第36話 交換条件
そして、僕はショッピングモールから外に出た。
出る時――つまりデートを途中で抜ける時に鞠矢ちゃんに止められたが、
「妹から緊急の用事!」と言ったら、あっさりと引いてくれた。
鞠矢ちゃんは手を振りながら、
「遥ちゃんによろしくねー」と言って、僕を見送ってくれる。
とりあえず、斬子のことは鞠矢ちゃんに任せることにする――、
しかし一つ、気になることがあるとすれば、急変した鞠矢ちゃんの性格、話し方を、斬子はすぐに受け入れることができるのか、である。
僕でも最初は戸惑ったからな……、斬子はもっと戸惑うのではないか。
しかし仲直りしてからあんなに楽しそうに話していたのだ――案外、違和感はなくすんなりと受け入れることができるのかもしれない。それか、変化に気づかないかもしれない。
考えれば考えるほど、あの二人に心配はなさそうだった。
そう言えば――遥と鞠矢ちゃん。
接点はあると思っていたけど、まさか魔法少女で……とは。
思いもしなかった――そんな想像力など、まったくなかった。
いや、魔法少女で知り合ってから、友達になったのか、友達になってから魔法少女になったのかは知らないけど。しかしそこには、確かに友情があるということだろう。
どんな友情でも――友情は友情だ。
鞠矢ちゃんが遥『ちゃん』と言っているところを見ると、仲は良い方なのかもしれない。
少し、安心。
妹は、人間関係に苦労をしていないようだ。
結局のところ、
鞠矢ちゃんに聞こうと思っていた遥のことは、聞けないままだった。
(そんな場合ではなかったと言うべきだけどね)
だけど、こうして記憶の中に組み込んでくれたということは、鞠矢ちゃんも、僕が近づいてきた理由に、気づいていたのかもしれない。
妹のことを妹の友達に聞く兄――どう見られていたのか……。
今となってはもう、聞いたところで答えなど分からないことだ。
「炎の魔法少女――そして魔女……ね」
僕は呟く。そしてショッピングモールから進み、バス停を通り過ぎ、
まったく道など覚えていない隣町を、目的地を決めずに歩く。
目的地はなくとも目的はある。
僕は大きな声で、その名を呼んだ――とは言え、普通の声を少し大きくしたくらいで、決して人探しに向いた声量ではなかった。
それでも僕は声を出す。
微かな希望にすがるように、聞こえればいいな、くらいの気持ちで――、
「アイファさん」
そう呼んだ。
一回目――返事はない。
「アイファさん」
二回目もなく、
「アイファさん」
三回目もなく。
僕は道を曲がった。
人通りが少ないビルとビルの間――そこで、
「アイファさん」
「もう、なによ?」
――僕の声は、届いた。
「そんなにしつこく呼ばなくても、一回目で気づいていたわよ――、
ただ、人通りが少ないところに行くまで、待っていただけなのに……」
「……でも、一般人には見えないんですよね?」
「そうだけど、念には念を入れて……って感じ?」
そこには。
赤い帽子――同色のマント。
目元のほくろが特徴的な、アイファさんがいた。
僕の真上にふわふわと浮いていた。
びっくりするくらい、のんびりとしている。
まるで家のリビングにいるくらいに、のんびりとしていた。空中で横になっているし。
こんなにのんびりとしていていいのだろうか……。鞠矢ちゃんと敵対していた魔女――ブイブイは、積極的に鞠矢ちゃんを殺しにきていたけど……。
アイファさんは敵対関係である遥のことなど、興味がなさそうだった。
まあ、積極的に殺しにいっているのならば、こちらも積極的に兄として止めさせてもらうけどさ……しかしそんな暴力的なことはしなくても良さそうだ。
というか人間である僕と魔女であるアイファさんが争ったら、僕が負けるのは確定的だし。
「…………」
思えばこのアイファさんの態度を咎める理由は、僕にはなかった。
もっともっと――と、推奨したいくらいだった。
「んー? なんか君、色々と知っているみたいだねえ」
