舞いに行くからね」


「ああ、助かるよ。仲良くしてくれるとありがたい」


「遥ちゃん……今、どんな感じなの?」


 僕はおぼんを持って、立ち上がる。

 そして少し考えて、斬子を見た。



「――自分の名前を、言えるようになったよ」

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