第38話 魔女と使い魔
あの時、ぼくはなにも考えていなかった。
遥とアイファのいつもの戦いを眺めていただけだった。
どちらかについて、手助けはしないし、有利も不利も意図的には作り出さない――、そういう自分ルールを守っていた。というよりは、単純に興味がなかっただけと言えるけど。
興味はなかった――だから魔法少女を作り出した後、彼女たちにはノータッチでいこうと思っていた。なにもせず、ヒントも特に与えず、必要最低限の情報――、
ルールと役目を教えるだけで、放ったらかしにしようと思っていた。
しかし遥だけは――放っておけなかった。
そして鞠矢――遥と仲が良かっただけで、彼女にも目を向けるようになった。
ぼくは気づけば、遥のことばかりを考えていた。
だからあの事故は、ぼくにとっては好都合だったのかもしれない。
なにも考えていなかったからこそ、デメリットを考える暇がなかった。
本能的な行動だったのだ。
遥とアイファの戦いで吹き飛んだ建物の一部分――、それが一人の青年を潰した。
春希祐一郎――遥の兄貴だった。
潰されて生きていられるわけがない――、
運良く即死でなくとも、きっと死ぬ、いや絶対に死ぬ。
兄貴が死んだ――そんな報告を遥にした場合、彼女は悲しむだろう。
魔法少女として生きることに影響が出るかもしれない。
かもしれないではなく、きっと出る――彼女を見ていれば、簡単に分かることだ。
遥が兄貴へに向ける好意は――恋心の他にない。
一線を越えてしまうほどだった。
遥にとって、なくてはならないものだった。
それを、偶然とは言え、遥自身の手で潰してしまった。
自業自得と言えるかもしれない――でも、兄貴の死を、彼女に聞かせたくはなかった。
なら――どうする。
ぼくは――どうする。
答えは決まっていた――ぼくは、春希祐一郎に、なりきった。
これから一生、遥の隣にいるつもりでいた。
ばれている様子もなかったし、遥も違和感なく受け入れている様子だったから、大丈夫だと思っていた。これから一生、彼女が死ぬまで、隣に居続けられると思っていた――しかし。
今。
ばれた。
―― ――
「あ……、あ……ああ――」
ぼくはきっと、酷い顔をしているのだろう。
「……、遥――」
「お兄ちゃんの顔で、姿で、そんな声を出さないで。そんな顔もしないでよ」
遥はぼくを突き放すように言い放つ。
そんな顔は見たくなかった。ぼくを、見捨てないでほしかった。
受け入れて、ほしかった。
「どうして……ばれて――」
しかしそこで、ぼくは最後まで言葉を言えなかった。
遥が、手を前に出し、ぼくに向けて炎を飛ばしてきたのだ。
矢の形をした炎。だけどその矢は、ぼくの体など無視して、当たることなく通り過ぎていく。
そして気づいた――ぼくの後ろには、アイファがいる。
すぐに振り向いたぼくは、迫るアイファを見つける。
手に纏う炎を鋭くさせて、ぼくの首を刈り取ろうとする彼女を見つける。
当然、ぼくを通り過ぎた矢に、アイファは貫かれた――しかも一本ではなく、数十本だ。
そして後ろの壁――そこに張り付けにされた。
身動きが取れずにもがくだけ――ぼくを睨みつけて、怒鳴るだけ。
「むるるッ! あなた――あの時に逃げ出して! こんなところにいたのね!」
アイファは矢に貫かれた体のことなど気にも留めず、ぼくだけを見ていた。
ぼくにしか意識を向けていないようだった。
「心配したんだから……まったく、あなたは私のっ、使い魔でしょうがッ!」
「…………」
そんなに、泣きそうな顔で言われたら……、
「否定なんて、できないじゃん……」
遥たち――魔法少女監視員であるぼく。
それよりも前は、アイファ――魔女の使い魔だった。
「むるる――あんた、あのおばさんとも知り合いだったんだ……」
「ちょ――誰がおばさんだってっ!? 子供に言われたくないわよ!」
遥の言葉にアイファが反応した。
いつもはやる気のなさそうなアイファだが――、しかしこうして一度スイッチが入ってしまうと荒くなるこの性格は、しっかりとぼくの記憶に刻み込まれていた。
どうやら、着々と記憶が戻ってきているらしい。
記憶の中、曖昧なところもあるが、それも少なくなってきている。
もう少しで、分からないところもなくなるだろう。
「……まあ、ね」
ぼくは肯定した。
