第26話 お誘い その2

「――そんなわけで、週末にデートでもしようぜいッ!」

『は?』


 鞠矢ちゃんと別れた帰り道――。


 僕は斬子に電話をかけた――、そして相手が応答した瞬間、そう言った。


『えっと、ちょっと待って――うん、ちょっと待って』


「えー? 待つの? まあいいや――じゃあ何秒? 三秒? じゃあいくよ、さーん」


『待て待て! 早い――展開が早過ぎる! 

 しかもなんでそんなにテンションが高いのよ、あんたはっ!』


「……にー」

『構わず続けるなよ!』


 スマホを耳からある程度は離していたはずだが、それでも斬子の声は耳の奥まで突き刺さる。


 じんじんと、心臓のように感覚が波を打つ。

 咄嗟にさらに遠ざけたけど、そうすると斬子の通常の声が聞こえなくなるので困る。

 なので怯えながらも、スマホを再び耳に近づけた。


『……に上がらないあんたのテンションが上がる時が、一番、不気味で怖いのよ、まったく』

「ごめーん、最初の方、聞こえてなかったからもう一回言って――いやいいです」


 斬子はなにも言っていないが、なんだろう……、

 気配で相手の苛立ちが分かったので、前言は撤回しておいた。


『――まあいいわよ。それで、さっきのなんなの? いきなり、その、デートとか』


「え? 言ったじゃん『そんなわけで』って」


『通話が繋がって一番最初のセリフでそんなわけでって――分かるはずないでしょう』


「えー?」


『なにが「えー?」なのよ……』

 斬子は、まったく……と溜息を吐く。


 それから続けた。


『で、なに? そうやって誤魔化すってことは、理由とか聞かない方がいい感じなのよね?』

「そうしてくれるとありがたい」


『ふーん。じゃあなに、このデートは、仕事みたいなものだと? 

 そういうことを言いたいわけね、あんたは』


「そうでもないけどね……。二つの用事を一つにまとめたみたいな? そんな感じ? 

 単純に斬子とも出かけたかったし――、それと他の用事も一緒にってことでね」


『…………』

 すると斬子の返事がなくなった。

 しかし、息遣いは聞こえているので、通話は繋がっているのだろう――。

 斬子はきちんと向こう側にいるのだろう。だが、返事はなかった。


 どうしたのだろう? 変なことは言っていないつもりだけど。


『う、うん。それで、予定はどうなっている感じなの? 

 それが分からないとこっちにも色々と準備があるんだから――』


「ああ、そうだね。予定は土曜日――、明後日なんだけど」

『あ、明後日……』


「あれ? もしかして駄目だった? なんならずらすけ――」

『なにもないからっっ!』


 これまた砲弾のように、耳の奥に突撃してくる斬子の声――、

 なにをそんな興奮しているんだか……。

 しかし、作り込んでいるとは言え、僕のあのハイテンションの口調も、おかしな目で見られているのかもしれない。


 被害者側の気持ちが分かったところで、加害者側である僕の方は自重しておこう。


 というか最初の頃みたいなハイテンション――もうできないよ。体力的に。精神的に。


 そして、構えた僕の耳は、防御準備、万端。

 斬子の声を受け止めることに限っては、無敵だ。


『なにもないから大丈夫!』

 斬子の声を、予定通り受け止める――、

 よし、不意を突かれなければ、苦しむほどではない。

『――それで、午前、午後?』


 というか、

「……なんだかノリノリだよな、お前」


『誰がロリロリよ!』

「言ってねえよ」

 お前、僕と同い年じゃねえか。


 本当に大丈夫なのだろうか……。

 いつもの冷静で、クールで知的な斬子ではない気がするんだけど――まあ、化けの皮が剥がれただけで、僕はこういう斬子を見ていないわけではないが。


 たまになる斬子のこの状態――、

 珍しい状態であるが、事態は決して好転しない。


 ろくなことにならないのが真実だ。

 当日、このテンションでなければいいが――。


 まあまだ、明日があるし――明後日までには冷めているだろう。


 ――寝て、起きて、寝て。うん、大丈夫、テンションはきっと途切れるはず。


 途切れていない場合は、とてもじゃないが会わせるわけにはいかない――、いや、逆に。逆に親しみやすさが出てくるのではないか。人は、弱点を晒している人ほど安心して近づけるというものだし。なんだか、それはそれで、弱点を突く気満々な気もするけどね。


 とにかく――、

「明後日の午後、一時でどう? 別にそっちに合わせても大丈夫だけど」


『午後の一時ね――了解ダッシュ!』

「おい、なにいきなり走り出してんだ?」


 聞いたがしかし、次の瞬間には、つー、つー、という音しか聞こえなかった。

 ……切れてる。斬られてる。まあいいか、別にこれ以上、伝えることもないし。


「って、どこで待ち合わせとか、言ってないじゃん」

 思わず声を出してしまう。


 大事なことを忘れていた。

 こんなことを忘れるってことは、そろそろ僕も終わりかもしれない。


「まあ、メールすればいいし。もう一度、電話すればいいし。それに結局、当日は斬子の家に迎えに行くつもりだから、待ち合わせ場所を教えなくてもいいんだけどさ――」


 よくよく考えれば、そういうことなので、失態ではなかった。元々そのつもりだったし。


 僕の脳がそういうことも分かっていて、あえて言わなかったのかも――んなわけないか。


 そんな賢いわけがない。オートで僕以上のことをしてくれるなど――気味が悪い。


 そんな脳はすぐに売り払いところだったけど、替えが利かないので却下した。当然だ。


「はいはい――それでは二名様、ご案内ーって感じ?」


 疑問符を浮かべたが、もちろん答えなど知りたくもない。


 答えてくれる人がいなくて結構、結構。沈黙が良い解答なのだった。


 そしてスマホをしまい、僕は家に帰る。


 明後日――、鞠矢ちゃんとは隣町のショッピングモールで待ち合わせ、となっている。


 本当は駅中が近くて良かったけど、今日のあの崩壊――、明後日、機能しているはずもない。

 しかし大きさで言えば、隣町のショッピングモールの方が大きいので、休日に買い物に行くのならば、充分に楽しめて、ちょうど良いのではないか。


 言っては悪いが、今日、起こった崩壊も、まあちょうど良かったのではないか――。


 今日の崩壊がなければきっと、駅中に行っていただろうし。

 いや、そもそも鞠矢ちゃんに会えていなかったかもしれない。

 会えていたとしても、なにも分からなかったかもしれない――。


 魔女なんて――、魔法少女なんて。


 そういう意味では崩壊に感謝かな。


 ともかくそんなわけで、明後日は鞠矢ちゃん――そして斬子。


 秋月姉妹との、デートだった。


 両手に花……そんな状態だけど、

 どちらにもトゲがあるので、僕の手が傷つかないか心配だった。


 しかし心配しても無駄か……、

 確実とは言わないが、傷つくのはたぶん、決定されているだろうし。

 身構えておこう――少しでも、耐性をつけておかなければ。


 明後日に備えて――、その前に明日に備えて。


 僕は家に帰った。


 ―― ――


 妹はまた家にいなかった。


 次の日も入れ違いになり――、会えなかった。


 そしてデート当日。


 僕はなにを見る?


 地獄?

 地獄?

 地獄?


 ――悪夢で何度も、目が覚めた。

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