第34話 魔法少女の結果
「ああ――、だから他の魔法少女は、鞠矢ちゃんに任せたってわけか……」
投げ出したわけじゃないのか……。捕まえておいて、殺すことはできないという精神の邪魔が入ったのかと思ったが、そういうわけではなかったらしい。
しかし、もしもそういう精神があったのならば――それはまだ良い方だ。
そういう精神が欠片もなくなった時こそ、それこそ人間の終わり。
精神の崩壊――日常の破綻だ。
そして。
鞠矢ちゃんは、抵抗がなさそうだった。
殺すことに、なにも引っ掛かりなど、なさそうだった。
だがそれは冷酷に徹しているだけで――お得意の演技であって。
本音ではやはり躊躇っていることだろう――それでも、自分を殺し、気持ちを殺す。
人間として終わってしまっても、しかしやり遂げる。
この呪縛からは人間では抜けられないのかもしれない。
だから鞠矢ちゃんは人間をやめ――終わらせる。
全部。
これで終わり――これで消滅させて終わり。
そんな気持ち。
となると――そうなると、どうなる?
雷の魔女がいなくなれば――。
鞠矢ちゃんは、魔法少女に縛られなくて済むのではないか――。雷の魔女には雷の魔法少女――たとえば他にも雷の魔女がいるのならば、継続して魔法少女をしなくてはいけなくなるが、しかし、もういないのだとしたら?
ブイブイで雷の存在が消えるとしたら?
鞠矢ちゃんは、いらないのではないか――?
それはつまり、隠す必要はない……、斬子に隠す必要はないということで――、
鞠矢ちゃんが斬子と離れる必要が、無くなったということだ。
それって――、
「鞠矢ちゃんは、この呪縛から、解放されるってことなの……?」
「うん。そうなる――これこそ、魔法少女の役目だから」
鞠矢ちゃんは言う。
「魔女の出現――魔女からごく僅かな力を奪い、それを成長途中の少女に授ける。
成長と共に増大する魔女の力が、あたしたち、魔法少女としての力となる――、その魔女の力で魔女を倒す。魔女は、自分の力が一番、通用するんだ――自分の力だから耐性がある、とかじゃなくて。自分の力こそが、最大の弱点なんだよ」
鞠矢ちゃんは、だから、と続けた。
「魔女を倒すことが最大目標――、
魔女を倒せばあたしたちの役目は終わり。
一人に一人。魔女と魔法少女――最初から目的は、一人ってことだよ」
「なら――」
「黒幕はいる――でも結局のところ、黒幕は最初だけ。後は、自分たちでどうにかすれば抜けられるんだ、この闇は。だからお前が、頑張らなくてもいいんだよ――」
鞠矢ちゃんの手から――閃光。
雷の音が鳴り響くけど、不思議と嫌ではなかった。
それは鞠矢ちゃんだからこそ、か。
「もう終わる――もう解放される。だから、その、ありがとう、祐一郎……くん」
「……くん、は、やめてくれ。背筋がぞわぞわする」
「なんだよ、それ」
ふふっ、と女の子らしく笑った鞠矢ちゃん――そして最後の力を使う。
最後の言葉を使う。
魔法少女としての最後の言葉――。
僕はそう思った。
「あ、そうだ。あたしの記憶――」
そう言って鞠矢ちゃんが指先を、僕のおでこに当てる――、
表現を付け足せば、つついてきた。
「よし、これでオーケー」
「なにしたの? 今」
「なんでもねーよー。きっと、役に立つからさ――持っとけ」
「? まあ、貰えるものは貰っておくけど……」
「そうそう――貰っとけ」
そして鞠矢ちゃんは一度、深呼吸をして、
「そんじゃあ、終わらせてくる。――いってきます」
「……うん。いってらっしゃい」
そして光が、音が――ブイブイを覆う。
もっと衝撃とか、轟音とか――、騒ぎになるような規模かと思ったけど、そんなことはなく、消滅は一瞬だった。
呆気なく、拍子抜けするくらいだった。
身構えていたのが馬鹿馬鹿しく思えるくらいに静かで、隙間風が吹いたような感覚だった。
光の黄色がやがて白となり――僕の視界を支配する。
