第37話 名無しの潜伏

「――ッ!」


 僕の頭を掴んでいたアイファさんの手が、さらに強く僕の頭を掴む――握る。

 握り潰すかのように強く、強く。

 そして僕を持ち上げ、ボールのように体を地面に叩きつけた――、

 女性とは思えない叫びをあげて。それはもう咆哮だったか。


「――ぐ、うッ」


 意識が吹き飛びそうなったけど、しかし踏ん張って――物理的にも踏ん張って。


 僕は体勢を整える。

 叩きつけられたのは肩だけなので、そこだけが痛む――他は無事。


 魔女――と言うよりは、野獣のようになってしまったアイファさんと向かい合う。


 彼女と僕は、向かい合う。


「アイファ、さん……?」


 聞いてみたが、アイファさんは反応を見せない。

 すると体が燃え上がる――アイファさんが炎に包まれる。


 その炎はアイファさんを覆い――防御装甲へ、変化する。


 それは僕に対して、防御だけでなく攻撃としても有効になる。


 僕は彼女に触れられない。

 逃げることもできないだろう。

 応戦したところでどうしようもなく八方塞がり――絶対絶命だ。


 しかし――、


「アイファさん、一体どうしたんですか!?」


 やれるところまでは、やる。


 こんな状態にまでなってから説得という方法が効果を出すとは思えないけど、

 やらないでめちゃくちゃにされるくらいならば、やってめちゃくちゃにされたい。


 だから僕は逆に、歩み寄る。

 後退せずに、歩み寄る――進む。


 アイファさんの目の前で、止まらず――、炎に包まれている彼女の体に、触れた。


「…………ッ」

 熱かった。燃えている。溶けそうだ。痛みは限界を越えて、もう感じない。


 それでも僕はアイファさんの手を――腕を掴んだ。しっかりと握り締める。


 アイファさんは僕の手を振りほどこうとした――、


「お前は……――!」


「お前……は?」


 僕は聞き返す。

 彼女は一体、僕の記憶の、なにを見たのだろう――?


「アイファさん……あなたは一体、なにを見たんですか?」


 それは聞いてもいけないことなのかもしれないと予想はしていた――けど、

 しかし聞かないわけにはいかなかった。

 原因――原点。

 そんな気がした。僕の中の、僕でさえ知らないなにか――そんな気がした。


 そして僕は前に倒れた――無様に腹を地面に打ち付ける。


 なぜ? ――手をしっかりと掴んでいたはずなのに。離すものか、と掴んでいたのに。

 多少の痛みで、離すわけがない――だから痛みではないのだ。


 僕が倒れたのは――感触が消えたからだ。

 掴んでいるという感覚が消えたからだ。


 離す、離さない――痛み云々関係なく、

 まず掴んでいるはずのアイファさんの腕が消えた。


 だから倒れたのだろう――僕は。


「なにを見たか……ね」


 アイファさんは僕の後ろ――彼女は両腕が、炎と化していた。


 そうか――だから掴めなかったのか。

 物体でなくなったのだから、掴めるはずもない。


 全身を炎にしないところを見ると、まだできないのかもしれない――、

 もしくはそういう仕様……か。


 良かった――そう、良かった。

 もしも全身、炎にできるのならば、僕はアイファさんのことを人間として――魔女として――見ればいいのか、炎として見ればいいのか分からなくなってしまう。


 だから一部分でのほのお化は、彼女を人間として見ることができる基準になる。


 僕らと同じ――、


 ――僕……『ら』?


 僕は、なんだ?

 僕はみんなと――同じ?


 僕は誰だ?

 なんだ? 


 どういう奴だ?


 記憶――、


 記憶がおかしい。


 誰だ? なんだ? 


 遥が見える。

 鞠矢ちゃんが見える。


 アイファさんも見える


 見知らぬ女の子たちが見える。

 みんなみんな、魔法少女の衣装を着ている。


 見知らぬ女性たちが見える。

 みんなみんな、魔女の衣装を着ている。


 僕の視点がおかしい。

 みんなの背が高い。


 僕が、低い?

 そんな馬鹿な。


 僕は一体、どんな姿をしているのだ――。


 ―――


 ――


 ―


「――やっと思い出せたの?」


 頭を抱えながら、僕は体を起こす。


 声は、アイファさんからではなかった。

 アイファさんと向かい合う形で、僕を挟む形で。


 妹――、遥がそこに立っていた。


 魔法少女の格好で――全身、真っ赤。


 ――声は遥のものだった。 


 彼女は僕の言葉など待つ気もないようで――言いたいことを勝手に言うようにして。


 そして、告げる。


「やっと暴けた。

 なにが目的か知らないけど、いい加減にしてよね――むるる」


 その名は――、


 そうか、僕は――。



 


 

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