第28話 デート・ムーン

 私服。斬子と同じくスカート。

 ツインテール(これは変わらず)。

 相手を威圧するような雰囲気は、今はない――、

 意識は世界ではなく、手元にあるスマホに向いているからだろう。


 やはり好意も悪意も敵意も、意識がなければ機能しないのだ。


 そして鞠矢ちゃんは目を休めるために、外に視線を向けた――きょろきょろと見回す。

 僕たち(正確には僕だろうけど)を探しているのだろう。

 そして左、右、それから前を向いたところで、気づいた。


 僕に気づいた。


 斬子に気づいた。


 斬子と鞠矢ちゃんは、互いに互いを認識した。


 感動の再会になればいいけど、決してそんな雰囲気ではないだろう。


 近寄り難い雰囲気が満ちている――、

 しかしここで引いたら、一体僕は、なんのために今日をセッティングしたのだろうか。


 二人にデートをしよう、と言って、メンバーは明かさないで。


 隠し通し、遂にここまで――面と向かうところまで辿り着けた、というのに。


 斬子の方は、嫌がる理由はないだろう――仲良くしたいと言っていたし。


 問題は鞠矢ちゃんの方だ。

 鞠矢ちゃんはすぐに逃げ出してしまうのではないかと思っていたが、しかし、

 そんなことはなかった。スマホをしまい、歩いて近づいてくる。


 僕と、斬子の前まできて、ストップ。


「遅刻だぞ」

 

 鞠矢ちゃんはそう言った。

 確かに、時間は三分ほど過ぎているけど……。


 ――って、え? 斬子のことを、スルーするの? 

 僕しか見えていない設定なの?


 だが、ちらりと斬子のことを見たから――見えていない、わけではないのだろう。


 それから、鞠矢ちゃんは手を、おでこに当てて、言う。


「ま、そんなこったろーとは思ってたよ」

 やれやれ、と言わんばかりの態度だった。


「デートをするとは言っても、ただのデートじゃないとは思ってたしな。

 なにか裏があるんじゃないかと思っていたけどさ――こういうこととはなあ」


「……もしかして、怒ってる?」


「なるほどねえ」

 すると、今度は斬子だった。

 メガネを、くいっ、と上げて、僕を見ずに言う。


「確かにおかしいとは思っていたのよ。あんたからデートをしよう、なんて言うはずないし――私も裏があるとは思っていたけど、こういうことだったとは、ね」


「…………」

 影のせいか、二人の目の部分が、黒く覆われて見えなかった。


 背中がぞくりとして、命の危険を感じたけど、それはすぐに消えてなくなった。


 斬子も、鞠矢ちゃんも――。


『でも――まあいいよ』


 そう言った。


 そして僕のことなど無視し、鞠矢ちゃんは、

「久しぶり……お姉ちゃん」


 それに面食らった斬子は、しかし姉らしく平静を保って、

「久しぶり、鞠矢」


 そう言って二人は微笑んだ。


 二人は並んで、僕よりも先に、ショッピングモールの中に入って行く。


 本物の姉妹のように――、

 本物にはまだ何十歩も及ばないけど、本物の姉妹のように。


「なんだよ……」

 心の声が漏れてしまっていたけど、僕は気づかなかった。

「ちゃんと姉妹、できてるじゃん」


 あれだけ悩んでいたのに、こうしてあっさりと解決してしまった鞠矢ちゃんと斬子の仲直り――驚いているのは斬子だろう……、それ以上に、鞠矢ちゃんだろう。


 鞠矢ちゃんは想像もしなかっただろう――、こうして姉と話せることなど、想像もしていなかっただろう。なぜこうも話すことができるのか――、

 それはやっぱり、一昨日、全てを吐き出したからだ。


 抱えていたものを――荷を下ろせたからだ。


 まだ解決はしていない。なにも解決はしていない。

 今だって鞠矢ちゃんは、魔法少女として生きているし、

 ばれてはいけないというルールもきちんとある――、

 斬子を巻き込みたくないから日常的に避けてしまうことは、まだあるかもしれない。


 だけど。


 それでも。


 しかし――会ってしまえば、どうってことはない。


 感情が爆発した。


 甘えたい――いたい、一緒にいたい。

 一緒に笑いたい、話したい、過ごしたい。


 自分からはとてもじゃないができなかった行動――、でも、こうして半強制的に出会ってしまったから、体の、気持ちの抑制が、利かなかった。


 利かないのならばそれでいい。

 利かすべきではないのだ。


 鞠矢ちゃん――、君は、嫌なことは、しなくてもいいんだ。


 好きなことをすればいいんだ。


 そうやって、姉の手を握って、一緒に歩いていいんだ。楽しく、笑っていいんだ。


 魔法少女だからって、それを剥奪されるわけじゃないんだから。


 もっと、自分に甘く、正直に。


「……呪縛は、僕が解くから」


 そう呟いたら、鞠矢ちゃんが振り向いた。

 同時に斬子も振り向いた。


 僕の呟きに反応したわけではなく、ただ単純に僕がこないから――らしかった。


「なにしてんだ、行くぞー」

「行くわよ。そんなところにいたって楽しくないでしょ」


 呼ばれて足を動かす僕――、しかし思うわけだが、僕、邪魔じゃないだろうか?