「……ええ、まあ」
ふーん、とアイファさんが言う。
というかなんでばれているんだろう。
魔女のことを――魔法少女のことを――知った。
顔に出るタイプではないと思っていたけどね――僕は。
心でも読めるのだろうか……、
だとしたら確かに、回避は不能で、どうしようもないが。
「――でも、どうしてそう思うんです?」
「だって、顔つきが違うし……、
なんだか私に目的があるような目をしてるし――」
なんと――、前回との比較で読まれてしまっていたらしい。
あんなに、息を吸うのも忘れていそうな人に、少し観察されて読まれてしまうとは――、
しかもこうも心を乱してしまうとは。
屈辱と言っても差し支えはなかった。
「……なんだか私、君に下に見られている気がするんだけど」
「そんなことはないですよ」
「ないの? ならいいけどねえ」
疑う気なく、すぐに僕の言葉を信じたアイファさん。
無防備過ぎるよこの人。
遥はなんで今になってもこの人のことを消滅できていないのだろう。
戦いになるともの凄く強くなるのかもしれない――そういうギャップ。
そういう性格なのかも――スイッチが入るというか、切り替わるというか。
別人格――、そんな仮定も浮かぶけど、しかし、鞠矢ちゃんと戦った時、そんな様子はなかった。ということは、アイファさんは終始、こんな感じなのだろう。
それはそれで……まあ、気が抜けそうな戦いというか――だから遥も、アイファさんのことを消滅させることができていないのかもしれない。
それに遥の実力のこと、僕は知らないしなあ。
純粋に、ただ単純に、アイファさんが強いのかもしれないし。
「それで――」
僕の思考を遮るようにして、アイファさんが言う。
「私に用がありそうなその目をしている君――祐一郎くん。一体、なんの用なのかしら?」
「ああ、それですか……」
僕は言葉に詰まった。
確かに用はあった――あったけど、まさかこうして会えるとは思っていなかった。
雷の魔女――ブイブイ。
そして雷の魔法少女――秋月鞠矢。
この二人の激突が、他の魔女たちにも伝わっているとしたら――、近くに他の魔女も姿を現すのではないか……。もしかしたらアイファさんもいるのではないか……、そんな予想を立てて行動してみただけで、実際に出会えるなど、夢のまた夢と思っていたからこそ、今、意外な展開に少し動揺していた。
考えがまとまらない。
僕はどんな用事で、アイファさんを探していたんだっけ?
分からなくなった。
動揺が混乱へ――、
そして魔女という存在を目の前にして今更、恐怖を覚えた。
「なによ、もう……。色々と知ったからこそ――私が怖いの?」
アイファさんの甘い声。
いつの間にかアイファさんは、僕の目の前にいた。
変わらず空中に浮いていて、横になっている――、
そして手を、僕の頬に触れさせる……頬を撫でてくる。
頭も撫でられた。よしよしされた。あやされた。まるで子供のような扱い。
彼女にとって僕は子供なのか……。アイファさん、いくつなのだろう。
見た目は僕より少し上くらい――しかし実際は……いや、やめておこう。
それは明かされてはならない謎としておこう。
プロフィール欄は斜線で決まりだ。
「……どうも」
撫でられたことで、不安定だった心が落ち着きを取り戻した。
僕はまったく望んでいないアイファさんの行動だったが、
こうして落ち着くことができたのだ――感謝はするべきだ。
「とりあえず落ち着きました。ありがとうございます」
「別に構わない構わない――もっと甘えていいからねえ」
「…………」
両手を広げて胸を無防備にするアイファさん――、
さすがに、そこには飛び込めないので、なかったことにした。
「それでですね――用件のこと、なんですけど」
「ちぇ、つまんないの」
拗ねたように言うアイファさん――、
「で? なんなのかな?」
「妹がどこにいるか――知っていますか?」
「それは、春希遥のこと?」
「ええ――あなたの敵の春希遥です」
