第30話 潜伏する違和感
そう言って、僕は斬子のいる洋服店に向かおうとしたところで、
しかしこの屋上――中に繋がる入口がないことに気が付いた。
平らで、なにもない。
断面のように綺麗だった――地面。
「……あれ?」
「あーそっか、ここ、人が入れる場所じゃないから、入口……、
出口とも言えるけど、それがないのか」
鞠矢ちゃんはうんうん、と頷いた。
「じゃあもう一回、瞬間移動することになるけど――いいか?」
「いいもなにも――」
そうしなければいけないのならば、それに従うしかないだろう。
「魔法も、実は安定してないんだよな。二回目は一回目よりも、不安定になる。
つまりさっきはなにも感じなかった瞬間移動、今回は少し、酔うかもしれない」
「…………」
「だから覚悟しててね」
さっきはいきなりだったからこそ、なにも感じる暇がなかった瞬間移動――、しかし今はすることが分かってしまっているし、身構えてしまっている。
意識が、全部それに注がれてしまっている。
そんな中で酔うなどと言われたら、気にしないわけがないだろう。
気にしてしまい、意識してしまい。
だからこそ感覚は鋭く――敏感に。
掛け声はなかった。
それは鞠矢ちゃんなりに、あっという間に終わらせるためだったのかもしれないが――、いきなりで、不意を突かれて。
僕は意識内――渦巻く奔流に、弄ばれた。
―― ――
「うわ……吐きそうだ」
「ほんと、大丈夫か?」
瞬間移動をして――僕と鞠矢ちゃんはトイレ(……しかも女子トイレ)の中に移動した。
そこで一難も二難もあったのだけど、鞠矢ちゃんが上手く、しかし荒削りな方法で切り抜けたので、なんとか騒ぎにはならなかった。
魔法少女って、便利だな。
瞬間移動によって揺さぶられた意識――、気持ち悪さに支配された中で僕は思う。
そして今は予定通りに自販機で飲み物を買い――、僕はお茶で、鞠矢ちゃんはカルピスで、斬子の分も一応、僕と同じお茶を買っておいた。
ようするにお土産的な感じだ――そして斬子の元に向かっているところだった。
鞠矢ちゃんは僕を支えてくれている――姿はもちろん、魔法少女ではなく普通の格好だ。
そして支えながら歩かせてくれている――それはまるで、介護されているみたいだった。
周りからはそう見られているだろうし、そう思われていることだろう。
いつもならば誤解を解く努力をする僕だが、今は、無理だった。
なにもしたくない。このお茶を持っているだけでも、うんざりだった。
「あー、歩きたくない……」
「そんなことでお姉ちゃんに言い訳できるのかよ」
「鞠矢ちゃん、任せたよ」
「それ、都合が良いから丸投げしてるだろ」
そうでもない。いや、そうだけど――、
しかし僕が言うより鞠矢ちゃんが言った方が斬子は信じるのではないか……。
あまりそうは見えないかもしれないけど、
斬子の鞠矢ちゃんを見る目は、娘を溺愛する父親のそれだ。
孫を溺愛するおじいちゃんのそれだ。
だからなんでも、言うことを聞くのではないか。
「……便利な立ち位置にいるよなあ」
「? なに? なんか言った?」
「いや、なんでも……」
言ったがしかし、気になることが頭の中にあったので、聞いてみた。
ぐちゃぐちゃで、どろどろ――、
そんな意識だったけど、これはいま確認してしまいたいことだった。
「待って、鞠矢ちゃん……。――さっきの蛍光灯、どう思う?」
「どう思うって……ああ、設置の仕方が悪かったんだな――って思う」
「それだけ?」
「それだけ。逆に、他になにか思うことでも?」
「うーん。まあ、そんなもんかな」
僕はそれで引き下がる。
下がるけど、もやもやは残る。
真下にいた鞠矢ちゃんは見ていなかった――だからこそ、違和感に気づかなかったのか。