 せっかく二人が仲直りできたのに――僕がいたら二人きりになれないんじゃ……。


 だけど、そんな僕の思考を読んだかのように、斬子が近づいた僕を引っ張り、言う。


「――なにしてんのよ、これ、デートでしょ? しっかりエスコートしてよね」

「二人分な」


「…………はいはい」


 そう言えばそうだったな。

 忘れかけていたけど、名目はそうだったし。


 僕は――。

 両手に花を持っていた。


 トゲなんてなかった。


 なのに、ちくりとしたのは――なんだったのだろうか。

 視線のような、見られているような、監視されているような――。

 敏感に感覚が反応し、訴えてくる。


 このデート。

 なにかが起こりそうだった。


 ―― ――


 僕は予定を考えていなかったわけではない。


 個人的に買いたい物もあったし、

 二人に買いたい物があれば、それに着いて行こうと思っていた。

 奇抜な予定など立てているわけではなく、単純なショッピングをするつもりでいた。


 そして斬子と鞠矢ちゃんは――、買いたい物と言うよりは、見たい物があるらしかった。

 やることも決まっていないし、ならそれでいいんじゃないかと二人に着いて行くことにした。


 しかしそれが失敗だった――、僕の失敗はまず初めの一手で詰んでいた。


 よく考えれば分かるはずだったのだ――女性の買い物、それに着いて行くことが、どういうことを意味するのかくらいは、考えれば分かるはずだったのだ。


 もう一時間……、二時間近くになるのだろうか――。


 最初に入った有名洋服店から、未だに出ていないこの状況――。


 建物の中ではあるけど店の外――僕は手すりに背を預けて、店の中を眺める。


 鞠矢ちゃんと斬子は、自分の服を選んでいるのではなく、相手の服を選んでいるらしい。


 気に入ったのが見つかれば、鞠矢ちゃんは斬子――斬子は鞠矢ちゃん――の体に、服を広げて当てていた。似合っていると思ったからこそ選び、当てているわけだから、今のところ的外れな服は出ていないようだった。


 ていうか、気に入った服があればすぐにカゴに入れるその暴飲暴食な買い物法――やめた方がいいと思うが。一体どちらの財布が肥満なのか……。セールで安くなっているとは言え、元々から高い服を十を越える数も買ったら、すぐにお金が無くなっていくと思うんだけど……。


 本人たちがいいならいいけど。

 ま、買い物なんてそんなものだ。


 好きなものを好きなだけ買う――お金のことなど考えず、そして気にせず。


 それで後悔したところで、それも人生――経験できたことに意味がある。


 僕は後悔したくないので、衝動買いなど滅多にしないけどね。


 なので、あの豪快で大ざっぱな買い物は見ていて気持ちが良い。

 自分じゃ絶対にできないからこそ、見ていて楽しいものがある。

 人の買い物を見て楽しめるというのは、なかなかない体験ではないだろうか……、

 しかしそれも最初だけだ。今は完全に飽きてしまい、まるで休日の父親のように、暇を潰せずに待っているわけだった。


「……僕もぶらぶらしてようかな」

 思ったがしかし、離れるな、と鞠矢ちゃんに言われたのでどこかに行くこともできなかった。

 腕を上げて伸びをする。

「んー、つまんねー」


 そう呟いていると、視界の先でちょろちょろと動く物体が見えた。

 小さい――ああ、遠近法か。

 遠近法で、まるで小人のように小さな鞠矢ちゃんが手を振り、僕を呼んでいた。


「……はいはい」

 仕方なく動き出し、店の中に入る――入ってからすぐに出たくなった。


 店の中は眩しかった。

 明る過ぎだ――しかも女性物の服しかなく、男が入るのはさすがに気まずい店だった。

 たった数十分とは言え、最初の頃は、僕もこの中で一緒に服を見ていた――、よくもまあ一緒に見れたものだ、と過去の自分を賞賛したくなる。


 同時に、正気かと疑いたくもなる。


 誰かに連れられて行くのと、自分一人の力だけで行くのとは、違うのか。


 足が重い――店に入った瞬間に、店員さんの視線が集中してきて、嫌になる。


 さっきも見られているはずなので、不審者だとは思われないだろうけど……、まあこんな僕でも、男でも、客は客だ。なにか聞かれても、いきなり捕縛とはならないだろう。


 そういう安心感はあったので、すんなりと店に入ることはできた。


 そして鞠矢ちゃんの元に辿り着いた――、


「どうかしたの? 鞠矢ちゃん」

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