次に目を開けた時、そこには僕と鞠矢ちゃんしかいないはずだ。
魔女はどこにもおらず、どこにも存在していないはずだ。
それがグッドエンディング。文句なしの、ハッピーエンド――。
そう、ハッピーエンド。
そして白の支配から抜け出し、目を開けた時――、目の前に魔女はいなかった。
ブイブイは消滅――しかしいなくなってみると少しだけ、寂しいと感じてしまう。
たった数分の付き合い――、初対面から抜け出せない関係ではあったが、そう感じてしまう。
しかしそれは一瞬だけだった。
それよりも――そんなことよりも、今は他のことに意識を向けるべきだ。
思うことは後で、今は喜びを。
嬉しさを――努力の結果を。
鞠矢ちゃんに、まずは言葉を。
「――鞠矢ちゃん!」
隣にいる、未だに手を前に向けている鞠矢ちゃん――、彼女の肩を掴んで、揺すって、どこかに飛んでいっている意識を、現実に戻させた。
「……終わったよ。これで鞠矢ちゃんはなにも心配しなくても――」
「ん……ちょ、痛いよ、祐一郎くん」
鞠矢ちゃんはそう言った。
「もう……そんなに興奮しなくても、私はここにいるんだから、さ」
鞠矢ちゃんは――そう言った。
「……鞠矢、ちゃん?」
恐る恐ると言った様子で、彼女の名を呼ぶ僕は、恐ろしいことを考えていた。
ないとは思えないけど、ないと思いたいことを思ってしまっていた。
ありそうで、あるのが当たり前かもしれないあの可能性を、思いついてしまっていた。
「……その口調は、冗談だよね?」
「……? どうかしたの? 祐一郎くん」
「…………なんで僕のことを、くん付けで呼んで――」
「なんでって、そりゃ祐一郎くんはお姉ちゃんの友達なんだから――、
年上なんだし、くん付けはするよ、もうっ」
なに言っているのよ、と言わんばかりに首を傾げる――、頬を膨らませる鞠矢ちゃん。
いや、鞠矢ちゃんと言っていいのか分からない――言っては駄目だと深層心理が訴えてくる。
本当に、鞠矢ちゃんか?
あの光の中でブイブイがなにかをしていたんじゃ……。
「――って、ここどうしたの!? 瓦礫が、破片が、一杯あって……っ」
あわわわっ、と慌てて、混乱している鞠矢ちゃんは――、
まるでこの光景を初めて見ているような様子だった。
初めて――。
既に見ているというのに。
一度見ているというのに、それを――忘れてしまっている?
忘れている?
どこから、どこまで――。
ここまでくれば、ヒントなどなくとも分かることだった。
ああ――そうか。
見事、僕の思ってしまった予想が、当たったわけか。
「鞠矢ちゃん――雷の、魔法少女……」
「? アニメの話? 興味深いけど、今はそれどころじゃないよ! 早く離れよう!
そしてお姉ちゃんのところに行かないと! お姉ちゃん、心配してるよ!」
魔法少女のことを知らない――覚えていない……つまり、忘れている。
僕や斬子のことは覚えている――つまり、魔法少女に関する記憶だけが、消えている。
魔法少女が関わる記憶が、消えている――、あの高圧的な態度も、消えている。
素が、出ている――鞠矢ちゃん、本来が出ている。
魔法少女という台風に巻き込まれていなかったのならば、最初から鞠矢ちゃんはこうだったのだろう。僕との出会いもこの調子だったのだろう。
しかし僕には、今の鞠矢ちゃんと出会った記憶はない――しかし鞠矢ちゃん側ではこの性格のまま、僕と出会っていることになっているのだろう。
どう改竄されているのかは分からない。
どう都合良く消去されて、代用の記憶が組み込まれているのかも、分からない。
しかしこれだけは言える。
消えない事実をきちんと理解できた。
僕の知っている本物の鞠矢ちゃんは――、
もう、どこにもいない。
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