第31話 黄色いターゲット

 悩むことなく斬子の独断で、休む場所はフードコートということになった。


 文句はないし、言う身分でもないのでそのままついて行く――僕。


 そして一階に向かっているその途中――、エスカレーターに乗っている時だった。

 さっきと変わらず鋭く周囲に視線を向けている鞠矢ちゃん――、

 その視線は、唐突に途切れることになる。


「あ――お客様ッ!」

 響く叫び声は、混濁している僕の意識ですらも飛び起きさせた。


 振り向くと、女性従業員が、エスカレーターの上に見える――同時に、降ってくる荷物。


 台車に、大人の身長以上に積まれていたダンボールの山が、エスカレーターに乗っている僕たちに降りかかってきた。些細なミスだろう――、女性従業員の些細なミスだろう。

 決してわざとでないのは分かってはいるが、

 しかしこれは――大丈夫です、と言える範疇ではなかった。


 どこか折れてもおかしくはない衝撃だ。


 どこかというのが、どこなのかは言わないけど――というか、分からないけど、たぶんそうなる。重量感に、迫力が、ただの掠り傷では済まないことを本能に訴えかけてくる。

 まずいな……一瞬過ぎて、避けることもできない。なにもできない。


 そして大量の荷物に巻き込まれるようにして、僕たちはエスカレーターから落下――、滑り落ちるようにして、一階に辿り着く。怪我を覚悟していたが、だけど、なんともなかった。


 掠り傷すらもない。肩が痛む程度だった。

 単純に、これは受け身を失敗しただけのこと。


 そして落下してきた荷物は、なににもぶつからずに地面に着地する。


 僕が、避けた? いや、荷物の方から避けてくれたような……。


「祐一郎! 鞠矢っ!」


 必死の叫びが聞こえる――斬子だった。


「――大丈夫っ!?」


「うん、まあなんとか――」

 しかし元々から気分が悪いところにこれは、きつい。

 追撃されて、とどめを刺されたようなものだった。

 というか僕のことよりも、


「……鞠矢、ちゃんは?」


「大丈夫。あたしはきちんとここにいる」


 鞠矢ちゃんはいつの間にか僕の隣にいた。


 怪我はなさそうだ――斬子も同じく、怪我はなさそうだった。


 幸いにも僕ら以外にエスカレーターを利用している人はいなかったようだ。

 つまり、僕たちに怪我がないということは、この場において怪我人はゼロということになる。


 女性従業員さんのことを考えれば、それは本当に幸いだった。


 斬子は鞠矢ちゃんを見て安堵の息を吐き、「良かった……」と呟いた。

 良かった……まあ確かに、良かった。


 だけど――。

 なにかが、引っ掛かる。


 それは僕よりも鞠矢ちゃんの方が思っていることだろう。


「…………」

 しかしそれがなにか分からずに、苦い顔をする鞠矢ちゃん――。


 僕は思うことがあった――、

 それは、恐らくは鞠矢ちゃんと同系統の、引っ掛かることだ。


 それを共有しようと名を呼ぼうとした時、女性の声に、僕の声は上書きされた。


「だ、大丈夫ですか!?」

 従業員さんがエスカレーターを降り、僕らに近づいてくる。

 そして何度も何度も頭を下げて謝った。

「本当に、申し訳ございませんっ! 怪我は――どこか怪我はしていませんか!?」


「……大丈夫です。……どこも怪我とかしていないですから」


 言って、斬子がパニックになっている従業員さんを落ち着かせる。


「本当に申し訳ございません。お詫びを――」

「いえ、お構いなく。このままフードコートに行きますので」


 笑顔で、従業員さんの申し出をやんわりと断る斬子――判断は正解だった。


 お詫びは貰っておいても損はないかもしれないが、しかし、今はこちらにも用事がある。


 三人で買い物をするという大事な大事な、はずせない用事だ。


 怪我をしているのならば治療を頼んでも良かったが、別にそういうわけでもない。

 今は放っておいてほしかった。そして、あまり干渉してほしくなかった。

 当たり前だけど僕たちはいま、目立ってしまっている。今後、注目されるのは嫌だった。


「フードコートですね――それなら……」

「行きましょう、二人共」


 斬子が僕と鞠矢ちゃんを引っ張り、その場を去る――、従業員さんの言葉など聞く気はないと言いたそうな態度だった。いや、態度で示してしまっている――、

 もう話を聞く気はない、ということを。


 斬子も怒っている。

 これ以上、ここに居れば、声を上げてしまいそうだったから。


 だから離れたのだろう。


 ――こんな斬子、初めて見た。


「……斬子が不機嫌になってるなあ」

 ぼそりと呟いた言葉は、鞠矢ちゃんには聞こえてしまっていたらしい。

 つんつん、と僕の脇腹を突く。


「……どうかした?」


「――見られてる」

 鞠矢ちゃんはそう言った。


 それは僕と同じ意見だった。ここにくる時、最初に感じた――見られている、監視されているような感じ……。鞠矢ちゃんもそれに気づいたらしい。


「それがさっきの荷物の落下に繋がっていると?」

「は? いや、それは知らないけど」


 そうらしかった。


 鞠矢ちゃんって、考えが分岐しないのかなあ。

 些細なことは自分ルールですぐに切り捨てているのかもしれない。

 さっきの蛍光灯の件も、なにも感じていないようだし。


 それに、なにも勘付いていないようだしなあ。

 こういう不思議なことは、魔法少女側である鞠矢ちゃんの本分だと思っていたけど、違うのか……。まあ確かに、偶然で済ませれば全然、不思議でもなんでもないんだけどね――。


 ふうん、偶然ね。


 あの蛍光灯の落下――荷物落下。


 なんだか、鞠矢ちゃんを狙っている気がしないか?


「――はあ……思ってしまったら、なかなか抜け出せないな、これ」


「なにをぼーっとしてんだ。気分が悪いなら座ればいいじゃん、早く」


 それから鞠矢ちゃんが椅子を引いてくれた。

 いつの間にか、目の前にはテーブルがあった。

 ちょうど、譲ってくれた人がいたらしい。

 譲ってくれた人は女性会社員のようで、一人で四人席に座っていた。

 そこに僕たちが来て――譲ってくれたようだ。


 四人席のところに一人で座っていることに罪悪感でも芽生えたのだろか。


 ともかく――、軽く頭を下げてお礼をしてから、席に座る。


「――ん?」

 そこで僕は振り向き、譲ってくれた会社員の人の顔を見る。


 しかし横顔――しかも少ししか見えなかった。

 だから僕の違和感も、気のせいで片づけることにした。


 でも――なんだか似ていた。


 ただの他人の空似だとは思うけど――。


 似ていた。


 さっき荷物を落下させた、あの従業員の人に、似ていた。

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