三章/稲妻リセット

第27話 兄と姉妹

 隣町まで歩いて行くのはさすがに距離的にうんざりするので、バスを利用することにした。

 自転車で行っても良かったけど、斬子が、「スカートだから嫌」と言ったので、僕の意見など消え去り、バスになった。


 移動にお金がかかることになるが、別に高価なわけではない。体力を温存できるのならばそうしたいし――、それにスカートを穿いている斬子を自転車に乗せるのも、僕としては嫌だったので、揉めることはなかった。


 バスに乗って二人席に座る僕と斬子――。


 それにしても、


「珍しいな、斬子がスカートを穿くなんて」

「そう? 休みの日は意外と穿いているけど……」


「そうなんだ……まあ、休みの日は会わないしな、僕らは」


 大学で会うことしかないし、出かけたとしても大学の後だし――。


 ずっと前に休日に出かけたことがあったけど、その時は確か、ズボンだった。

 決して、こんなに短いスカートではなかったはずだ。


 寒くないのかと心配なってしまうが、今日の気温は高い――余計な心配だったようだ。


 隣からちらりと斬子を見る――、

 やはりスカートから出ている素足が気になって気になって仕方がない。あまりじろじろ見ているわけではないけど、怪しい視線になっているかもしれなかった。


 ……こりゃ、斬子にはいずれ変な誤解をされるな。


 見ていないのに見ていたと言われたり……。

 ――ああ、そんな未来が見えてくる。


 その誤解の原因も、結局は僕の視線になるわけで――、ならば最初から見なければいいのだ。

 一瞬だろうと永遠だろうと、見ていることで誤解をされるのならば、前提としてまず、見ていないことを証明するべき……、つまり斬子を見ないでいればいい。


 いや、さすがにそこまで拒否しているような態度を取らなくてもいいけど……。


 顔――、顔だけを見ていれば問題ない。

 会話している時も相手の顔を見ていればいい。

 それは学校で言われ続けたことであり、僕はしっかりと、それを守っていた。

 その習慣がいま、役に立つ。


「――で、どうかな……? 変じゃない?」


「うん?」

 僕は反応して斬子の顔を見つめる。

 間違っても下に視線はいかないように、と集中させながら。

「――えっと……うーん」


 正直、なんのことだかさっぱりだったけど、しかし、

「なにが?」とでも直球で聞けば、斬子の不機嫌を呼んでしまうことになる。

 なんだかよく分からないが、テキトーに当てずっぽうで言っておけばいいと、僕の思考はそう答えを出したが――、


 だがこの答えが斬子の言っている内容と的外れだった場合は、結局、斬子の不機嫌を呼び出してしまうことになる。


 質問から答えるまでの時間が空いていると不審に思われてしまうので、ぱっと、思いついたことを言ってみた。

 顔しか見ていなかった僕にこのセリフが出たのは、まあ仕方ないと言えるだろう。


「――ああ、髪でも切った?」


 これでも考えた。


 一瞬でも考えた。


 努力はしたけど結果は出てくれなかった。


「……全然、まったく切っていないから。昨日と一緒、なにも変わってないわよ」


 斬子は僕を睨みつけてくる。これは、まあ、仕方ない。その視線は、受け止める。


「でも、髪のことを聞いてきたってことは、それなりに女の子について勉強はしているってことね……、良い傾向、なのかしらね」


「……ネットで、見たことあったから」


 本当なのかネタなのか分からないが、女の子の変化は大体が髪型と書いてあった。そしてまずは、見た目を褒めろって書いてあった。

 今、その通りにやってみたわけだけど――、意外に高評価だったのだろうか。

 斬子の怒りは、あまり大きくはなかった。


「ふーん、そう。……って、流されそうだったけど、髪型じゃなくてっ! 

