第40話 二択の救世主
「財布……?」
「そう、財布。血が付着している財布――これ、お兄ちゃんの」
はっ、としてすぐにポケットを確認し、自分の財布を取り出す。
遥が出したものと形も中身も同じだ――そのはずだ。
同じになるように生成能力で作ったのだから、同じでないと困る。
「それは……どこに――」
「たぶん、お兄ちゃんが死んだところと同じじゃない?」
可能性は――ある。
祐一郎に成り代わる時に、彼の持ち物を全てコピーした。
そしてその場にあるものは全て、消滅させた。持ち物も――肉体も。しかし全部がぼくの見えるところに落ちているはずもなく、やはり中には、ぼくの見えないところにまで飛んでいってしまった持ち物もあると思っていたが、まさか――財布だとは。
血がついている――財布だとは。
中には身分証明書があるし、偽物だとは思えない――本物としか思えないだろう。
不覚だった――どうせ飛んでいったとしても大事なものではないだろうと決めつけて、確認を怠ったからこそ、招いたのだろう。
きっかけ――遥はそれを見て、心にしまっている『おかしい』が肥大化した。
「それのおかげで、わたしは尾行をしようと思った。お兄ちゃんを――むるるを」
「尾行……」
「気づいていなかったみたいだね。むるるなら普通に気づけたと思うけど」
思うけど――ねえ。
遥は、ふふ、と笑う。
「でも気づけなかった。だってむるる、お兄ちゃんに成り代わろうとして、記憶と人格をコピーして――でも段々、お兄ちゃんに飲み込まれているんだもん」
記憶がなかった――それがなぜなのかという説明は今の通り。
祐一郎になろうとしている内に、本当になってしまった。
むるるという存在を上書きしてしまった。
それが、さっきのアイファの――記憶の呼び起こし。
それのおかげで思い出せた。
「限りなくお兄ちゃんに近い――でも妹が大好きだという性格は、付け足した。
綺麗に整っている中にある歪み――だからこそ気づきやすかったのかもね」
もういいかな? ――遥はそう言って、視線をアイファに向けた。
やるつもりなのか? ――アイファを殺し、記憶を消すことを。
ぼくは――止めることは、できそうにはなかった。
もしも止めれば――死にたいほどの苦痛を味わいながら、遥は過ごすことになる。
好きで好きで仕方なかった兄のいない世界を、生きていかなくてはならない。
知ってしまっているからこそ、誤魔化すこともできそうにはない――、魔女を倒し、記憶を失って、ぼくが祐一郎の振りをするしか、解決策はないのだろう。
けど――そうなるとぼくは、遥に倒されるアイファを、見なくていけない。
見過ごさなくてはならない。
見捨てなければならない。
スパイとして忍び込んだ場所だけど、しかし楽しかったところだ。
自分の居場所だと思えた場所だ――それは、もう過去のことであるけど。
でも、アイファはさっき、ぼくのことを求めてくれた。
そんな彼女を見捨てる? 見殺しにする? できるわけがなかった。
これも二択だった。
魔女か魔法少女か――つまり、アイファか遥か。
そんなもの――、
「選べるわけが、ないだろうが……ッッ」
ぼくは魔族だけど――それでも生きているし、感情もある。
どちらかを得るためにどちらかを斬り捨てるなんて、できるわけがない。
両方がハッピーエンドを迎えることは、現段階ではなかった。
これからもないだろう。
どちらかをハッピーにして、どちらかをバッドに落とす――、それしかないのなら。
「ぼくは――」
その時、足音が聞こえた。
―― ――
「あ――」
そんな、思わず出ちゃったような弱い声はしかし、この静寂では一番、声量があった。
倒れているアイファさんも――今まさにアイファさんを消滅させようとしていた遥も。
彼女を見る――メガネをかけた、幼馴染を見る。
「えっと……遥ちゃん? と……その人は知らないけど――なにしてるの、祐一郎?」
このパターン。
ぼくが考えていた、苦し紛れのパターン。
二択しかないところに詰め込んでみた、三つ目の選択肢――、
ただ物理的に無理だろうなと思っていたこのパターンは、偶然にも引き出された。
斬子――ぼくではなく祐一郎の幼馴染。
彼女の登場は、どちらかをハッピーにし、どちらかをバッドに落とす――、
そんな選択肢を根元から引き千切ってくれた。
そして――、
「あ、……あ、あ……っ」
遥が、膝を崩して地面に尻餅をつく。
両の手の平を見つめる遥は――なにかを掴み戻そうと必死に、手をぐーぱー、とさせる。
しかし逃げたなにかは戻らず、空中を漂い、天に向かう。
光の粒として、天に向かう。
ぼくだからこそ――魔法少女監視員だからこそ分かる、この現象。
遥は、ルールを破った。
一般人に正体がばれてはいけないというルールを破った――その罰を受けている。
力の喪失――、
魔女と関わっていながらも、記憶を失うことはできず、力を失う。
魔女が見えてしまう――魔女だけでなく、『魔』が見えてしまう。
そんな危険な状態でしかし、力がないから――遥はきっと、なにもできない。
命が常に危険に晒されている、平和とは言えない日常を、
これから先、一生、過ごすしかない。
「わたし……わたし、これ、あ……お兄ちゃんのこと、忘れることが――」
無意識のように呟く遥は、呟きながら――、唐突に意識を失くした。
背中からばたりと倒れる。頭を打ったのか、変な音が鳴った――、
それを聞いて駆け寄ったのは、斬子。彼女は遥を抱き寄せ、
「祐一郎――なにしてんのっ! 早く救急車!」と、ぼくを叱った。
「――わ、分かった」
すぐにスマホを取り出して救急車を呼ぶ。
この場所――どこか分からなかったので一旦、場所を離れて辺りを見てから、目印になりそうなものを見つけ、電話先に伝える。そして戻ってきて、
「すぐに来るってさ。――遥は?」
「気を失ってる……だけだと思う。
いくら揺すっても目を覚まさないのが、少し心配だけど――」
「そうか……」
ぼくは安堵の息を吐いた。
斬子が来てくれたおかげで、アイファは殺されなかった――、
ただ遥は、絶望に叩き込まれてしまった。
結局、これもどっちかをバッドにして、どっちかをハッピーにしただけのことなのかもしれない。なにも変わらない――、種類が違うだけで、あの選択となにも変わらないのかもしれない。
「祐一郎……そこにいた人は?」
「ん……? アイファのこと? あの人なら――」
視線を向け、ぼくが示した方角には、しかし誰もいなかった。
「――あれ?」
すぐに、アイファがいた場所まで駆け寄る。
そこにいたであろう温もりはある――、けれどそれしかなく、
彼女がどこに行ったのか、手がかりはなかった。
あれだけ怪我をしていたのに……よく移動できるな。
魔女だから――なのかもしれない。
「……ん? なんだ?」
足元が温かい――いや、それを越えて熱かったので、自然と意識が向いてしまった。
導火線を燃やすように、地面を進む炎――小さな、火。
その火はしばらくすると消え――、燃やし進んでいた部分が光り輝き、浮かんでくる。
その文字――言葉。
アイファがぼくに残した、メッセージ。
「――ははっ」
そこには――、
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