四章/いもうとりっく

第35話 黒幕

 まだ魔法少女だった時の鞠矢ちゃん――。

 彼女が魔法少女としていられた、あの最後の時。


 彼女が僕のおでこをつついたのは、自分の記憶を僕に授けるためだったようだ。


 色々と――、あの時の短時間で説明できなかった事を、記憶に乗せて、僕に渡した。


 記憶が消えることを知っていたのだろう。

 だからこそ、そういう行動に出たわけだ。


 そして今――僕の中には鞠矢ちゃんの記憶がある。


 正直なところ、情報量が多くて整理できずに困っているところだけど、しかし詳細部分はともかく、大体のところは理解できたと思う。

 僕の理解力で突破できた情報に限っては、理解できたとは思う……。


 結局、あの時、口頭では教えて貰えなかった――教えて貰おうとも思っていなかった――言ってしまえば忘れていた黒幕の存在……その名が分かった。


 むるる。


 名はそれだけ――たった三文字だけだった。


 しかしこの黒幕の役職は、魔法少女監視員――名前からは予想もできない立場にいる。 


 というか、黒幕と勝手に呼んでおいてなんだけど、正体を明かしてみれば、監視員って……なんだか拍子抜けした感じだ。黒幕という感じはせず、なんだか雑魚キャラ――、それは言い過ぎか。言って、脇役くらいな気もするけど。


 だが、やっていること、というのは、

 監視は当たり前だが、他にも『選別』もしているのだ。


 魔法少女になれる少女を――選別。


 見分けている――そんな役目だ。


 鞠矢ちゃんは普通に日常を過ごしていたけど、だがこの黒幕――むるるに目をつけられてしまった。あとはドミノが倒れるように逆らえることもなく、無理やりと言った様子で、鞠矢ちゃんは魔法少女になってしまった。


 断れないのだ――、目をつけられたらそれまで。


 どうしようもなく、その役目を全うするしかない。


 魔女を倒すために戦う。

 そして倒せば解放されることになるが、しかしそれまでの間の――、魔法少女に関する記憶は消されてしまう。鞠矢ちゃんが、まさにそうだったのだ。


 魔法少女にメリットはない。

 本当に、ただ巻き込まれただけなのだ。

 抜け出したいがために――死にたくない――生きたいがために魔女を倒そうと頑張るだけだ。


 こんな世界から抜け出したい――そんな願望。


 魔女を倒せば解放され、記憶もなくなり――完全にこの世界とは別れることになる。


 もう関わることもない。


 これからもない――黒幕も同じ少女を使う気はないようで、前例がないらしい。


 まあ、前例がないだけでこれから先、あるのかもしれないけど――、

 それについて僕が頭を使うことでもないだろう。


 そして一般人にはばれてはいけないというルール――、

 ばれていなくとも、説明や、匂わすこともしてはいけない……、そんなルールがある。


 なぜなのか、と聞くのはあまりにも馬鹿らしい。

 そんなものは、ばれてはいけないから――だからばらしてはいけないということだろう。

 あとは――助けを呼べなくする、という理由もあるか。


 存在はないとする。


 魔法少女は、現実ではない。


 現実世界に、基本的には迷惑をかけないようなスタンスでいるらしい黒幕だけど、まあ、騒ぎが起こってしまっているから、迷惑は既にかけてしまっているのだが――。


 だからと言って迷惑をかけることを前提で話を進めるというのも困るので、一般人にはばれてはいけないというルールは、なくてはならないルールなのだろう。


 もしも――ばれれば。

 記憶を保持したまま――力が無くなる。


 鞠矢ちゃんがさらっと言っていたことでもある。


 記憶を保持したまま――つまり魔女と関係を持ったまま。


 異世界に巻き込まれたまま、力を失うということである。


 なにもできない無力なまま――不完全な日常を過ごすことになる。


 中途半端な日常――それを味わうことになる。

 それは、きつい。それは、嫌だ。

 ……だから魔法少女は、姿を隠すのか。


 ばれないようにするのか――、


 鞠矢ちゃんはあの時、大泣きしたのか。


 この結末を――予想して。


「…………でも、なら、なんで僕は――」


 鞠矢ちゃんの姿を見た――魔法少女の存在を知った――そして色々と説明を聞いた。

 それなのに鞠矢ちゃんにはなんのペナルティもない。

 理想のルートを辿って魔女を倒し、そして解放され、日常に帰還している。

 優等生のような歩みだ。


 ……今更な疑問だけど、しかし最大の謎ではある。


 今まで流していたけど、ここまで知ってしまうと、流すことはできそうにない。


「…………」

 そして、こうして鞠矢ちゃんの記憶の中を覗いて、一つ。


 一つ、分かったことがある。


 鞠矢ちゃんの中でも渡す記憶は選別していたのか、魔法少女に関すること以外の記憶は、僕の中にはなかった。まあ、それは当たり前のプライバシーの問題で構わないが――、

 しかしそうなると、『この情報』をなぜ、僕に教えたのか。


 教えるべきだったから?

 でも、僕は動くはずだ。


 動く――絶対に。


 ばれてはいけないのに――、

 でも僕に教えたということは、鞠矢ちゃんは確信でも得たのだろうか? 


 僕が彼女の正体を見破ったところで、魔法少女の力は失われない――、


 ペナルティとならない――そんな、確信でも得たのかもしれない。


 だから――なのか。

 だから――教えたのか。


 僕は気づけなかった。

 もしも僕のここ最近の出来事を物語にした場合――、形は小説でも漫画でもなんでもいいけど――僕が気づけなかった『それ』の伏線は、見て分かるほどに散らばってあった。


 読み手はすぐに気づくような伏線で、

 答えなどすぐに導き出せるようなものだけど、しかし僕は気づけなかった。


 妹――、春希遥は。


 炎の、魔法少女。


 アイファさんと繋がっている――魔法少女だった。

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