 というか話の流れ的に分かるでしょ!? スカートよ、スカートっ!」


 斬子は、ぱんぱん、と自分のスカートを叩いて示す。

 音もでかいし声もでかいし――これじゃあ目立って仕方ない。


 目立つのは好きじゃない。注目されるのは苦痛でしかない。


 なので――しっ、と指を立てて、斬子に状況を把握させる。

 彼女も状況に気づいたようで、こほんと咳をしてから落ち着いた。


「……気を付けるわ」


 今回は自分が悪いと認めたようで、僕に従ってくれた。


「で、スカートのことなのよ。

 確かにあんたの見えないところで穿いているとは言え、あんたの目の前で穿いたのは初めてなんだから――、そりゃどうなのかなって、気になるでしょそりゃ」


 どうなのか……と、言われてもなあ。


 そりゃ似合っているとしか言えないけど。


 それでいいのだろうか。そんな簡単な一言で、斬子は納得するのだろうか。グルメリポーター並みの比喩を使い、対象の詳細を事細かに説明した方がいいのだろうか。

 考える方も聞く方も頭を使う、そんな面倒なことを……ここで、今、やれというのか?


「……そうだね――」

 僕は考える。


 さっきみたいにぱっと思いつけるものではないし、さっきのこともあるし――、失敗はできなかった。必ず正解を導き出さなければいけない。そんなプレッシャーが僕を縛る。


 時間にして、数秒であるが、思考の中ではもう数十分も考えているような感覚だった。

 しかし斬子が望んでいそうな答えなど、出せない。出せなかった。


 まずい。どうすればいい……、まさか目的地に辿り着く前にこんな試練があるとは思わなかった。移動中という休憩時間も、クエスト発生するのか――そりゃ退屈はしないけどさ。


 そして――考えている内に、バスが止まる。

 どうやら目的地についたようで、斬子も、「あ、着いちゃったね」と呟いた。


 斬子が立ち、僕も立つ。そしてバスを降り、外へ。


 目の前にはショッピングモールがあった――、バス停、こんなに近かったのか。

 というかこのショッピングモール、大きいな……。

 滅多にこないから下調べはしたけど、前もって見ていた写真とは違い、想像を越えた。


「それじゃあ行くか――」


 そう言ったところで僕は後ろに引っ張られる。

 腕を掴まれていた――僕は一昨日のことを思い出した。


 鞠矢ちゃんも、こうやって僕を引っ張った。ほんと、似ている義理の姉妹だ。


「……どうかした?」

「まだ、聞いてない」


「…………」

「聞いてない」


 斬子は僕のことを、一直線に見てくる――僕は思わず顔を逸らしそうになった。


 ああ、このまま有耶無耶に誤魔化せると思ったが、無理だったらしい。

 まだ自分の中で答えは出ていないけど、仕方ない――不完全だけど、一番最初に出てきた答えを、そのまま斬子に言うことにした。


 普通でつまらない、ありきたりなセリフだったけど。


 本音だったので、そのまま加工せずに、言った。


「似合ってるよ」


 斬子は笑って。


 僕の手を、引っ張った。


 ―― ――

 

 今更なことだけど、斬子に引っ張られている手は、一昨日痛めた手だった――、しかし掴まれてから気づいたということは、気にしていなかったということ……、

 痛みはもうないということだ。


 いつの間にか――、気づかない内に治っていたらしい。


 鞠矢ちゃんと会った時も、痛みはなかった気がするけど――。


 その時点で完治していたのか……。


 アイファさんがなにかしたのか……それとも僕の潜在能力? 前者だろうな、そりゃ。


 そんなわけで、掴まれている手を見つめながら、斬子の後ろからショッピングモールの入口に向かって小走りをしている僕は――いきなり急停止した斬子の背中にぶつかってしまった。


 どん、と音がした。強くはないが弱くもない衝撃だった。


 まず大丈夫かと聞くべきところで、僕はどうしたと聞きかけてしまった。

 ぶつかっておいてそれはないだろうと自分でも思うが、

 反射的にそう行動を起こそうとしてしまったのだから、仕方ない。


 大丈夫かと聞くべきだった。


 どうしたのか――、

 なぜ急に止まったのか、その答えは、すぐ目の前にあったのだから。


 斬子の視線の先――、

 ショッピングモールの入口。そこに、鞠矢ちゃんがいた。

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