第33話 雷の魔女

 そう言った婦人の手の先から、閃光――、

 鞠矢ちゃんと同じ属性の音がした。

 嫌悪感が呼び起される音と共に、

 照明を固定しているなにかの部品が、弾け飛んだ音がした――聞こえた。


 視界が満足に機能していない今だからこそ、

 聴覚が敏感になっていて、気づけたのだろう。


 それは、嫌な気付きだった。

 気付かない方が良かったかもしれない。


 気付いたところで今の僕にはどうにもできないのだから。


 でも、僕は――我武者羅に掴んだ。 


 あの婦人を掴んだ――いや、を掴んだ。


 絶対に放さないようにして――。


 そして、僕は彼女のことを放さず、掴んだまま、吹き飛ばされた。


 魔女と共に――灼熱を感じながら。


 ――意識を失った。


 ―― ――


「ん……」と目が覚めた。


 そしてきょろきょろと周りを見て――状況を見て思い出す。

 倒れている魔女――雷の魔女。


 焦げている自分の服――それは魔女も同じだったようだ。


「なん――だ、これ……」


 僕と魔女は確か――吹き飛ばされたはずだ。


 熱かった――火傷してもおかしくないくらいに熱かった風か衝撃……、それを喰らって吹き飛ばされたはずだ。

 現に今、ここで壁を破壊し、瓦礫を毛布代わりにして、こうして眠っていたわけなのだから。


「怪我は……してるな。背中が痛い」


 背中だけではなく、全身、余すところなく痛みがあった。

 しかし、どれもこれも苦痛に顔を歪ませるほどではない――気になる程度のものだ。


 これだけ場を荒らして、この怪我は――運が良かったのか。


 それとも魔女が自分を守るためにした防衛が、掴んでいた僕にも作用したのだろうか。


 僕は今でも魔女を掴んでいた――、

 僕にしては意志が堅く、肉体は強情で、決して離すことはなかったらしい。


「ここは――ああ、階段か……」


 さっき、ここまで上がってきた時に利用した階段だった。


 しかし、衝撃で壁は破壊されて、瓦礫が辺り一面に散らばっている――、階段自体に影響はなく、いきなり崩壊などにはならないで済みそうだった。

 下にも行けるし上にも行ける――うん、問題はなさそうだ。


 そして、魔女は――アイファさんに似ていた。


 当然、容姿も服も違うけど、基本は一緒だった。


 マント、帽子――色は黄色。

 それはもちろん、雷の魔女だからだろう。そして白髪で、ふんわりとしている髪型だった。

 優しそうな性格をしていそうだとは思うが、しかし、鞠矢ちゃんと斬子を、照明を落として殺そうとしたのだ……優しいとは思えない。


 そして彼女の性格などは、見た目でしか、予想することができなかった。


 口は塞がれ、全身がロープのようなもので縛られていた。

 ロープ……見て分かるほどに燃えていた。

 消えそうにはない炎――あれで縛られている魔女の苦痛は、想像できない。


 魔女は体を捻り、目で「助けてくれ」と訴えてくるが、しかし、

 そもそも僕は助ける気などない。それに、その燃えているロープを僕が解けるとは思えない。


 だから助けようと思っていたとしても、僕にはなにもできないのだ。 


 なにもできない無力な僕――僕を、そんな目で見るなよ。


 すると、

「同情なんてしなくていいぞ」

 と、後ろから声。


 振り向けばそこには鞠矢ちゃんがいた――、姿は、例の、魔法少女の衣装。


 魔女と鞠矢ちゃんは似ていた――色のせいが、一番強いかもしれないけど、

 雰囲気がなんとなく似ていたのだ。


 雷と雷だ――似ていると思うのも、それもそうか……。


「……鞠矢ちゃん――大丈夫、だったの?」


 僕は聞いた。


 さっきは咄嗟に、魔女に掴みかかってどうにかしたいと思っていたけど、結局――、

 僕は、照明を止めることはできなかった。

 だからあの照明は、鞠矢ちゃんたちに直撃していると思っていたのだけど……。


「うん――お姉ちゃんも無事だよ。

 今は気絶しちゃって……だから店員さんに預けてる」


「そっか……」


 安堵したのも一瞬で、安堵なんてしている場面ではなかった。


 魔女――ここには魔女がいる。

 縛られて捕まっている――、身動きが取れないとは言え、しかし、油断はできない。

 いつロープが切れるか、分からないのだ。

 素人である僕の精神は、休める隙を見つけることができなかった。


「……これ、鞠矢ちゃんがやったの?」

「…………」

 鞠矢ちゃんは答えなかった。


 少し考えてから、

「あたしじゃないよ――他の魔法少女」と言った。


 他の魔法少女――いることに驚きはないけど、捕まえた魔女をそのままにしておくというのはなぜだろう……。最後までやり切らないこの仕事は、中途半端ではないか。


「言っておくけど、この形は正解だよ――」


 鞠矢ちゃんが他の魔法少女――、

 炎を司っているであろう魔法少女の中途半端さを、庇った。


「こうやってあたしにパスを出してくれたんだと思う……」


「パス?」


「そう――パス。言い方は、まあなんでもいいけど――、

 ようは、ここからはあたしにしかできない、あたしの役目なんだよ」


 鞠矢ちゃんは一歩、踏み出した――魔女はその一歩にびびり、体を震わせた。


 怯えている――それもそうだ。

 自分の敵が、目の前にいる。

 なにをするのかは知らないけど――なにをするのかは、予想できるけど――自分の敵が目の前にくれば、そりゃびびる。危機を感じるのが普通で、恐怖を感じるのが、当然なのだから。


「こそこそと隠れて、絶対に対面なんかしないわよね、あんたは――ねえ、ブイブイ」


 ブイブイ。


 それが、この雷の魔女の名前なのか……。


 彼女は絶対絶命のこの状況でも、しかし逃げることは頭の隅ではなく、中心点に置いているらしく、体をくねくねと動かして、鞠矢ちゃんから距離を取ろうした。

 その静かでゆっくりな――しかし激しい動きにロープが反応して、炎が、さらに燃え上がる。


 その炎が魔女を縛った。

 さっきよりも動けないほどに固く、縛り、身動きが一つもできない。


「んー! んんー、んんんーっっ!」


 魔女――ブイブイはなにか叫んでいるが、口が塞がれているので言葉は聞こえず、音しか聞こえない。塞がれている口は、見えてすらいないので、唇の動きも分からない。


 少し可哀そうだと思ってしまうが、だが鞠矢ちゃんには、

「同情しなくていい」と言われた――、なので同情はしないことにした。

 鞠矢ちゃんを殺すために、関係のない斬子まで巻き込もうとしたのだ――、

 同情の余地は、あらためて考えてみれば、なかった。


「……鞠矢ちゃんにしかできない、鞠矢ちゃんの仕事って?」

「――魔女の消滅」


 鞠矢ちゃんは僕に視線を向けず、ブイブイを見ながらそう言った。


 それはこれからやるぞ、という意思表示なのかもしれない。


「それって、鞠矢ちゃんにしかできないことなの?」


「こいつ――雷の魔女は、あたしだけしか、消滅させることができない。

 そういうルールなんだ」


 ルール。また、ルールか。


 そして鞠矢ちゃんが手を――手の平をブイブイに向ける。



「同属性にしか魔女は殺せない――炎なら炎――雷なら雷って具合にな」

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