遠目から見ていた僕にとって、蛍光灯のあの動きは――怪し過ぎる。
設置のされ方が悪かった――そうだとしても、しかし、がたがた、なんて不自然な動きするのだろうか。地震でもあるまいし、天井に誰かが潜んでいたわけでもあるまい。
自然ではまったくなく、まるで人工的な動きだった。
遠くから操っているような感じ――、まるで現実離れしたような現象だと思う……。
普段の僕なら信じないで、すぐにゴミ箱にぽいっとする仮定だ。
だが――僕は鞠矢ちゃんを知っている。
魔法少女。
魔女。
知っている。
現実離れしたなにかを知っているからこそ、そんな現実離れした仮定を思いつけたわけだ。
本当に、あの怪しい動きをする蛍光灯が、まったくの偶然だった場合は、僕の考えは笑いものだけど――それならそれでいいし、それがいいと願う。
まあ、深く考えて損なことはないだろう。
浅く考えて痛い目を見るよりは、深く考えて空振りの方がまだマシである。
そう考えていると、
「……はあ、はあ、んっ――いたっ!」
斬子が全力ダッシュで僕たちの前に現れた。
さっきの洋服店までは、まだまだ距離があるのだけど――、
まさかここまで探しにきてくれているとは。
なんだか悪いことをしてしまったな――鞠矢ちゃんも罪悪感で俯いてしまった。
やめろ、そんな顔をするな。僕のせいみたいになるだろうが。
「……祐一郎、なにそれ」
「……お茶」
「手に持っているものじゃないっ!」
「……ごめん、斬子、今、しんどいから説教は後で」
「ふーん……、悪い事をした自覚はあるってことなのね――」
そう言って斬子は、僕から隣――鞠矢ちゃんの方に視線を向けた。
それは矛先となるのか……ならないな、これ。
「はあ……、そんなに怯えないでよ、鞠矢。そりゃ、いきなりいなくなったことは怒るけどさ……同時に安心もしたんだから――ね?」
鞠矢ちゃんの頭を撫でる斬子――、
「うん」と鞠矢ちゃんは安心し切っていた。
僕は、放ったらかしで。
というか姉妹の仲の良さに、磨きをかけるなよ。
してもいいけど、僕のいないところでやってくれ。願っているわけじゃないけど、なんで僕にはそういう態度がないんだ、とか、思っちゃうだろうが。
「代わるわ――祐一郎のことは、私が支えるから」
斬子は僕の腕を自分の首にかけて、支える。
鞠矢ちゃんの時は身長の問題できつかったけど、斬子とは身長が同じくらいなので、だいぶ楽になった。体勢もそうだけど、気分も同じく。
「――どこかで休もうか。鞠矢、これ持ってて」
自分のカバンを鞠矢ちゃんに渡し――、斬子はすたすたと歩いていく。
僕を支えながら力強い歩み。
僕がいることを無視しているかのような歩み。
スパルタだった。僕の足が、絡みそうだった。
「きちんと歩いて」
「きちんと支えて」
そんなことを言い合いながら、僕は後ろ――鞠矢ちゃんをちらりと見た。
カバンを持って三人分の飲み物を持って――、そう言えば結局、言い訳はしなかったな……できなかったと言うべきか――、そして鞠矢ちゃんは、ある一点を見つめていた。
天井付近をじっと見つめていた――、意味のない行動かもしれないけど、僕はそれに意味があると思った。鞠矢ちゃんの目が、中学生のそれではなくなっていた――、そう、狩人の目だ。
獲物を見つけた時の目だ――、
しかし、動かないところや、なにもサインを出してないところを見ると、
ただ漠然と獲物の気配を感じているだけかもしれない。
しかし、それでも感じたということは、なにかがあると思った、ということだろう。
なにか――。
それが、あの蛍光灯と関係していると思うのは、僕の考え過ぎか――。
さすがに、そうとは思えなかった。
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