知り合い――、
というか使い魔だから、相棒のような存在だけど、
しかし実を言えば、正確に言えば違うのだ。
記憶が戻った今だからこそ分かり、そして今だからこそ言えること――、
「ぼくはアイファの使い魔という設定で忍び込んだ、スパイだよ」
遥にとってはどうでもいい――、驚きもしない告白だったけど。
しかしこの告白に一番驚きを見せたのは、やはりアイファだった。
なんでも知っていそうなアイファだと思っていたけど、これは予想できていなかったらしい。
動けないまま、ぼくを見るアイファは――、
「どういうことよっ、むるる!」
「どういうことって……そういうことなんだよ」
ぼくは言う。
「ぼくみたいな使い魔――いや、ぼくたちみたいな使い魔になるような魔族は、魔女に対抗する術を持たない。だからぼくたちは考えた――、強者である魔女に、弱者である魔族はどうすれば勝てるのか……それを見つけるために、ぼくはアイファのところに行った」
「……なら、あの時の、死にそうに倒れていたのは、演技だったの?」
「あれは……」
そこは少し記憶が……いや、薄らと覚えている。
さっきまで記憶が消えていたのとは関係なく、
あの時は記憶しにくい状況だったから――、だから曖昧なのだろう。
「あの時は誰がスパイに行くかで揉めていた。
ぼくら、魔族同士で、弱者の争いをしていて……。そしてぼくは気絶させられた。
それから無理やり、アイファのところに送られたってわけ」
だから――あれは演技じゃないよ。そう言った。
それに演技だった時の方が少ないかもしれない。
アイファといる時は、楽しかった。その時はよく思っていた――このままアイファとずっと一緒に居ればいいのではないか……、ぼくはここで、過ごせばいいのではないか……、と。
「でも、あなたは逃げた――気づかない内に、私の前から消えていた」
「……やっぱり、仲間を裏切れなかった。
それに、魔女に対抗する術を見つけたと言うんだ――、
それを断ることは、ぼくにはできなかった」
「…………」
「やっぱりぼくたちにとって、魔女は邪魔だったんだよ――敵なんだ」
僕は言う――、祐一郎の姿のまま言う。
そのことに遥はなにも言わずに、ただ見ているだけに努めてくれている。
今は、ぼくこと、むるる――そしてアイファのターンなのだ。
「魔女に対抗する術……、それが――」
アイファは遥を見た。
そしてぼくに視線を戻す。
「――魔法少女ってことなの?」
「そういうことだよ。なぜか魔女はこっち――人間界によく行っているからね。
都合が良いと思ったんだろう。そしてぼくたちは、すぐに準備を進めた。
そして――今の状況」
「他のメンバーは? むるる以外の、魔族たち――」
「帰ったよ」
ぼくの言葉にアイファは、本気で驚いていた。
「これじゃあ、時間がかかり過ぎる――、弱者である自分たちよりも弱い人間を使うのは、効率が悪過ぎる。そう言って、ぼくに全てを任せて、一人残らず、帰ったよ――元の世界にね」
息を飲む――音。
「……どうして、むるるは帰らないの……?」
「居場所がなかったから」
すると、アイファが言葉だけでは足らないのか――体を動かそうとした。
だけど矢が刺さっているので、壁から離れることができなかったらしい。
壁を破壊しようと壁を叩いている――しかし規則的な音が鳴るだけで、壊れはしない。
「帰っても――今更またアイファのところに行っても、居場所はなかった。
だからここで見つけることにした――」
そして、居場所が見つけられたわけだった。
遥と共にいること――そして遥の兄貴として生きること。
それも、現時点で、破壊されたわけだけど。
「――私は……そんなの気にしない!」
アイファが叫ぶ。動くことをやめて、声だけに集中した結果――、
その声はぼくの中にしっかりと届く。
「一度、裏切られた。実はスパイだった。
私たちを敵と見て倒そうとしていた。そんなこと――私は気にしないっっ!」
見間違いでなければ――アイファは泣いていた。
ぼくのために泣いていた。その顔を、くしゃくしゃに歪めて。
「むるる――あなたは私の相棒。
だから――っ、あなたの居場所は、ここにある!」
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