「敵って……うん、まあそうなんだけどねえ」
なにかを言いかけてやめるアイファさんは――うーん、と考えていた。
本当に考えているのか、怪しいものだったが。
「じゃあ探してあげる――現時点では分からないから、探してあげる。それで報酬のことなんだけど――先払いでいいかな? ああ、すぐに払えるようなものだから安心してね」
報酬――タダとはさすがに思っていなかったので、驚きはない。
「なにが欲しいんですか?」
「――記憶」
アイファさんは言う。
繰り返して言う。
「君の記憶だよ、祐一郎くん」
「……嫌とは言いませんけど、それ、大丈夫なんですか? すっごい怖いんですけど」
「大丈夫大丈夫。奪うとかじゃなくて、ただ覗かせてもらうだけだから。
男子中学生で言えば、女子更衣室を覗くようなものだから」
「なんでそれを例えに出したのかは分からないですけど……とりあえずは、いいですよ」
記憶――差し出したところで別に困ることはないだろう。奪われるわけではない、ただ覗かれるだけだ。確かに見られたくないことの一つや二つ……あるかもしれない――しかし、ぱっと思いつかないところを見ると、別にばれたところでまあいいやで済ませられるレベルの見られたくないことなのだろう。
それくらいならば、いいや。
遥を探してくれるのならば、それくらい払ってやろう。
「じゃあ、遠慮なくいただくけど――でもいいの?
妹くらい、連絡すれば探せると思うけど」
「できないから頼んでいるんです。
いま、喧嘩中で、きっと連絡は取れないはずですしね」
それに遥は魔法少女――自分の足で探して見つけられるわけもない。
だから――アイファさん。あなたの魔女としての力を頼ります。
僕は遥に会うべき――会わなければいけないのだ。
魔女――魔法少女。
そういう話をするよりも、前提として、会うことがまず絶対条件。
だから――僕は頭を、アイファさんに傾けた。
「準備はいいですよ――どんどん見てください」
「積極的だねえ――そんなことされたら惚れちゃうよ?」
「僕はもう惚れてますけど」
「じゃあキスでもしちゃう?」
「そういうのは大人になってからしませんか? もっと段階を踏みましょうよ」
「段階を踏めばしてくれるってことなの?」
「たぶんですけど、しませんね、きっと」
もう期待させないでよ、とアイファさんは言う。
期待してたのかよ。ただの冗談のキャッチボールだと思っていたのに。
アイファさん――わりと本気。
これは冗談も冗談じゃなくなるかもしれないな。
「それで、なにを見るんです? 面白いことはなにもないはずですけどね」
「妹ちゃん――遥ちゃんのことだねえ」
いきなりちゃん付けになった。
本当に敵対関係かと思ってしまうほどに、柔らかいんだけど。
「ほら、敵のことを知れば、有利になるって言うじゃん。
だから君の記憶の中にある遥ちゃんの弱みでも握れば、脅せるかなって」
「戦い方が汚いですね――でも、嫌いじゃないですけど」
まさに卑怯道、まっしぐら。
しかしアイファさんはそんなことせずとも、勝てそうな気もする。
だから遊び――単調なリズムに変化をつけるため、脅すのかもしれない。
思いつき。気が向いたから――という、ただのそれだけの価値でしかないのだろう。
「それに、それとは別にあの子のことは知りたいしね――色々と」
言って、アイファさんは僕の頭の上に手を置いた――すると僕の中で違和感が増大。
頭の中をほじくられている感じ――痛いとかじゃない……くすぐったい。
思わず笑いそうになったけど、なんとか堪えた。
そして上目遣いでアイファさんを見る――彼女の表情を見る。
そこにあったもの――思いもしなかった。
そんな表情を見るとは、まったく思っていなかった。
それは、僕の記憶を見て、決して抱くはずがない感情だった。
憎しみ。
怒り。
そんな表情。
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